第9話 長野アルプス編:眠れる神の記憶

長野の雪深い山奥。ここには、昔から「天文台の怪」と呼ばれる都市伝説が存在していた。地元の人々は、それを単なる噂として流していたが、探偵たちはこの「噂」が単なる偶然の産物ではないことを知っていた。


「ここが、天文台跡地か……」


コナンは険しい山道を進みながら言った。雪が降り積もる中、建物の遺構が見え隠れする。灰原がその後に続く。


「この場所、何か不穏な雰囲気を感じるわね。見た目にはただの廃墟に見えるけれど、きっと何かが隠されている」


「“何か”って……まさか、また黒の組織の跡か?」


コナンが言ったその時、背後から声が響いた。


「ここは私たちの管轄だ、少年探偵」


諸伏高明が現れた。彼の後ろには、長野県警の数名が控えている。高明は表情を硬くしながら言った。


「君たちがここに来るのは知っていた。だが、この場所に関しては特に警戒している。何かが、ここで動き出したようだ」


コナンは眉をひそめる。


「動き出したって?」


「見てみろ。これが、問題の痕跡だ」


高明が指差す先には、天文台の地下に続く階段があった。その先には、封印されたドアがあり、扉の前には破れた警告ラベルが貼られていた。


「封鎖されているはずの場所。だが、何者かが侵入している可能性が高い」


灰原が足を速め、扉を調べ始めた。


「このラベル……見たことがある。‘Project: Eclipse’——この文字が示すのは、ただの研究じゃない」


「‘Eclipse’……日食か」


コナンが言ったその瞬間、灰原が手を伸ばして扉を開けた。


その先には、長い年月を経た装置が無造作に残されていた。部屋の中には様々な機器が並べられ、中央に置かれたコンピューターが静かに動いているのが見える。灰原がその機械に近づき、数秒後にパスコードを入力した。


「これ、間違いなく“再書き換え”の装置よ。私が以前、母の研究で見たものと似ている」


コナンは驚きの表情を浮かべる。


「宮野エレーナの……?」


「そう。母が、アポトキシン4869の改良型を開発していた際、これと似た装置を使っていた。記憶を一時的に書き換え、別人のように振る舞わせる——それが目的だった」


コナンの心の中で何かが引っかかる。今まで考えてきたアポトキシン4869の効果が、ただの若返りにとどまらないという事実に、次第にピンときた。


「つまり、あの薬……ただの薬じゃないのか?

“記憶の改竄”ができる薬だったってこと?」


「そう。実際、私も含めて、数多くの人間がこの実験の結果として“新しい人格”を選ぶことができたのよ」


その時、高明が一歩前に出て言った。


「それなら、ここで何をしていたのかも分かる。‘Eclipse’が関わるのは、ただの記憶の操作ではない。だが、それに続くものが、現在の黒の組織に繋がる可能性が高い」


「それじゃ、黒の組織が関与しているってこと?」


「いや、少し違う。ここに残されているデータによると、‘Eclipse’計画は組織の創設以前に存在していた。もっと早い段階で、“記録の管理”に関わる研究が行われていたんだ」


コナンは不安そうに言った。


「つまり、それは“黒の組織”の起源に関わるものだってこと?」


「そうだ。さらに、この装置には、“新たなゲーム”が始まる予兆がある」

高明の顔には、今まで見せたことのないような緊張が走っていた。


その時、コナンのスマホが鳴った。


「新しい情報だ、コナン君」


画面に映し出されたのは、公安の降谷零からのメッセージ。


『長野の天文台に関する調査結果。‘Project: Eclipse’は、もともと“記録管理”のために作られたものであり、記憶書き換えによって“新たな存在”を作り出すためのものである。』


「つまり、この装置を使えば、組織が追い求めてきた“死を超える”ことが可能になるってことか」


灰原が冷静に言った。


「でも、そんなものを使えば、人格は完全に変わってしまう。それに、記憶を書き換えられたら、もう元には戻らないわ」


コナンは顔をしかめる。


「だとしても、組織はそれを使おうとしているのか……?」


その時、突然、建物全体が揺れた。コナンたちは身構えたが、何も起こらなかった。


「まさか……」

灰原が呟いた。

「誰かが、‘Eclipse’を起動させた?」


その瞬間、天文台の上空で、何かが閃光を放つ。周囲の景色が歪み、そして――


「待ってくれ……何かが動いている!」


コナンは駆け出し、その方向を見つめた。すぐに、高明も追いかける。だが、雪と霧が彼らの視界を遮り、何も見えなくなった。


その先に何が待っているのか、誰も知らない――

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