第9話 求:蜘蛛の糸 side.柊
文化祭準備が始まった。ヒイラギお姉さんが属する高校、私立黎明高校は毎年、GWの次の週辺りに文化祭が開催される。準備はGW挟んで一週間半ぐらい、つまりクラスや部活によってはGWがなくなるところもあるということ。
そして、ヒイラギお姉さん属する郷土研究部は、それに当てはまっていた。
「ジオラマ終わんない……ナンデ、ナンデ……」
「運搬しようとした瞬間嫌な音して、そっから怖くて動かせてない。ヤバい」
「当日の当番割どーするんすか、まだなんも決まってないっすよ」
「誤字脱字を親の仇みてェに攻めてくる奴みんな死ね。黙れよ俺より良いレポート書けないくせに……」
「わ、わぁ……。軽率に極道のスケジュールだァ……」
製作途中のやぐらを胸に、床に転がってシクシクと泣く鴻崎さん。死んだ目で紙粘土をこねくり回し、遺跡に住む人々を錬成する朝倉さん。未だ白紙の当日シフト表片手に、物怖じせずに聞いてくる志摩。ブツブツと呪いの言葉を吐き、目の下に大きなクマを作った保科さん。そして他の部活と郷土研究部と、映画の撮影スケジュールを合わせてみて、ブラックここに極まれりな一日を過ごすことが確定した私、ヒイラギお姉さん。部室内は、ものの見事に地獄絵図だった。
「オイ柊、シフト、いつ入れる?ほかの部活もあんだろ、都合がつくの何時だ」
「最後の一、二時間なら……。最初はどうしてもダメ、写真部と映画がある」
「分かった、じゃあ最後に入れる。部長はいつ入れますか」
「昼。午前は発表が入る」
「だったら柊の前の二時間に入れます。いいすね」
「うん。……ホント助かる、ありがとな志摩」
気を抜いたら地面に埋まりそうな私たちに、ハキハキと声をかけシフトを組んでいく志摩。うるさいときは徹底的にうるさいけど、ちゃんと仕事はできるから志摩はすごい。今も二年の先輩方を宥めつつ、てきぱきとシフトを組んでいる。
「――――よし。とりあえず埋まったんで先生に渡してきます、あとで正式なの渡されると思うんで、それで。あと多分またお菓子渡されると思うんですけど何が良いですか」
「おにぎりせんべい」
「カントリーマアム」
「源氏パイと平家パイ」
「源平合戦さすな、ハッピーターン」
「了解です、プリッツ貰ってきます!!」
「裏切り者ーー!!」
「イスカリオテめーッ!!!!」
やがて、きれいに埋まったシフト表片手に、ユダのそしりを受けながら志摩は部室を出て行った。
沈黙が下りる部室。しばらくして鴻崎さんのすすり泣く声が響き、朝倉さんもそれに加わるようになる。そのうち、二人は「あー」とか「うー」とか「きゃっきゃ」とか喃語しか話さなくなって、加えて保科さんもぐずるようになってきたので。
「――――気分転換しましょう!!いったん作業中止、換気です換気ィッ!!」
大声で、換気を提案した。
全開の窓からはそよそよと心地よい風。ジオラマ制作用に敷いたレジャーシートの上に転がって、大きく深呼吸。
「いきかえりゅ…………」
「どうかしてたわ……」
「換気って大事」
「…………」
憑き物が落ちたように、皆すっきりした顔をしていた。
「どうかしてた。柊さん、提案してくれてありがとう。おかげで尊厳を守れました」
「さすがに先輩が赤ちゃん返りするのは厳しいので……。なんか手伝うことありますか、自分ある程度やることは終わってますよ」
現在やらなきゃいけない仕事は映画用の写真撮影のみ。これはちょくちょく進めているので、そこまで緊急性が高いわけじゃない。今頭抱えてるのも、趣味の一次創作の原稿が進んでいないだけだし、それはいつでもできるわけだし。手伝えるなら先輩の手伝いをした方が良い。
「うーーん、だとしたら土台の補強お願いしていいですか。こないだ動かしたらさ、『メリメリィッ!』って嫌な音したんだよね、怖くてですね……」
「ガムテープびったびたに張ってもいいなら任してください」
「お願いします!!」
ということでジオラマ補強係任命。ガムテープを渡され、補強してほしいところの確認を一緒に行う。目立った外傷はなかったけど、よく見ると絵具でふやけたところの接着が甘くなっていて、大きく動かそうもんなら裂けてしまいそうな状態だった。動かさなかった朝倉さんのナイス判断。
床に座りながらガムテープをちぎり、接着が弱まっているとこに張り付ける。時折テープの接着面同士がくっつく『ガムテープの逆襲』に遭ったりしたけど、無理やり元に戻して張っつけて。口は暇なので、徐々に作業に戻る朝倉サンや鴻崎サン、保科サンと話しながら補強を進めた。
「先輩聞いてくださいよ、今映画作ってんですけど監督がえらい無茶振りする人で。私そいつのせいで脚本やることになってたんですけど、こないだとうとう演出も撮影もやることになって。話によると私以外のスタッフもほとんどその監督に騙されるってかゴリ押しされる形で映画作りに参加したっぽくて、今度監督抜きの『被害者の会』設立しようかってとこまで話進んだんすけどどうしたらいい仕返しができると思います?今んところ夏の撮影のときに水鉄砲強襲テロやろうかなって打診があります」
「それでいいんじゃない?……アッ、顔潰した」
「紙粘土潰れやすいもんね。俺だったらロシアンルーレットとかやるかな、ほら、一個だけめちゃくちゃ酸っぱいお菓子入ってるやつとかあったじゃん?」
「うわ~~!!!!懐かしっ、駄菓子屋でよく買ってたやつ!俺それ遠足で持ってって友達と食べてたわ!!」
沖田へのテロから、小学校の遠足の話へ。会話内容はどんどんとずれていき、次第に話に熱が入る。途中、シフトを出し終えお菓子を持ち帰ってきた志摩も加わって、みんなで輪になりながら話に花を咲かした。
「小学校の遠足、学年ごとに行き先が違ってて毎年楽しみにしてたんすよね、特に小五の遠足が楽しくて、ちっちゃい山登ったんすよ」
「山?小六じゃなくて小五なん?」
「ほら、小六は一年の面倒見なくちゃいけなかったから、あんまり遠出できないじゃないすか。だから小五なんすよ」
「小五で山ってすげーな。ウチの学校も山だけど」
「高校でも遠足あるの驚いたし、しかも結構ガチで山登るって知って絶望した人が通ります。こちとら万年文化部の運動不足、四月の初めにヒーヒー言いながら山登りました」
「山登り、ウチが男子校だった名残で残ってんのな。女子が入ってからも山登るとは思ってなかった」
「部長最後の男子校世代ですもんね」
私たちが通ってる私立黎明高校は元男子校。近年の少子化を受け、去年共学化したばっか。つまり、保科さんたち二つ上の学年までが男子校世代なのだ。いや全く、女の子が入ってくれてウチも華やかになったよ、とパソコンに向き合いながら息を吐く保科さんは、どこか懐かしむような笑みを浮かべている。
「運動会、今年はもう少し優しくなってると良いんだけどな」
「去年は初めての年過ぎて加減が分からなかったっすもんね。女子がかなり疲れてる印象でした」
「待ってくださいそんなにハードなんですか、運動会の日も撮影あるんですけど」
「あー…………。ファイト!!」
「慰めにならない!!」
新たな事実発覚。運動会が相当キツイらしい。そりゃま、確かに運動部が盛んな学校なので、運動会もすごいボリュームになるだろうな、とは思ってたけど。女子を置いてけぼりにするレベルなんですか、それに撮影が加わる私の明日はどうなるんですか!?ぐしゃ、と使い切ったガムテープの芯を潰しつつ、心の中で絶望する。どうしよう、今のうちから体力つけた方が良いんだろうか。でもキツイのは嫌だし、うーん……。
「おススメの体力育成ってあります……?」
「そうだな、手っ取り早いのはランニングだけど。でも、専用の靴じゃないと負担がすごいし、関節にもくるんだよな」
「水泳が良いんじゃねーの、柊。あれなら涼しいし体の負担も少ねーよ」
「市民プールかぁ。鴻崎サンは何か良い案あります?」
「やぐらデギダァ゛!!!!」
「やぐらかあ」
完成したやぐらを天高く突き上げ、そのまま倒れこむ鴻崎さん。いつもの優しい声色はどこへやら、音割れしそうなぐらいの声で叫んだ彼は、幸せそうに涙を流している。そのやぐらを朝倉さんが受け取り、そっと土台に乗せ、軽く固定して。
「ジオラマ、完成ッ……!!」
「これで寝れる、悪夢から解放される……!」
製作期間一ヶ月の、吉野ヶ里遺跡全体ジオラマ完成。集落や水田、埋葬地まで再現したそれは、非常に高いクオリティを保っている。今後、移動とか固定で細かな調整はあるだろうけど、鴻崎さんと朝倉さんの大きな仕事は大体終わった。早速腕を組んで小躍りしている二人に拍手を送り、私も立ち上がる。
「土台の補強、言われたところはとりあえず終わりました。お疲れ様です」
「ありがとう柊さん、あとはジオラマの説明文書くだけだから、もし手伝ってほしいところあったらそのときに言うよ。手伝ってくれて本当にありがとう、ありがとう……ッ!!」
「柊さんお手伝いありがとう、体力育成ならテニスもおススメだよ!!俺が入ってるテニス部エンジョイ勢用とか初心者用のチームもあるから一緒に行かない!?」
「こ、鴻崎さんがこれ以上にないハイテンションだ……!!」
ガシ!!と強くつかまれた肩。ジオラマ完成で興奮したのか、今までにないハイテンションで鴻崎さんは話す。というか鴻崎さんってテニス部も入ってたんだ、体力つよつよお部活じゃありませんこと?一緒に行くって何、先輩とテニス行くんですの~?(お嬢様風)
「ね、今度!!今度一緒行こう、体操服持ってきてればできるから!!ね!!」
「アッ、っす~……」
「鴻崎、説明書きするぞ!!今日で終わらす、GWを取り返すんだ!!」
「分かった!!」
曖昧な返事をしている間に、ポイッと投げ出されて解放される。何だったんだ一体、というかこれ私鴻崎さんとテニス部行く流れになってないか?
「し、志摩ァ、一緒に見学行かん?」
「いいぜ、アイス奢りな」
「がめつい!!」
後日、見学について尋ねると、鴻崎さんはすっかり忘れていて、私はただ志摩にアイスを奢っただけの人になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます