太陽

 正面でミラーボールがくるくる回って光を振りまいている。

 胃の中の、未消化の食べ物がずんと揺れるのがわかるほど大きな重低音。スポットライトがまばゆく色を変えながらくるくる回って、場内に光を注いでいる。

 そこにいるのは、男ばかりだった。見渡す限りの、男、男、男……。

 隣で踊るトーヤが、何か言った気がする。視界の端で唇が動いたのを確かに捉えた。しかしその言葉は、場内の喧騒にたやすくかき消されてしまった。きっと何か意味のないことを呟いたのだろう。

 に立っていると、そういうことを無性に呟きたくなるときがある。誰の耳にも届かない、何の意味も与えられてない、存在する価値のない言葉を。

 ビートが激しくなって場内の興奮ときらめきが増してくる。俺はトーヤの腰を掴んで股間と股間を挑発的に擦り合わせる。すると、俺のズボンの腰のところに札がねじ込まれた。欲望に素直で大変よろしい。気分のあがった俺はステージに膝をつく。そして先ほど俺の腰に札をねじ込んだ、一番前にいる大柄な客の顎を掴んで、その腫れぼったい唇にキスをしてやった。客が、うっ、と幸福そうにうめく。そんな俺たちのキスを見た隣の客が、嬉しそうな顔をして俺の腰紐に札をねじこんだ。いい、いいぞ、――最高じゃないか。

 唇を離すとその間に唾液の橋がかかった。その透明な橋が照明に合わせてきらきら揺れて、やがて途切れた。

 俺はイベントやナイトで少し卑猥な格好をして踊る――そういう仕事をしている。GOGOボーイ、ってやつだ。いや、正確にはそれは副業になるのか? 本職は、二丁目のバーの店員……いわゆる、店子みせこだ。だけど気持ち的には、踊る方を本職だと思っている。なんというか、性に合っているというか、そちらの方が俺らしいというか。いや、がそこだって言うのが、一番合っているかな? スポットライトに照らされて場内に充満する興奮した男たちの臭気を嗅いでいると、最高にくらくらするのだ。その高揚感、その興奮は、一度味わってしまうと何物にも代え難い。

 客席の群衆の中の遠藤惑の姿が目に入った。俺は踊り汗を肌に滲ませながら考える。

 遠藤惑とどこで出会ったのかは、もう忘れてしまった。この業界で生きていると、毎日のように新しい人に会う。最近出会った人の場所やきっかけは、次に会うときの話のタネになるから覚えているものの、旧い知り合いの出会ったきっかけなどは、新しい人の洪水に洗い流されてしまう。

「珍しいよな、お前がああいうやつとつるんでるの」

 出番前の楽屋。GOGO仲間のトーヤが熊をイメージした衣装に着替えながら言った。丸いしっぽがどこか間抜けでキュートだ。こんな子供騙しな衣装で、と思わなくも無いが、これはこれで需要があるのだ。

「誰のこと?」

「さっき来てた、なんか出版関係の仕事の人」

「ああ、あいつか」俺の脳裏に惑の顔が浮かぶ。学生の頃に出会った気がするが、同じ大学ではなかったはずだしどういったきっかけだったろう。

「お前ってさ、なんていうかガチムチ以外にマジで興味ないじゃん。つるんでる相手もそういう人ばっかだし。ガチムチ以外ホモにあらず、って本当は思ってるだろ? でもあの人、全然そういうタイプじゃないし、太陽がああいう人と一緒にいるの変な感じ」

「変って」俺は笑いながら言う。「別に俺にもガチムチじゃない友達くらいいるよ」

「本当か?」トーヤはじとっとした目で俺を見る。俺はそうは言ったものの、具体的な人は惑以外には思い浮かばなかった。

 俺はなぜ惑と交流を続けているのだろう?

 その思考を始めたタイミングで、マモルと名乗るGOGOが煙草を吸うためか楽屋を出て行った。

「あいつさ、なんであんななのにGOGOなんてやってんだろうな」

 トーヤの言っている『あんななのに』の意味はすぐに分かった。マモルは確かに筋肉質で魅力的な体をしているが、端的に言って、顔があまりよろしくなかった。平均以下、と言っていいだろう。こういう仕事をしているにしては、珍しいタイプといえる。

「なんかやたらあいつに惚れ込んでる人がいるらしいよ。イベントのお偉いさんに」

 話にシュウゴが割り込んでくる。俺の肩に肘を乗せ、馴れ馴れしい態度で。だけど、シュウゴはどちらかと言うと(こちらの世界では)細い方で、水泳体型に近かった。俺はそれとなくシュウゴの肘を肩からどける。

「惚れ込んでるって、どういう意味さ」

「そりゃ、顔じゃなくて体だよ。夢中らしいぜ、あいつのあそこに」

 シュウゴは尻を指差しながら言う。

「枕営業じゃん、ウケる」

 トーヤが手を叩いて笑う。

 そんな会話を思い出していると、俺の視界の中に再び惑の姿が入り込んだ。惑の隣に立っている男を見て俺は笑う。惑は、この前のイベントにも男連れで現れた。その男も、今日の男も、いかにも惑のタイプど真ん中といった感じだったから。だけど、俺だっていつも同じようなタイプの男を連れ回っているのだから、人のことを笑うわけにもいかない。きっとノンケだって似たような女を渡り歩くものなのだろう。


 イベントが終わるともうほとんど朝みたいな時間だった。場内清掃を手伝い終えて外に出ると、空が白み始めていた。烏が道端のビニール袋を突ついている。朝の新宿二丁目は、始発の動き始めた駅に向かう人がぽつぽつと歩いていて、俺もその中の一人になろうとする。すると、すいません、と声を掛けられた。

「太陽さん……ですよね」

 出待ちだった。俺は振り返って視線を向ける。そいつは若かった。まだ酒の飲める年齢にもなっていないかもしれない。普通の人だったらすれ違うとき道を譲るだろう逞しい体をしていて、――そしてその張り詰めた胸の筋肉の中に、自信をたっぷり詰め込んでいることが顔の表情から分かる。詰まるところ、彼はとても若かった。

 男は言外にこう言っているようだった。

 太陽さん、俺とセックスしてくれますよね? っていうか、俺としたいでしょう?

 彼は白のTシャツに灰色のスウェットを身に纏っていた(――彼はこのイベントのドレスコードを守っていた)。俺はそんな男の手を、ゴツゴツと逞しいその手を握った。男は少し動揺したようだった。大丈夫、ここなら誰もそんなこと気にやしないさ。

 俺は男の手を引いた。男は不敵に笑い、俺についてくる。

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