第13話 消えた記憶の先に

眩しい光に包まれながら、コナンの意識は深い闇の中から徐々に引き戻されていった。気がつくと、彼は白い部屋の中に立っていた。天井も壁も、すべてが曖昧な光に包まれており、まるで現実感がなかった。


「ここは……どこだ?」


隣には灰原哀の姿があった。彼女もまた、状況を理解しようと瞳を鋭くさせていた。


「コナン君……記憶が――私たちの記憶が、この空間に投影されてるのよ」


灰原の言葉に目を凝らすと、壁面にぼんやりと映し出されていたのは、これまでの出来事――黒の組織との戦い、博士の家、少年探偵団との日常、そして――新一として蘭と過ごした日々。


「まさか、Eclipseの機能は……記憶の抽出と再構成……?」


「ええ。そして、それを上書きする。偽りの記憶を流し込んで、真実を消去する。完全に“つくられた記憶”に置き換えることができるのよ」


コナンは歯を食いしばった。


「そんなことをすれば、世界中の人間の意識が……組織に都合の良いように書き換えられてしまう!」


その時、部屋の中心に黒い霧が渦を巻いた。現れたのは――ベルモット。


「Welcome to the truth, Cool Guy…そして、シェリー。ここが、私たちの“楽園”よ」


「ベルモット……お前も知っていたのか、この装置の目的を!」


「ええ、当然。けれどこれは組織の悲願なの。何十年も前から計画されていた。あなたが飲まされたAPTX4869も、その過程で生まれた副産物にすぎない」


「じゃあ……君は、烏丸の存在も……?」


ベルモットはその名に反応し、唇を噛んだ。


「烏丸蓮耶――彼はすでに“存在”ではない。記憶として生き続けている。Eclipseの中に、そして私たちの中に」


灰原が叫ぶ。「記憶の中に人間を閉じ込めてるなんて、そんなの生きてるって言えない!」


「でも、彼はそれを望んだのよ。永遠の命を。肉体が滅びようとも、意識が存在すれば神になれると信じていた」


その瞬間、空間が歪み始める。白い部屋が崩れ、目の前に現れたのは、烏丸蓮耶の姿――いや、彼の記憶から構成された映像だった。


「君たちが私に近づいた時点で、この装置はすべてを完了した」


その声は、低く、重く、そして不気味な静けさをまとっていた。


「今から君たちの記憶を上書きしよう。君たちは名もなき子どもとして目覚め、何も知らずに生きていくことになる」


コナンは叫んだ。


「ふざけるな!記憶を操るなんて、神を気取った悪魔の所業だ!」


その瞬間、空間の奥で爆発音が響いた。


「高明……!」


長野県警・諸伏高明が装置の中央に銃を向け、警告の声を上げた。


「警察はすでにこの施設を包囲している!組織の希望も、記憶の支配もここまでだ!」


ベルモットは微笑んだ。「やっぱり、あなたたちは素敵ね……」


そして、彼女はコナンにだけ聞こえる声で囁いた。


「真実は、誰かの心の中に残れば、それでいいのかもしれないわね」



施設の崩壊が始まる。コナンと灰原は、高明と合流し、脱出経路へと走る。


「急げ!装置が暴走を始めている!」


「でも、あれを止めなければ……」


灰原が振り返る。Eclipseのコアが暴走し、光が暴れていた。


「わたしが行く。すべての責任は、研究者だった私にある」


「ダメだ!」

コナンは彼女の腕を掴んだ。「一人で背負うな!これは、みんなで乗り越えるべきだろ!」


二人は顔を見合わせ、頷いた。


そして、最後の力を振り絞り、Eclipseのコアを物理的に破壊する――。


爆発とともに、光が溢れ、空間は崩れ去った。



目を覚ましたのは、長野の山のふもと。崩れた地下施設の前に、灰原と高明が無事に立っていた。遠くに、救助ヘリの音が聞こえる。


「コナン君……?」


コナンもまた、倒れていたが、目を開けた。


「全部……終わったのか……?」


「ええ。少なくとも、Eclipseは機能停止した。君たちのおかげで」


灰原は静かに、空を見上げた。


「でも、真の黒幕が誰かは……まだ、完全にはわかっていない」


コナンは立ち上がり、彼女の隣に並ぶ。


「だから――終わりじゃないさ。これは、まだプロローグなんだ」

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