第10話


「あら、目が覚めた?」


「うん、ここは……」


 樹が再び意識を取り戻した時、そこは見慣れていない薄暗い洞穴の中だった。

 近くには水場があり、上は緑色の膜で覆われている。

 知らない安全地帯だ……と考えているうちに、記憶が蘇ってくる。


(助けられたのはいいものの、そのまま気絶か……なんだかかっこ悪いなぁ)


 まあそれも自分らしいか、と自嘲しながらゆっくりと上体を起こす。

 身体の状態を確認してみるが、どうやら眠っている間に血は拭き取ってもらったらしく、顔周りが綺麗になっている。

 力強く鉈を振りすぎたせいか少し腕の筋が痛いが、この程度なら傷薬を使えばすぐによくなるだろう。


「悪いね、面倒見てもらっちゃって」


「いえ、大したことはしていないから」


「どうやら想定より強めに魔法を使いすぎたみたい。谷口さんは反動にはもう慣れた?」


 同い年の女の子と話す話題という引き出しを一つも持っていなかった樹は、とりあえず共通言語になりそうな魔法の話題から入ることにした。

 樹の目がおかしくなっていなかったのなら、彼女も自分のように魔導書を持っていたはずだ。


「そんなに沢山魔法を使ったわけじゃないからわからないけど、今のところ耐えられないってことはなかったかしらね」


「そっか、強いんだね」


「女の子の方が痛みには強いからね。もしまだ痛いようなら、ロキソニ○あるけど飲む?」


「いや、もう痛みはないから大丈夫だよ」


「そう……」


「うん……」


 そこで会話は止まってしまう。

 黙っていると、なぜだか腕がじんわりと熱くなっているのがわかった。

 先ほど相馬を斬った時の感触が、まだ残っているかのようだった。


「強いのは……樹君の方よ」


「そうかな? そんなことないと思うけど」


「私は……咄嗟に魔法が出なかった。情けないと思うかもしれないけど、いざ相馬に魔法を使おうとした時にどうしても躊躇ってしまったの」


「それが普通の感覚だよ」


 樹が鉈を振るえたのは、完全に頭に血が上り、相馬の姿が魔物と重なっていたからだ。

 たとえば今から誰かクラスメイトと一対一で戦うことになったとして、相手を倒すために攻撃ができるかと言われれば正直微妙なところだと思う。


「それでも……いえ、これ以上はやめておくわ。私の未熟さを覆い隠すためにあなたを利用するのは、不義理が過ぎるもの」


 楓はすっくと立ち上がると、水場へ行き水を飲んだ。

 こくんと動く真っ白な喉が、妙になまめかしく見える。


「相馬の死体は埋めておいたわ。安全地帯のギリギリのところに」


「そっか……それなら一応、合掌だけでもしておこうかな。どんな人でも、死んだら仏様だからね」


「あら、意外と信心深いのね」


 樹は楓に案内してもらい、相馬の死体の埋まっている場所へ合掌した。

 自分がしたことが間違っていたとは思わない。

 けれど彼のことは忘れないようにしようと、そう心に誓った。


 さてこれからの話をしようかというところで、くうぅ~っとかわいらしいお腹の音が鳴る。

 見れば楓は耳を赤くしながら、俯いていた。

 恥ずかしがっている彼女を見るのは初めてで、見ている樹の方がどぎまぎしてしまう。


「ご、ご飯にしようか」


「そ、そうね、そうしましょう」




 どうやら安全地帯の作りはどこも似たようになっているらしく、今回やってきた安全地帯にもしっかりと果樹園が配置されている。

 もしかすると場所ごとに植生なんかがまったく違うのではないかとも思っていたが、さすがに杞憂だったようだ。


「よし、とりあえず植生は僕がいたところとそんなに変わらなそうだね」


 迷いのない足取りで果樹園の中へ向かおうとする樹を見て、楓は不思議そうな表情を浮かべた。

 けれどすぐにはっとしたような顔をして、


「もしかして樹君……ここの果物が食べられるか、わかるの?」


「うん、大体はね」


「すごい……」


 普段から冷静な彼女にしては珍しく、目をキラキラと輝かせている。

 そこまで感心を買えるようなことかと、樹的にはかなりの驚きだ。


「そんなにすごいことかな? 飢えてる感じもなさそうだったし、谷口さんもある程度はわかるんでしょ?」


「え、まったくわからないわよ? 私は……とりあえず弁当を食べてやり過ごしてたから」


 話を聞いてわかったのだが、楓はまだこの世界に来てから一日も経っていないらしい。

 どういう理屈があるのかはわからないが、やってきた日時にはかなりのズレがあるようだ。


 話をしながらも、樹はぽいぽいと果物を取っていく。

 彼が自分の身体を使って人体実験をした結果、アンチドートを使わずに食べることができる果物も判明している。


 青色をした葡萄と真っ赤な桃、そして真っ黄色をしたガワがピーマンにしか見えない何か。

 安全地帯で解毒なしで食べられるのは、今のところこの三つだけだ。

 故に樹はこの三つの果実を、ダンジョン三種の神器と名付けていた。


「……そのピーマンも、食べれるの?」


「うん、見た目はピーマンだけど味はほぼほぼドリアンだよ」


「ドリアン!?」


 青葡萄は完全に葡萄と林檎を足して二で割ったような味をしていて、真っ赤な桃の味は完全にマンゴー。


 そして黄色い果実は完全に見た目はピーマンなのだが、割り開いてみると中には果実がみっちりと詰まっていて、その味はドリアンによく似ていた。


 ちなみに樹はゲテモノは得意ではないが好んで食べてはいたので、ドリアンも両手で数え切れないくらいには食べている。


 彼はゲテモノ料理を食べて全身がショックを受けるあの感覚で生を実感するという悪癖があった。

 ドリアンも後処理が大変なのであまり食べることはないが、そういった手間が少ない冷凍したものをディスカウントショップで定期的に買うくらいにはよく食べていた。


「まあ無理ならこの葡萄と桃だけ食べればいいと思うよ」


「……いえ、今の私にとってはどんなものでもごちそうよ」


 楓はおしとやかに、しかしすごい勢いで果物を食べ始める。

 さほど口を大きく開けているわけでもないのにぺろりと葡萄を一房平らげてしまうその食べっぷりは、ある種のイリュージョンのようにも思えた。


「案外匂わないのね」


「中を開けたら結構すごいよ」


「それは……うっ」


 黄ピーマンを二つに手割りした楓が、思わず息を止める。

 アンモニア臭に似た臭気に思わず眉間に皺を寄せるが……すぐにけろっとした顔に戻った。

「たしかに匂うけど……ゴブリンの匂いに慣れたせいか、それほどでもないかも」


「わかるよ、ゴブリンって本体も返り血も全部めちゃくちゃ臭いもんね……」


「これが異世界で生きていくということなのね……私、変わってしまったわ……」


「匂い耐性がついたことを、そんな悲劇的に言われても……」


 樹は明らかに普段よりもテンションを意図的に上げて会話をしていた。

 せめて自分の気持ちくらいは上げておかなければ、このまま厳しい現実に押しつぶされてしまいそうだったから。

 食事を終えて一休みしてから、二人は今後についての話をすることにした。


 本当なら方針も含めてしっかりと話をしておくべきなのだろうが……二人とも疲れすぎているため、詳しい話はまた明日すればいいかと早めに就寝することにした。

 今日は色々とあったというか、ありすぎた。

 樹は目をつむり、身体からゆっくりと力を抜き……けれどもまったく、眠気はやってこなかった。

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