梅雨の終わり、新たな出会い

教育実習が終わり、7月に入った。

燦々と輝く太陽の熱気がジリジリとミアの肌を焼き付ける。

(熱い……溶けそう……)

日傘を持ってこなかったことを嘆きながら、腕を抱く。

ユラユラと揺れる陽炎を見ていると、公園に大学生と思われる女性がベンチに仰向けになっていた。

(え……もしかして、倒れてる!?)

ミアは近くの自販機で水を買い、カバンからタオルを取り出した。

「大丈夫ですか!?」

慌てて駆け寄り、声をかけると彼女は顔に乗せていた腕を退けてこちらを見た。

「………ー、ず……水、持ってませんか……学校…帰りに、倒れて……しまって」

「ありますよ。これ、どうぞ。タオルもあります」

「ありがとうございます……」

彼女はミアからペットボトルを受け取り、水を煽る。

ミアが太陽を遮るようにして立つと、彼女は涼しそうに目を細めた。

反対の手でタオルを持ち、額に浮かんだ赤を拭っている。

「水とタオル、よかったの?」

「はい。あなたが使って下さい。そのために出したんですから」

ニッコリと笑いかけると、彼女は柔らかく微笑んだ。

「ありがとう……私は、海と言います。あなたは?」

「ミアです。米倉ミア」

「ミアちゃん、素敵な名前ね」

「ありがとうございます。海さんも、綺麗な名前ですね」

「ありがとう」

海はタオルとペットボトルを入れたカバンを取り上げて、公園を出て行く。

ミアはベンチに座ったままそれを見ていた。


「ねぇ、本当にいいの?」

「もちろん。行ってくる」

ソワソワするミアを置いて、沙樹が教室を出て行く。

ミアは机に置かれたパソコンとスマホを見て深呼吸する。

しばらくすると、廊下から2人分の足音が聞こえてきた。

「ミア、連れてきたぞ」

「は、はーい!どうぞ」

呼びかけると、沙樹とセーラー服を着た女の子が入ってくる。

彼女はミアと目が合うと、感動しているような表情をした。

「初めまして。沙樹の友達の、米倉ミアです。「honeyリボン」って名前で小説を書いてますよろしくね」

「………………」

少女は、手を丸くしたまま、ミアを見つめている。

その瞳が潤んで見えるのは気のせいだろうか。

「おい、モカ。挨拶。そんで、座れよ。カバン、こっち頂戴」

「あ……沙樹くん、ありがとう…こんにちは、ミア先輩。私は沙樹くんの従兄弟の花野モカです」

カバンを沙樹に預けて、モカは丁寧に頭を下げる。

そして、ゆっくりとミアの正面に座った。

「こちらこそ、よろしくね。沙樹から話は聞いてたけど、可愛いね。モカちゃんも小説を書いてるの?」

「は、はい!!メモ程度ですけど…ノートとかスマホのメモ、裏紙に書いてます!あ、メインはスマホのメモです」

「そうなんだ。サイトは?やってないの?」

「興味はあるんですけど、自信がなくて…アカウントは作ってミア先輩の小説は読んでます」

「本当!?嬉しいな」

「とっても面白くて、毎回楽しみにしてます」

瞳をキラキラさせながら言うモカに、ミアは喜びを隠せない。

ガタッと椅子を鳴らし、机越しにモカの両手を握る。

「せ、先輩……?」

「………〜〜っ!超、可愛い!!沙樹、この子貰っていい?」

「え?ええ??……あの、せんぱー」

「ストップ!落ち着けミア。モカが可愛いのもお前が嬉しいのもわかる。だけどミア、お前今日の役割忘れてないだろうな?」

沙樹がジト目を向けてくるので、ハッとしてモカの手を離す。

椅子に座り直して、パソコンの画面を向けた。

「Word……?」

「うん。ここで小説を書いてるの。もちろんスマホで書く人もいるんだけどね」

「お互いの小説を読みやすいように、ですか?」

「それもあるけど、編集がしやすいからね。ウチの部は人数がそんなに多くなくて、10人ちょっとかな。全員が来ることになってる火、水、金以外は来たい人が自由に来る感じだよ」

「そうなんですね。コンクールに応募したりとかも?」

「してるよ。担任の先生から頼まれたら学級掲示ようの小説も書くよ」

「え!すごく楽しそう!……でも、私のは趣味だから誰も読んでくれないかな…」

自信がなさそうに笑うモカの前に、沙樹がペットボトルを置く。

彼女の頭を撫でながら、柔らかく笑った。

「そんなことないだろ。優だって、読んでくれてるじゃん。この間書いてたのだって、すごく面白かったぞ」

「本当……?ありがとう」

「最近書いたの?」

「はい」

「私のと交換に、読ませてほしいな」

「えっ…」

ミアの提案に、モカが動きを止める。

少し考えてから、小さく頷いた。

「……それじゃあ」

「よし!決まりだね」



「ずっと、君を探していたんだ」

「どうして、私なんかを?」

「俺にとっては莉子だけだよ」

蓮がゆっくりと莉子の髪を撫でる。

(……こんなにも愛おしいのに、離れられるわけないだろ)

やっと、見つけたんだ。離したくない。

「俺のそばにいてくれる?」

「もちろんだよ。…寧ろ、私の方がそばにいて欲しい」

「当たり前だろ。君が特別なんだから」

「……えへへ、嬉しい」

莉子がギュッと抱きついてきた。

蓮も莉子を抱きしめながら胸がジンワリと暖かくなるのを感じた。

(……ああ、大切な人ってこんなにも暖かいんだ)

この温もりを知れたのは、莉子と出会えたから。

ー恋をして、諦めずに君を探し続けたから今、こうしていられるんだ。

ーこれからも、この小さな幸せを積み重ねていけますように。

ずっと、莉子と一緒に笑っていたい。

書き終えた章を投稿し、スマホを放り出す。

髪を解いて、グーッと伸びをする。

しばらくボンヤリしていると、机の上でスマホが振動した。

『先輩の小説、全部読みました!すごく感動しました!』

『ありがとう!モカちゃんの小説も、面白かったよ!また、意見貰ってもいいかな?』

『いつでも、大丈夫です!!ミア先輩からなら大歓迎です!私も沢山、相談したいのでよろしくお願いします』

『もちろんだよ!私もいっぱい相談するね』

スタンプを送ると、モカから怪しそうに笑ううさぎのスタンプが送られてきた。

(可愛いなぁ)

メッセージアプリを閉じて、先ほど投稿した小説を見てみる。

もう何人かが読んでくれていた。

「あ、「リリー」さんだ」

最近よく小説のフォローやレビューをくれる人だ。

今回もレビューをくれたのだろうか。

「…………え」

ガタン、とスマホが落ちた。

「…………あり得ない……」

どうして、こんなものが。

本当に「リリー」からなのだろうか。

ミアは恐る恐るスマホを持ち上げる。

そこにはー。

「今回の作品もすごく面白かったです。特に心理面の描写が繊細で、すごく綺麗でした。私もこんな恋をしたいと思うほど引き込まれる作品です。私と、恋をしませんか?」

怖くなって、サイトを閉じた。

ー告白、された?いや、まさか。あり得ない。

ーどうして私に?ていうか、誰?

ー本当に「リリー」さんから告白されたの?

ーレビューで、告白?知ってる人?いや、それはないはず……。

ー小説をサイトに投稿していることは、知らない人の方が多いはずなのに……。

頭の中で様々な思いが交錯する。

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。どうしたら。

ガタガタと震える手でスマホを切り、ベッドにダイブする。

クッションを抱きしめて目を閉じると、瞼の裏に沙樹が浮かんできた。

何だろう、安心する……。

瞬間、猛烈な睡魔に襲われた。

まどろみの中で、ミアは先ほどのレビューをどうするか考える。

(……誰に、見せたら……いい…んだろ…?)

深い深い海の底に沈むかのように、ミアは眠りについた。

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