異世界書物~毒の王子様~その2
朝食を終えて、また自室へと戻る。
今この邸宅に居るのは私と幾人かの使用人のみで、家族はここに居ない。長期の仕事で家を留守にしているのだ。だから私の世話は基本、使用人達に任せっきりとなっている。
鏡を見た。私の顔は親譲りで美形だと言われているが、どうにも今の私は美形に見えない。精気を無くした顔に、やつれた身体、明かりが無いせいか肌にハリが無いようにも思える。
少し手首の袖をまくりあげ、肘が見える程にした。一切の光を持たない黒色の、薔薇の棘のように見えるものが指先から肘部分まで張っている。その棘の先、つまり肘部分には、棘だけでなく薔薇の花が真っ黒に咲き誇っていた。
恐らく、この花が心臓部分に到達すれば終わりの合図なのだろう。
……やめよう、こんなことを確認しても、虚しくなるだけだ。
私は袖を元に戻し、辺りの廊下を歩き回ることにした。
「何も、変わらないわね」
外に出ないとはいえ歩かないと身体が弱ってしまう。だから時々、この広い邸宅を探索がてら歩くことにしているのだが、やはり何度も同じ光景が続くばかりで新鮮味に欠けていた。
ふと、窓の横で立ち止まる。
「……」
外の景色が見たかった。ここ何年と眺めていない陽の光だ。さぞ、気持ちの良いことだろう。
けれど、それは許されない。自分自身がそれを一番に理解していた。
また歩き出そうと前方を見ると、一人のメイドがこちらへ走ってきていた。何か急ぎの用だろうか。その腕の中には一本の
その様子で、あのメイドが誰かすぐに分かった。最近入ってきた新人のメイドだ。おっちょこちょいで焦りやすいと聞いているが、本当にその通りのようだ。
「あ、お嬢様! おはようございます、すみません今急いでいるので走ることを許可させてくだどぅあ!」
瞬間、メイドが私の横で盛大に転んだ。何も無いところだが、走っている拍子に自分の持っていた
なぜか抱えていた
いやしかし、重要なのはそこではなかった。手のひらが空いていたため、脳が咄嗟の反応で何かを掴もうとしたのだろう。メイドは転んだ際に、ちょうど近くにあったあるものを掴んでしまったのだ。
「ぅぐっ」
それはカーテンだった。
陽の光が差し込み、私の上半身をその強い光で照らしてきた。
私は目を細め、その眩しさから目を保護するように右腕を盾にした。
まずい、早く閉じなくては。
そう心の中で思うものの、私はその場でじっとしていた。何年ぶりかに見る太陽の光、それはずっと室内に留まっていた私にとってあまりにも眩しすぎて、一種の目眩しのように私の行動を制限したのだ。
……。
…………。
……本当に?
体が悲鳴をあげ、その身に宿る毒が進行していくのが分かった。何秒だろう。数秒ほどに思えたが、もしかしたら十数秒にも及んだかもしれない。私がその場でじっとしていると、メイドが起き上がってきた。
「あいたたた、すみません転んでっでぅうああ!!」
メイドは私の状況を見るなり、即座に立ち上がり目の前のカーテンを引きちぎれるくらいの勢いで閉めた。それを見て、私が上げていた腕を下ろすよりも早く、メイドは私に向かって頭を下げた。
「す、すすすみませんすみません申し訳ございませんでした!」
何度も何度も、ものすごい勢いで頭を下げ続ける。だが、私はそれをじっと見るのではなく、視界の端に捉えるだけで面と向かってきちんと見ようとはしなかった。代わりに、私はただじっと、先ほどまで開いていた窓の方を見る。
別に、怒っている訳ではない。ただ……。
「いや、いい。大丈夫よ」
私はメイドの方を見ることなく、どこか遠くを見つめたまま力の無い声色でそう言った。そのまま、おぼつかない足取りでその場を去っていく。
「え?」
後ろの方でメイドは不思議そうな声をあげていたが、特に私は気にしなかった。
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