第12話


ってことは、もしかして……」


「ええ、私もケモノよ、ちなみに推しはリーダーのHARUね。だからもし樹君が同担拒否の過激派でも大丈夫」


「いや、別にそういうわけじゃないけど……」


 樹は思わず自分のバッグを見つめる。

 そこには自分の推しであるMERの姿が見える。


 樹はあまり自分の推しのことを主張するタイプではないが、それでもソロライブに欠かさず参加するくらいには熱心なファンである。


 ついでに言えば相手方のグループのことはまったく知らなかったが、『アニマルトレイル』のツーマンライブに参加したという猛者でもあった。

 故にまさかこんなに近いところに同士が居たとはと、彼の心は高ぶった。


「実は教室であなたのバッグを見た時、声をかけようと思ってたんだけど……結局タイミングがなくてね」


「なるほど……」


 今更ながらに転移するために感じていたあの視線の真意を知る。

 オタクってキモいと嫌われているわけではなくて、少しだけ安心する樹であった。


「でも意外だね、楓さんがそういうことに興味あるタイプだと思ってなかったよ」


「私……あんまり友達は作らないことにしてるから。だからネットの海にどっぷりつかってるわ。ちなみにこないだのRUAの歌枠で一万のスパチャを投げた『ふわふわ綿飴』は私よ」


「ま、毎回高額スパチャを投げるあの『ふわふわ綿飴』が楓さん!?」


 『アニマルトレイル』の同接数の平均はおよそ800人ほど。

 それくらいの速度であればライブ配信をしている最中のコメントが流れる速度もさほど早くないので、コメントをするいつメンの顔はなんとなく把握できる。


 『ふわふわ綿飴』は毎回誕生日や記念イベントなどで五千円を超えるスーパーチャット、通称赤スパを送る猛者の一人だった。


 更に言えば必ずと言って良いほど生のライブ配信に参戦するいつメンの一人でもあるため、樹も当然ながらその名前は強く印象に残っている。


「ちなみに全て自分で稼いだお金で払ってるから、問題はないわ」


「一体どこからそんなお金が……」


「毎年もらうお年玉を貯めて、資産運用を始めてね。最初のうちは失敗ばかりだったけれど、今はとりあえずバイトをしなくても生活費がまかなえるくらいには稼げるようになったわ」


「生活費ってレベルじゃないと思うけど……僕の知らない世界だなぁ」


 ちなみに樹も誕生日配信などでスパチャを投げることはあるが、それでも精々がお気持ち程度。

 たまに日雇いバイトをするくらいであとは日々のお小遣いとお年玉でやりくりをする樹には、それが限界であった。


「樹くんのニックネームは?」


「ああ、多分知らないと思うよ。僕は基本的にコメントしない派だからね。たしかにコメントを皆で打つ一体感は楽しいかもしれないけど、僕は文字を打つその間も『アニマルトレイル』の歌声に集中してたいから」


「一理を通り越して五理くらいあるわね……」


「五理も!?」


 『アニマルトレイル』の活動は既に四年目に突入している。

 基本的に利益が出ないと判断されるとわりと早い段階で見切りをつけられてしまう企業勢の中では、比較的頑張っている方だと言える。


 故にグループの思い出はいくつもある。

 有名Vtuberの開催するフェスに参戦した時のこと。

 MERのツイートがバズり、一気に登録者数が数千人増えた時のこと。

 一時期大手のVとコラボ配信をしたことで同接数の平均が二千人を超えていた時のこと。

 話す話題ならいくらでもあった。


「私は歌配信以外にも、もっと力を入れた方がいいと思うの。やっぱり箱の規模の経済で力押しができない以上、伸びるためにも色々と手を打った方がいいわ」


「でも伸びるだけが配信活動じゃないと思うよ。僕も確かに『アニマルトレイル』が伸びてくれた方が嬉しいけど、売れるために数字に魂を売ってポップになりすぎたら、それはもう違うと思う。僕は彼女達がのびのびやってくれている今の感じが好きかな」


「たしかに……極論、活動が終わらなければ私達は推していくだけだものね」


「ただもちろん、どんな変化も受け入れたいとは思っているけどね。ポップになるのが悪いってことじゃないし。それに皆がすごい人気になってコメントが読めないくらい超速になっても、ファンでは居たいしね」


「……なんだか話をしてたら、推したい欲が高まってきたわ。日本に戻ったら、とにかくグッズを買いあさろうかしら。あれが一番利益率が高いらしいし」


「すごく現実的な推し方……っ」


 配信の話からSNSでの話、コラボにライブまで、話せば話すほど次の話題の種が湧いてくる。

 そして色々話しすぎた結果、最終的にグループの今後のことにまで思いを馳せてしまう。

 別に自分達が頑張ったってたかがしれてはいるのが、それは言わないお約束である。

 こういった話をするのもまた、ファン同士の対話の醍醐味の一つなのだから。


「あら、もうこんな時間になったのね」


 話しているうちにあっという間に時間が経ってしまったらしく、時計を確認すれば既に時刻は午前一時を回ってしまっていた。

 明日も活動することを考えると、そろそろ眠らなければいけない時間だ。


「それじゃあ……」


「うん、おやすみなさい」


 これだけの時間誰かと話し込んだのは、ずいぶんと久しぶりだったように思える。

 やはり誰かと話すのはいい。ましてそれが自分の隙であることであればなおさらに。


 こちらに背を向ける楓の手の震えは、気付けば完全に止まっていた。

 樹は一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてから開く。

 既に相馬の幻影は、跡形もなく消えていた。


「あ、そうだ。一つだけいいかしら?」


「うん、何かな?」


「私のこと、楓って呼んでくれない? 自分の名字って、あんまり好きじゃないの」


「えっと……うん、わかったよ、楓さん」


「まあ、及第点かしら」


 いつの間にか調子が戻ってきたらしい楓が、薄く笑う。

 楓が笑うのを見るのは初めてだった。


 いつも冷たい表情を浮かべている彼女の微笑は、思わず見入ってしまうほどに美しい。

 余裕そうな表情でひらひらと手を振る彼女をまた笑わせたいと、そんな風に思ってしまった。


 別れると言っても、楓との距離がそこまで離れているわけではない。

 暗いので見にくくはあるが、視線の先では横になっている楓の姿が映っていた。


 あまり異性と話すことがなかったので、変なことを口走っていないか思わず不安になってくる。


(なんやかんやで仲良く……なれたのかな?)


 樹は首を傾げながら、ごろんと地面に横たわる。

 ゴツゴツとして寝心地は悪いはずなのだが、話をして安心できたおかげか、樹はあっという間に寝入ってしまうのであった――。

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