異世界書物~毒の王子様~その3

 自室に戻ると、すぐさまベッドに腰をかけ、カーテンの閉まった窓の方を眺めた。そして、溜め息を吐く。


「よかった……」


 久しぶりに浴びた日光、窓の外に広がっていた光景、そのどちらもが……よかった。


 秋の今にほんのりと温かく私を照らしてくれる日光は、暗く淀んだこの室内よりも遥かに心地良かった。緑豊かで風になびいていた大地は、飽き飽きとしていた狭く息苦しい、閉ざされた中の世界よりも広大で、締め付けられていた心臓が一気に解放され飛び跳ねるほどに私の目に色を持たせてくれた。


 眩しいなんてただの言い訳にすぎなかった。私は、何年ぶりにも見るあの光景と日差しに、見蕩みとれていたのだ。


 見間違いかもしれないが、あの日差しに照らされていた大地を、一人の男性が歩いているのが見えた。いつの日か私も、あの男の人のように、ただ当たり前に日差しを浴びることができれば.....そう考えてしまうほどに見惚れていた。


「もう一回、見てみたいな」


 そう言葉を零すと、私はベッドの上に寝転がり、うずくまった。日光が私を包んでくれたように、自分自身で私を包み込んだ。


 そうして、余韻に浸る。一秒、二秒、三秒、だがしかし、その余韻も次第に現実味を取り戻していき、やがて私は自分の口角が下がっていっているのを自覚した。


 そう、夢物語だった。


 あの空の下に出てみたい。そう思いはするものの、それは叶わない。だって私は、病に侵されているのだから。


 先程の日光を浴びた影響で身体が少し痛くなってきた。毒が進行しているのだ。


 痛い、早く寝てこの痛みから逃れよう。そう思い私は、もう一度眠りにつくことにした。




 翌日の早朝、私が目覚めると家の中が騒がしくなっていた。何かと思って客間の方へ向かうと、一人の見知らぬ男性が使用人と話をしていたのだ。


 ……いや、正確には見知らぬではない。昨日この人を見た。窓から外の景色を眺めた時に居た、あの男性だ。


 男性と目が合う。ベージュ色のコートと丸眼鏡が似合う人だ。ただ、少し体調が悪そうに見える。


 座りながらも、向こうが微笑みながらお辞儀をしてくれたので、私もそれに応える。男性のその動きを見てか、男性と話してた使用人が私に気がついた。


「ああお嬢様、ちょうどよいところに。実は道端でこの男性が倒れているところを見かけまして……」


「ああ、それで……」


「すみません、突然押し入ったみたいになって」


「いえ、お気になさらず」


 男性は少し申し訳なさそうだった。




 話が進むにつれ、とりあえず今日一日は男性をこの家に泊まらせ、安静にしてもらうことになる。どうやら人に比べて少々身体が弱いらしい。特に問題もなく、男性も揃って朝食を食べ終えると、私は自室へと戻った。


 そして、ふと思う。家の外から来る人に出会うのは久しぶりだなと。


 あの男性は、あの空の下を歩いていた。私の知らないことを、それはもう沢山知っているはずだ。


 少しだけ考えてから、私はすぐに、そしてこっそりと、父様の部屋へと向かった。ちょうど両親が居ないため、元々父様の部屋として使っていた場所で男性を休ませているのだ。


 部屋に入った時、男性は少し驚いていたが、率直に「話がしたいの」と言うとすぐに受け入れてくれた。


 そう、少し話がしてみたかったのだ。外のことを知っているこの人と。少しだけ。

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異世界書物~エネミーブルー~ 夜桜日々哉 @yozakura_hibiya

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