第14話 黒幕の継承者(サクセサー)

早朝の長野県・諸伏家。まだ薄暗い山間に、仄かに雪が残っていた。


灰原哀は、窓の外を見つめていた。

コナン――いや、工藤新一は、隣で温めた紅茶を渡す。


「少しは落ち着いたか?」


「ええ。でも、心の中がまだ整理できないの。Eclipseは終わった。でも、“あの装置の起源”は、やはり私たちの研究にあるのよ」


「……君が作ったのは、APTX4869。けど、Eclipseはもっと前から計画されていたんだろ?」


灰原は頷く。


「私が知る限り、組織の記録には『AP試薬群』というラボノートがある。APTX4869は、その中で初めて“対象の若返り”という副作用が記録された薬だった。でも――」


「でも?」


「“000番台”の薬が存在した痕跡があるの。APTX000~099までの試薬データが消去されていた。唯一残されていた手書きのメモには、こう書かれていたの」


彼女は一枚の紙を取り出し、コナンに見せる。


『No.000:影の遺志を肉体に刻む。肉体は滅びても、意志は継がれる。』


「……つまり“意識の移植”……?」


「ええ。それが組織の本当の研究目的だった可能性が高い。若返りも不老も、すべては“意識の保存”と“継承”の副産物……」


その時、玄関のチャイムが鳴った。


「江戸川くん、哀ちゃん。警視庁から連絡だ」


諸伏高明が手紙を手にして入ってきた。


「公安がEclipseの残骸からデータを解析して、奇妙な人物の通信記録を発見した。“ラム”とも“烏丸”とも異なるコードネーム――《クレイドル》」


「クレイドル……揺りかご?」


コナンの脳内で何かがつながった。


「組織の再構成が始まってる……次の“支配者”の準備が――」



その頃、東京・杯戸中央病院の地下。


黒づくめのスーツを着た人物が、無菌室の中で眠る赤ん坊を見下ろしていた。


「彼の意識は、確かに継がれた。“クレイドル”としてね」


隣にいた若い科学者が不安げに訊いた。


「でも……これで本当に成功したんですか?烏丸蓮耶の“記憶”が赤ん坊に宿ったなんて――」


「成功じゃない。これは始まりだ。これから育て、導き、再び“神の座”に就かせる。二代目・烏丸蓮耶としてな」



【阿笠博士の家】


阿笠「ほっほっほ、元太くん、今日は納豆スパゲッティじゃよ~!」


元太「うおおお!ナットースパ最高ー!」


コナンは微笑みながら、灰原と目を合わせた。日常が、少しだけ戻ってきていた。


だが、灰原の口元はかすかに硬かった。


「江戸川くん。ひとつ気になることがあるの」


「なんだ?」


「あなたの正体……“新一”だと気づいていないのは、どうしてかしら?」


「……え?」


「蘭さんは鋭いし、歩美ちゃんもいつか“気づきかけた”ことがあった。でも、誰も決定的な確証に至らない。まるで――」


「……まるで、誰かが“そうならないように仕向けている”って?」


灰原は頷いた。


「“彼”が干渉しているのよ。そう、“あの方”が記憶操作をしていたとすれば、君の正体に気づく者は皆――自然とその記憶を曖昧にさせられているのかもしれないわ」


コナンの胸に、冷たい予感が走った。


「じゃあ、俺たちは最初から――見えない網に囲まれていたってことか?」


「……かもしれない。でも私は、もう抗うつもりよ」


その瞳は、微かに燃えていた。



【黒田管理官・東京警視庁】


黒田「……なるほど。“第二の黒の組織”が動き出したか」


安室透「クレイドル。新しいコードネーム……やつらは本気で烏丸を復活させるつもりです」


黒田「公安の力が必要になる。バーボン――いや、降谷零。君の判断に任せよう」


安室「……了解」



その夜。コナンはベッドの中で考え込んでいた。


(まだ、終わっちゃいない……)


(“あの方”は消えていない。俺たちは……まだ、戦ってる)


その手に、灰原から渡された「AP試薬群」のデータディスクを握りしめた。

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