太陽
今日はありがとうございました、もしよければまた。
俺に会った男たちはみんなそう言い、だけれど俺とまた会うことなんてほとんどなかった。俺に群がる男たちはあまりに数が多過ぎて、どうしても選別が必要だった。
そんな中、先日出会ったあの男――
彗はあの見た目と性格に相応しく、乱暴に俺を犯した。まるで俺のことなんて気遣わない乱暴なセックスに、俺は興奮した。俺は激しく抱かれ、溺れるように快楽に耽った。一日ですべてを絞り切られるみたいなセックスをしたのは、本当に久しぶりだった。気がつけば朝になっていて、俺たちはカピカピになってしまった体を重ね、最後にキスをした。お互いにこれきりの関係だと思っているのだろうと思っていた。だからホテルから駅へ向かう帰り道、『もしよければまた』なんて言葉もなく当然のように彗にラインのIDの交換を求められたときは、嬉しかった反面戸惑いもあった。多分この関係を続けることは、互いにとってよくないことなのだろうと思ったからだ。このままでは、この関係に溺れてしまう。そう思った。だけれど、俺はあのよろこびが、体の奥が疼くような満足感が忘れられなくて、結局IDを彼と交換してしまった。それ以降もずるずると、彼と体だけの関係を続けている。
しかし、予想に反して連絡が来た。俺はなんだか断りきれず、そのままずるずると会う約束をしてしまった。
初めての顔合わせ。恒さんは、俺の想像を遥かに上回る肉体をしていた。俺が今まで会ってきた数多のゲイの中で一番逞しい体だった。俺は一人のトレーニーとしての純粋な憧れの感情を彼に抱いた。そこまでの体にどうやったらなれるのか、俺は恒さんに案内された高いフランス料理店で興奮気味に話を聞いた。しかし、俺はずっと気がかりだった。こんな店のお金は、今の俺に払えるのだろうか。俺の財布にはファミレス数回程度の支払いの金額しか入っていなかった。そんな俺の不安を吹き飛ばすように恒さんはなんのてらいもなく目の前でゴールドカードで支払いをした。俺が財布を出すこともできないくらいにあっという間の、慣れた手つきだった。
二回目は、恒さんの通うパーソナルジムでの合同トレーニングだった。「君も鍛えてるから、こういう方が楽しいでしょう?」。恒さんは俺の家近くまで車で迎えに来て(ベンツだった)、そしてジムに向かう車の中でそう言った。六本木にあるそのパーソナルジムは、どう考えても庶民には踏み込んで良いものじゃなくて(入り口のチラシにちらっと見えた入会金は、俺の給料の二ヶ月分くらいあった)、俺はまた最初落ち着かない気分だったが、普段絶対にお目にかかれない高そうなトレーニングマシンが使い放題なのだと思うと、段々、気分が盛り上がってくるのを感じた。「お金のことは気にしなくていいよ」。前もってそう言われていたので、せっかくだからと俺は存分に施設を使い尽くした。
三回目で、恒さんの家に招かれた。玄関だけでうちの家くらいある馬鹿でかい高層マンションのその家で、高そうな俺には名前も分からないワインを開け、恒さん手作りの食事を食べた。酒に酔った俺の手に、恒さんの手が重なった。俺は自分でも分かるほどとろんとした目で恒さんを見つめ、俺たちはキスをした。恒さんは申し訳なさそうな顔をして俺に言った。私と、付き合ってくれますか? 俺ははい、と答えた。そのまま、恒さんの股間に顔を埋める。ずしりとボリュームのあるものがそこにあった。俺はそこを揉んだ。揉んだ。揉んだ。そこは、一向に硬くなる気配がなかった。「私は、……ふのうなんだ」。頭上からそんな言葉が降ってくる。フノー? フノーとは、なんだろう。高い酒で酔った頭でしばらく脳内を検索して、ようやく『不能』という単語を見つけると、ああ、そういうことか。そう思った。
別に、かまいやしないさ。
俺がその時あっさりそう思ったのは、彗がいたからだろうと思う。俺は恒さんと会いながらも、彗とセックスを重ねていたし、彗は、俺に体の関係以上のものを全く求めてこなかった。そもそも、彗自身にも彼氏がいた。だから、全然問題ない。俺が彗とセックスフレンドを続けながら、恒さんと付き合うことは、何も問題ない。万が一に彗がいなくなったとしても、俺はすぐ誰かちょうど良い相手を見つけられるだろう。今まで俺は、性欲の発散相手を切らしたことはなかった。みんな、俺とセックスしたがった。俺は、それくらい優良物件なのだ。何より俺は、この足を踏み入れかけたセレブな生活に、強く強く惹かれていた。俺は考えていた。今まで、なんだかんだ結構苦労してきた方だと思う。
――そろそろ、報われてもいいんじゃないか?
恒さんの股の間から背後の大きな窓が見えた。そこには、新宿御苑の夜景が広がっていた。この景色が、俺のものになるのだ。そう思うと、他のどんなことも小さなことに思えた。
「いいよ」
だから俺がそう言うと、恒さんは、目に涙さえ浮かべていた。
「本当か? それでも良いのか?」
「うん。いいよ」
恒さんがぎゅっと俺を抱きしめた。筋肉質で大きなその体に抱かれながら、ああ、でも、本当の意味で抱かれることはないのだな、と思う。
でも、あの人と俺は、元から住む世界が違っていたのだ。
そんなことにも俺は気づかず、恒さんの『彼氏』になって毎日楽しく過ごしていた。恒さんは俺をいろんなところに連れて行ってくれた。料金は全部恒さん持ちだ。最初は俺もお金を払おうとする素振りを見せていたが、だんだん面倒くさくなってそれもやめてしまった。それでも恒さんはにこにことお金をゴールドカードで一括払いしてくれた。
「最近、なんかお前どうしたの?」
トーヤがイベントの楽屋でそう言って見せてきたのは、俺のインスタの写真だった。今までのは、イベントで撮った写真や、ガチムチ仲間との旅行の写真とか、そうでなければそこらへんの夜景とかをあげていたのだけれども、最近の俺は、ヒルトン、パーク・ハイアット、リッツ・カールトン、エトセトラエトセトラ、宿泊したホテルの写真、そこのプールの写真、そんなものをアップしてイイネをいっぱいもらっていた。
「なんか、妙に羽振りよくね?」
そう訊かれた俺は鼻高々にトーヤに恒さんとの関係を話す。
「それって付き合ってるっていうか、ただのパトロンじゃん」
てっきり羨ましがられると思っていたから、その冷静な分析に俺は驚いた。
違うよ! そう強く言おうと思ったけど、言えなかった。
だって、俺と恒さんの間には体の交わりすらないのだ。それを、例えばもっとプラトニックな関係なんだと言い換えることはできた。俺は恒さんともっと高尚で精神的な関係を築いているんだと。
それが嘘だって俺が一番知っている。俺は今日もこの後に彗と思い切りセックスをするのだから。プラトニック、だって?
俺と恒さんの関係に名前をつけるとしたら、何になるのだろう。
恋人? 愛人? パトロン? それとも、俺はただのお客様?
心の中が曇っていくのを感じた。俺はただお金だけが目当てで恒さんと近くにいるのだろうか? そんなことはない。そう思うけれど、だったら恒さんが貧乏だったら一緒にいるかと問いかけて、多分それは無いだろうと思う。だったら俺は、やはり金のためだけに恒さんといるのだろうか?
黙り込んだ俺に、トーヤが慌てて「ごめんごめん、そんなマジに受け取るなってば」、とフォローをしてきた。
「お前が幸せならそれでいいんじゃねえの」
そして、そう言われる。
幸せ……そう言われて思い浮かんだのは、なぜか彗の顔だった。
そんなことをしていると、イベントの出番がやってくる。俺は曇った心のままステージに立つ。ステージからフロアを見る。そこにいるのは、男ばかりだ。見渡す限りの、男、男、男……。そいつらが、目をギラギラ輝かせて俺を見ている。俺で興奮している。俺はゾクゾクするのを感じる。俺は音楽に合わせ踊り始める。先ほどまでの悩みを吹き飛ばすように。
シュウゴが隣で、何か意味のない言葉を呟いたのが分かる。そうだ、俺も、意味のないことを言おう。俺は口を動かす。
「このままずっと夜が明けなければいい」
永遠に夜なら良い。朝が来なければ良い。そうすれば、この入り組んだ気持ちも、どうしようもない感情も、ありのまま俺は受け入れられる。そのまま、そのまま……。
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