毒の王子様
第十一頁 初バトル
特に何の問題もなく森へ入ると、周囲からは人が消え、代わりに二メートルほどある木々がずらりと並ぶようになった。
街と街の間にあるため道は整備されているが、生い茂る草むらや木の影からモンスターが出てくる可能性は大いにある。
「いやー森に入ると冒険してるって感じが少し出てくるよね。注意して進もっか、パラメラ」
「きゅきゅっ」
ぐっと背伸びをして、腰に備えていた短剣を取り出した。いつ何が来てもいいよう備えておく、冒険初心者の心得の一つだ。
そして十数歩程進むと、二時の方向、右斜め前方にある木陰がザワザワと音を出し始めた。……何かが来る
そう察知した僕は、すぐさまにパラメラを包むように抱え、急いで後退しながらしゃがみ込んだ。
葉が波を体現し、奥から手前へと押し寄せてくる。その波の正体であろう何かの特徴らしきものが、隙間からはみ出ているのが分かった。言葉通り、波のように浮き立つ紫色の液体、半透明の体の中に少量入っている気泡の数々……。なるほど、その正体が分かった。
僕は立ち上がると、ヴェルベッドから奪い取ったナイフを右手に持ち、少し腰を低くして構え、それが現れてくるであろう正面に戦闘に陣取った。
僕の趣味に合うナイフじゃないけど、折角ならこいつを僕の
もちろん慣れていないぎこちない構え方なのは自分がいちばん理解している。けれど、最初はそれでいい、これでいいはずだ。きっと皆同じような歩き方をしてきたはずだ。
僕は目標から目を離さないまま、口を開く。
「ようやく初のバトルってわけか……ふふ。パラメラ、じっとしていてね」
横目でちらりとパラメラを視界の端に捉えたが、見たところ蛇がとぐろを巻くようにうずぐり、しっぽを枕にして自分の顔を乗せていた。何を考えているのかは分からないが、怯えている訳ではなさそうだ。
瞬間、目標は僕に飛びついてくると同時にその姿を顕にした。紫色の球体で液状の体質、ブラッドモンスターの特徴である赤目の代わりであろう赤い二つの斑点、そして口らしき器官は見えるが、それ以外には何も無い。その半透明な身体の中には、ちぎれた草花が浮遊していた。
その見るからに毒々しい色からも分かる通り、こいつはポイズンスライムと呼ばれるモンスターだ。いきなり毒系のモンスターと出会ったのは少々不安だが……。
……周囲に炎の精霊達はそれなりに居るな。いける。
「来い!
ナイフは握ったまま、唱えた。すると赤色の魔法陣が僕の手元に出現し、腕輪をつける時のように魔法陣は僕の手をくぐり抜けていき、手首あたりで瞬時に縮小して消滅する。
手元から循環して、体全体に炎の魔力が行き渡っていくのが分かる。
順調だ。ここ数日の練習のおかげで、炎の付与魔法は人並みに安定した発動ができるようになった。他の付与魔法も、例えば水の付与魔法なら水辺など、対応した精霊が大量に居る場所でなら発動できるようになったのだ。
それ以上の質を求めるなら、これからの冒険で経験とスキルを培っていくしかない。
付与魔法の発動が終わり、左手をポイズンスライム目掛けて
「ぷぷるぴゅっぷぅ!」
次の瞬間、ポイズンスライムは口から毒々しい色の液体を圧縮させた塊のようなものを吐き出してきた。間違いなく触れれば毒を受けることになるだろう。見た目的には毒の魔力弾と言ったところか。
ポイズンスライムの毒は受けてもそれ程致命傷にはならないらしいけど、ハバティまではまだ距離があるし、できれば攻撃は回避したいところだ。
……うーん、位置が悪いな。
後ろにはパラメラが居る。僕だけ避けるとパラメラに当たるだろうし、かと言ってパラメラを抱えて逃げようとするなら逃げ遅れるだろう。
もう少し、森のモンスターくらいは対策しておけばよかったなと思う。けど、今更そんなことを言っても仕方ない……。なら……!
「……っ! くらえっ!」
僕は炎の魔力弾を発射した。中心部に生まれた火種が発火し、瞬時に火炎の弾となる。風の波に揺られ炎の尾をなびかせながらポイズンスライムの毒球の方へと向かっていくのが見えた。
衝突。同等の威力かと思われたそれらは、ぶつかった瞬間に一方が割れたガラス破片のように弾け飛ぶことで勝敗を分けた。
勝ったのは僕の魔力弾の方だ。
「ぷっびゃぁぁあああ」
ぶつかった衝撃で少々小さくなってしまったものの、そのままの勢いでポイズンスライムに命中した魔力弾は、スライムの全身を炎で包み込んだ。そのダメージでスライムは悲鳴のような鳴き声をあげながらその息を絶った。
撃退される瞬間、スライムの体は弾け飛び、その体を構成する毒液を周辺に落とす。同時に消化途中だったであろう中の物もバタバタと音を立てながら落ちていった。断面が溶けている草花……そしてもう一つ。
「え、えっ! かっ勝った! ふふー……よしっ」
僕は初勝利の喜びを噛み締めながら、沸騰しそうなほど高まるテンションを落ち着かせて静かにガッツポーズをとった。
パラメラの方を見る。大丈夫そうだ。表情も特に問題ない。弾け飛んだ毒球やポイズンスライムの液体は周辺に飛び散っているものの、僕らの体にはかかっていないようだった。奇跡だな。
僕はパラメラに向けてドヤ顔でピースサインを送った。パラメラはそれが何か分かっていないようだったが、お返しにしっぽを振ってくれた。
「さてと、そいや何か落としてたような」
ポイズンスライムの中から落ちてきた物の中に、何か一つ気になるものがあったんだけど……あれ、これってもしかして。
僕は、その気になる物の傍に行って気がつく。形状からして本なのは分かっていたのだがこれは……。
「い、異世界書物じゃんこれ……」
こんな物まで食べるのかという驚きと共に、こんなところで異世界書物を見かけたことの喜びが湧き上がってきた。見たところ表紙の角部分しかまだ溶けていないため、つい先程食べたものなんだろう。
字が読めそうだったから、僕は本をひっくり返してそのタイトルを読んでみた。
「えーと、毒の王子様か」
ああ、この物語も読んだことがある。内容は確か……。
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