第11話


 このダンジョンの安全地帯には、一応昼夜の区別がある。

 一日の区切り方も地球とそう変わらないらしく、夜七時あたりを超えると安全地帯の中はかなり暗くなる。


 補給物資などのことを考えればこれもまた、ダンジョンが挑戦者達に与える恵みの一つということなのだろうか。


「……」


 目を閉じてしばらくじっと待ってみたが、まったくと言っていいほどに眠気はやってこなかった。

 身体の芯のところがカッと熱くなっており、目が冴えてまったく寝付けそうにない。

 そうなった理由は、もちろん理解している。


(咄嗟のこととは言え、僕は、クラスメイトを……)


 もっと上手いやり方があったのではないか。

 わざわざ殺す必要などなかったのではないか。

 そんなもしもが、樹の脳裏に浮かんで離れない。


 ゆっくりと目を開ける。

 確実に充血しているとわかるほどに重たくかゆい瞳を擦ると、ふわりと何が目に映る。

 それは既にここにはいないはずの、相馬の幻影だった。


『おいおい、何も殺すことはねぇだろ。俺達クラスメイトじゃなかったのかよ』


 樹が知っている相馬の顔が、にやりと下卑た笑みを浮かべている。

 それが自分が作り出した幻覚であることはわかっている。

 けれどどれだけ振り払おうとしても、その相馬の幻は彼の視界から消えてくれない。 


(違う……殺さなくちゃ、僕が殺されたんだ!)


『それならさっさと無視して先に行きゃあよかったじゃねぇか。そうすりゃあお前はそのまま第三者でいられた』


(女を犯す性犯罪者を見過ごすなんて、できるはずがない! それにもう一度楓さんと会った時に……僕は彼女に会わせる顔がない!)


 樹が自分の力不足を理解し、死の危険を感じながらも楓を助けた理由を一言で言い表すのは難しい。

 義憤に駆られたことは間違いないし、性犯罪を見過ごせないという正義感だってあった。


 けれど彼が楓を助けた一番の理由とは、つまりは自分が自分で在るためであった。


 犯罪を見過ごすような男にはなりたくない。

 女性の涙を見ても身体が動かないような、情けない男になりたくない。

 そんな男としてのプライドが、彼を突き動かしたのだ。


『ほら、それがお前の答えなんだよ。自分がかわいくて、大事なお子様。言っておくけどな、お前も俺と同類だよ。しかも自分を善意の第三者と思い込んでる分、お前はもっと質が悪い』


「違う! 僕は、僕は……ッ!」


「何が違うの?」


「……えっ?」


 立ち上がり幻影に語りかけようとしたところで、後ろから突如として声が聞こえてくる。


 ゆっくりと振り返れば、そこにはこちらを見つめている楓の姿があった。

 彼女は就寝時に体操着を使うタイプらしく、あまり見慣れないジャージ姿をしている。


「なっ、なんでもない!」


「……そう」


 安全地帯は広いが、こうしてゆっくりと眠れる場所となるとそこまでスペースがあるわけではない。

 果樹園の中だとどうしても葉の擦れる音がうるさいため、二人は洞穴の中にお互いの鞄を使って仕切りを作り、スペースを半分に区切って眠っていた。


 すぐ向こう側に楓がいることを忘れ叫び声を上げていた情けなさに、思わずうめき声が出そうになる。


 だが楓はそんな樹の様子に気付いた様子もなく、そのままゆっくりとこちら側に近づいてきた。

 そして学生鞄で引かれたラインよりも少しだけ樹の側に入ると、その場で腰を下ろす。


「目が冴えて眠れないの。もしよければ少し話さない?」


「それは……うん、いいよ」


 このまま目を瞑っていても、睡魔はやってきそうにない。

 たしかにそれなら、話をした方が幾分かマシかもしれない。


(それに……)


 ちらっとその体操着に目をやれば、楓の身体はわずかに震えていた。

 考えてみれば当然かもしれない。

 あれだけのことがあったのだから、トラウマになってしまっていても何もおかしくない。


 彼女も怖いのだ。であればなし崩しとはいえ行動を共にすることになった樹には、それを解消できるよう頑張る努力義務がある。


「そういえば谷口さんは、何魔法が使えるの?」


「私は火魔法ね。他の属性が使えるかは、ちょっとわからないわ」


 そう言って彼女は手元に置いてあったらしい魔導書を手に取った。

 自分のもの以外を見るのは当然初めてなので、少し興味がある。


「これって、僕も使えるようになるかな?」


「それ、私も気になってたのよね。樹君はたしか付与魔法よね?」


「うん、はいこれ」


 樹と楓はお互いの魔導書を交換し、そのまま読み始める。

 著者が違うため書き方のクセこそあるものの、およそ中に書かれていることは似たようなものであった。


 樹が七割ほどを読んだところで楓がパタリと本を閉じる。

 こんなところで学力の差を見せつけられるとは……と樹はそのまま急いで読み進めていった。


「谷口さん、僕も終わったよ」


 顔を上げると、楓は後ろを向いていた。

 その視線の先にあるのは、樹の学生鞄。

 『アニマルトレイル』の缶バッジが合わせて五つほどついており、推しのMERがマイクを手に持ちながら歌っている立ち姿がキラリと光った。


「ど、どうかした?」


「……いえ、なんでもないわ」


 樹の方に向き直った楓と頷き合い、とりあえず二人ともお互いの魔導書に魔力を流してみることにした。

 これで使える属性が増えるのであれば、これから先の戦いは一気に楽になる。


(……そっか、当たり前だけど、まだまだダンジョン攻略は始まったばかりなんだよな)


 色々とショッキングなことが起こり頭がパンクしかけていたが、そもそもここはダンジョンの最浅階層である第一階層。戦いはまだ始まったばかりなのだ。


 二人とも魔導書に意識を集中させる……が、魔導書から何かが流れ込んでくることはなかった。


「私達にこの属性の才能がないのか、あるいはそもそも魔導書が魔法を教えることができるのは一度だけなのかはわからないけれど……」


「なんにせよお互い、今持っているものだけでなんとかしていくしかないみたいだね」


 現状を確認していると、楓がまたあらぬ方向を見ていることに気付く。

 その視線の先には、やはり樹の学生鞄があった。

 こうあからさまに見られていると、さすがに意識してしまう。

 楓からすると、そこまでおかしなものに見えているのだろうか。


 もちろん本当なら少しでも荷物を軽くするために置いていくべきだったんだろうが……自分の推しを置いていくことは、樹にはできなかった。


 故にたとえ楓がオタク趣味を小馬鹿にされようと、樹は胸を張って自分がケモノであることを誇るつもりだった。


 ちなみにケモノというのは、『アニマルトレイル』のファンの呼称だ。

 Vtuberではこんな風にファンの呼称を統一する文化のようなものがあるのである。


 じっと審判の時を待っている樹にくるりと向き直った楓から発された言葉は、彼の想像の斜め上をいく。


「ずっと気になってたんだけど……樹君もケモノなの?」

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