第4話

タイタンから見える夕陽は、ホログラムとは思えないほど綺麗だった。




ゴツい銃身は常に下界へ向けられている。




銃の切っ先からは赤いレーザーポインタが照射されていて、遠くから見ると無数の赤い視線に天を貫く巨大な体躯、「ヴーン……ヴーン……」という奇妙な排気音は低く唸る怪物の声にも聴こえるだろう。






……正に巨人タイタンそのものだった。






まるで最悪とクソを混ぜて、煙草の灰汁で煮たスープを飲み干した後みたいな気分だ。




「よぉルーカス、聞いたぜ。お前あの噂は本当か?」




「一体何の話だ?」




身に覚えがない。


正確には、ある。




「いやぁ、どうも俺たちの階層で偽電磁砲フェークガンが盗まれたらしい」




かつて“デンバー”という労働階層の男が超電磁砲レールガンを小型化しようとしたが、実際には偽物の“フェークガン”しか完成しなかった。そんな都市伝説紛いの噂はこの狭いコミュニティじゃ、ウイルスのようにすぐ拡まる。




「それを? 何のために。まさかその犯人が俺だってんじゃねぇだろうな、バンキンス」




「ガハハ! それならいっそ漫談にして労働階層全てに言いふらすさ。お前、バーの乱射事件の時現地に居ただろう? 昨日統制局の奴らが血眼だったぜ。まぁ労働局とは別の機関だから暫くは大丈夫だろうが、にしてもあの馬鹿機械共...」




「どうせあと2〜3年の命だ。場末で死のうが構わないさ」




あんな死に方は御免だがな……




「でもフェイクなんて盗んでどうする?」




「さぁな。だが、もし“フェイク”じゃなかったとしたら?レジスタンス共に複製でもされてみろ。粗探しでバーの乱射事件の再来って訳だ」




ああ、なるほどな……地下水道で見たレジスタンス達。


ジョニーが匂わせてたのもそれか。




きっとレジスタンスは武器を持ってるンだ。


確かにあの地下水道なら、何をいくら隠しても”統制局には”バレねぇ。




「ま、今の俺たちにゃ関係ねぇ話だな。気をつけろよ、ブラザー」




「……ああ」








――――――――――――






しくじった。


もうおしまいだ。






ここまで漕ぎ着けるのに、一体どれだけの命が費やされたか。






在空射出装置カタパルトに旧時代のポッドが固定されている。 ジョニーはリカを乗せながら、遠くで響く無数の足音に耳を澄ませた。






「いいかいリカ、追っ手がそこまで来てる。ここでサヨナラだ。何かあったらルーカスを頼れ、アイツなら必ず導いてくれる」




「やだよ、ジョニーもいこうよ!」




「ダメなんだ! 俺は追っ手を足止めしなきゃならない」




ジョニーはポケットからキーリングとマッピング・デバイスを取り出し、彼女に握らせた。




「2つはこの水道の隠し扉、もう1つはルーカスが知ってる。お前が持ってた鍵も付けとくといい、お守りさ」




「やだ……やだよジョニー!」




ピッ……バシュッ!!




ポッドは空を切り裂くように走り、排水管の奥へ飛び去った。ジョニーは息を吐いて、背後に迫る無数の足音へ振り返る。






「来いよ、バケモン……」






――――――――――――






タイタンの上は冷える。


夜風が、汗をかいた首筋に嫌な感触を残す。






「……暇だな」






ルーカスは人造葉巻を咥えながら監視端末を眺めていた。 ジョニーからの連絡はない。不安だけが積もっていく。




「おい、あれ見ろ。何かいるぞ」




下層の通路に、一人の影が走っていた。 即座にスキャンをかける。身長、体格——ヒューマノイドだ。


「ルーカス!お前の方に行ったぞ」


頬に銃床をつけて呼吸を低くした。



「悪いな……」



赤い照準が相手を捉える。


すると影が、フードのまま手を上げた。


——ハンドサイン?





途端に周りを統制局のドローンが取り囲んだ。




「馬鹿なヤツだぜ……」





俺は気にせず、静かに引き金を引いた——








――――――――――――






監視任務を終え、帰宅した。


扉を開けると、テーブルの上に小さな箱。


鍵がかけられていた。




眠気が酷い。


思考が追いつかない。




「明日でいい……」


ベッドに倒れ込む。






………数時間後、ノックの音。




コンコンコンコン。





「……誰だ」




ドアを開けると、リカが立っていた。


彼女の手には——鍵と旧軍のデバイス。




「お前、なんで1人なんだ?ジョニーはどうした」




「ジョニーはにがしてくれたの。労働階層の1階から脱出ぽっどで!」




ポッド……


よく分からないが、レジスタンスが用意したやつか。




しかし、階層の1階から?


かなりの高さだぞ。




普通はセントラル・コンベアに乗らないと行き来は出来ないし、統制局の管轄だから難しいはずだ。




確かに地下水道が下の階層に繋がっているのかもしれないが、それにしてもコイツはどうやって統制局の目を潜り抜けてきたんだろうか。




「…待てよ。お前、生体認証とか遺伝子検査とか受けたか?」




「なにそれ」




「階層を越えたりする時に必要なんだ。上の連中が”バグ”とやらを見つけるために自動で選別される」




「よくわからないけど、ぽっどでみんながいるばしょにおちて、そこからはしってごんどらにのったの」




「ゴンドラ?ああ、セントラル・コンベアのことか。乗れるものと言えばあれしかない」




しかし、謎は深まるばかりだ。

生体認証もなしでここまで来れたのか?

誰にも捕まらずに?




「ルーカス。これ、ジョニーにたのまれたの」




そうだ、ジョニーがいない。

胸に、重いものがのしかかる。




「そういう事か」




思い出したように名ばかりのリビングに向かい、テーブルにあるの箱の鍵を開けた。中には、1枚の紙きれ。






『親愛なる弟へ』




ルーカスは一瞬目を見開いた。




『労働階層のレジスタンスは今日一掃される。位置情報がバレた。リカを連れて外の世界エクストラ・マンダムへ行け。東の水道に旧時代のポッドがある。カタパルトにセット済みだ。出たらひたすら東へ進み、外のコミュニティに接触しろ。そこに答えがある』




『俺は今までお前を本当の兄弟のように感じてた。今だってそうさ。お前の人生が道筋の決められたクソ話にならないよう願ってる。またな、愛してるぜ!兄弟』




下手くそな筆跡。

ルーカスは静かに拳を握った。




「頼まれたからじゃない。俺が俺の意思で行くんだ」






リカは黙って頷いた。






空はまだ暗い。


だが、確実に夜明けは近づいている。




「あの……」




「なんだ?」




「その……おしっこしたい」





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