第十頁 いざ見知らぬ地へ

 国の外に出るため、門の所まで来ると、僕はひどく緊張した様子を見せた。空は快晴、一点の雲すら弾け飛ばすような色を見せる。


 皆がこの気温と蛇の胴体のように長い行列による暑さで汗をかいているのとは逆に、僕は緊張で冷や汗をかいていた。これから冒険に出るというワクワク感もそうだが、何より緊張の引き金となっていたのは……。


 で、出られるよね……?


 パラメラのことだった。というか、パラメラ含めブルーモンスターを連れて冒険に出ていいのかという問題だった。何も考えずに流れと勢いに任せて来たが、これでダメと言われれば中々に恥ずかしいぞ。


「商人ナンバー二十八、荷物も問題無さそうだな。行っていいぞ。次」


 今日門番を担当しているのは、中々に威厳のありそうな騎士の人だった。名前こそ知らないが、恐らく騎士の中でもそれなりに偉い人なのだろう。


 おどおどしながら待っていると、やがて自分の番が回ってきた。


「次、外に出る目的は?」


「えと、冒険ですね」


 パラメラを腕の中に抱えながら答えた。それにしても首が痛くなるほどに背が高いなこの人。


「なるほど。では、冒険手帳を見せてもらえるかな。それと名前、所属していた学校の方を」


「名前はテトラ・ハイドルド、所属していた学校は第一イルミナ魔法学校です」


 僕はそう言いながら、ポケットに突っ込んでいた冒険手帳を門番の人に見せ、渡した。


「ふむ、少々待ちたまえ」


 そう言うと門番の人は手帳を受け取り、手元に表示されているものをに視線を落とす。それは透けており、緑色の文字や数字の羅列がずらりと幾つも並んでいた。


 何らかの魔法で映し出したものに見える。手動でそれを縦に横にスライドしていき、門番の人は忙しなく目を動かしていった。恐らく、登録済みの情報かの確認、そして軽い本人確認のための名前と所属学校の照合をしているのだろう。


 数秒もしないうちに門番の人の指は止まり、数秒ほど時間が経過した。そして、何事も無かったのか、預けていた手帳を僕の方に差し出してきた。


「テトラ・ハイドルド、確かに今朝登録を完了しているな。行っていいぞ」


 よかった。特にパラメラのことは何も言われなかった。


「ありがとうございます」


 僕は冒険手帳を受け取り、またポケットの中に突っ込んだ。


 安堵あんどしながら一歩ずつ、ゆっくりと歩みを進めていく。トンネルのように続く壁に囲まれた一本道、一分も歩けばそこから先は待ち望んだ外の世界だ。


 気を引き締めるように、また緊張をほぐすように、パラメラを抱える腕の位置を変え、深呼吸した。


「ああ少し待ちたまえ」


「ひゃいっ!」


 と思ったが、先程の門番から声を掛けられる。威圧的な態度をとられている訳ではないのに、どことなく圧力を感じるのは、この人に貫禄があるからだろう。


 なぜ呼び止められたのだろうか。やはりパラメラを連れていることが問題だったのだろうか。真相は分からないが、僕は後ろから心臓を矢で射抜かれたような反応を示して振り返った。


 無意識に、パラメラを覆うようにして体を丸め込む。


「な、なんでしょう」


 門番の人は自分の指先をトントンと机に叩きつけ、下に落としていた視線を僕の方に向けてきた。そして一秒か二秒ほど、僕にとっては十数秒にも感じられる無言の間をおいて、門番の人は口を開いたのだ。


 一気に高まった緊張は、糸となって僕がスムーズに呼吸するのを阻む。


 ……ごくり。


「冒険には死が付き物だ。だが、いざとなれば私、イルミナ騎士団所属のアールフレッドが駆けつけよう。安心して進むといい」


「あ、ああ、はい。えと、それじゃあ」


「うむ」


 なんだ、ただの粋な計らいか。僕は一気に溜め息を吐いた。勢いでしゃがみ込むと、腕の中からもふもふとしたものが外に出たがっているのが分かった。


「あれ、出たいの? いいよ、じゃあ歩こっか」


 そう言いながら腕を離していた。宙を駆けるように脚をバタバタとさせてパラメラが飛び出ていく。しばらく抱き抱えていたから歩きたくなったようだ。


 それにしてもアールフレッドか、確かイルミナ騎士団の副団長を務めている人だ。副団長が門番を務めているってことは、何かトラブルでもあったのかもしれない。


 まぁそれはさておき、僕は目の前に広がるその光景に圧倒された。蛇行しながらアーチを描くような足取りで跳ね回るパラメラの足も、その景色を前にしては立ち止まるしかないようだった。


「わぁっはぁ!」


 澄んだ青空の下に広がるのは生き生きとした緑の大地、しるべとなる道から少し外れると、大きな湖なども見える。


 まだ周辺にはモンスターが見えないが、少し歩けば出てくることだろう。


「きゅっきゅっ」


 パラメラも僕と同じように、感嘆と喜びの声をあげた。さて、初めどこへ向かうかは既にトキメラと話し合って決めている。まずはそこに向かおう。


 他に居た商人や他の冒険者達が散らばり、各々のペースで進んでいく中、僕はパラメラに目配せをして一歩を踏み出した。まだまだ不安もあるが、パラメラが居ることやバックパックの重みがなんだかとても頼もしく思える。


「んじゃ行くよ、パラメラ。えーとまずは……」


 ポケットに畳んで入れておいた地図を広げたイルミナ王国周辺の地形が簡潔に描かれている地図だ。行こうとしている所には目印を付けてある。その内、僕は星型の中に数字の一が書かれた目印に目をつけた。


 ここだ。


 イルミナ郊外にある小さな町ハバティ、そこにまずは向かう。ハバティでは演劇が有名で、よく異世界書物を題材とした演劇が開かれているのだ。


 異世界書物オタクでもある僕が、初めにハバティへ行こうとするのは必然だった。ただ道中、必ず森を抜けなければならない為、実質的にはその森が最初に訪れる場所となるだろう。


 その森ではちょうど初心者向けのモンスター達が出現するらしいから、ハバティへ向かう際の初戦闘には持ってこいだ。


「ハバティだ」


 すっと息を吸い、意気込んだ目で前方を見た。


 さぁ、歩きだそう。

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