第10話 駆け抜けて失踪 side.柊
「た~たかうものの~うたがきこえ~るか、こどうが、あのドラムとひび~きあ~えば…………」
「フランス革命起こりますもしかして。あと悠さん歌上手いね」
『動くんじゃねえ沖田ァ!!眉毛ズレるだろうが女になんねえぞ!!』
「玲夏せんぱ怖……。ここまで声聞こえんのウケんね」
「悠、セリフ合わしていい?最後に確認したい」
「いいよ~~ん。どこのシーンかね」
「お~~いニカァ!!フジが探してた、最終衣装チェックだとよ~~!!」
「うるせ~~フジが来いや!!……ごめん悠、後ででいい?」
「モチモチの木」
「ねえカメラワークここでいいの!?監督どこ行ったの確認したいんだけど!!」
「ア私が確認します少々お待ちをば」
「音響テストクリア、リハ撮ったらいつでもいけます!」
「すいません、最初の十分だけ撮影しますので、撮影したらすぐに終わりますので……」
「ガヤ入れて!!そろそろ行ける!!」
「すっごいわちゃわちゃしてる…………」
皆様ごきげんよう、ヒイラギお姉さんです。時間はあっという間に過ぎ去って文化祭一日目、最初の撮影場所、写真部の展示教室。GWは、結局終わらなかった郷土研究部のお手伝いと、撮影の前準備で全て潰れました。撮影の前準備でも色々トラブルがあって、カメラワークが決まらなかったり、音響機材の故障があったり。でも何とか乗り越えて今日、初撮影。今日のうちで取れるシーンは全て撮ってしまおうという目論見の下、準備が着々と進んでいます。
我らが監督、沖田氏は現在メイク中。よって撮影前の様々なチェックに支障が出ているので、さっきから監督代理のヒイラギお姉さんはあっちこっちで引っ張りダコ。演者の人と場面の確認をして、撮影の人と画角や撮影の順番を確認して、音響の人と最終確認をして、とメモ片手に現場をうろついていた。
ところで、監督代理、という言葉に反応したそこの君。実はヒイラギお姉さん、GW中に出世して副監督に任命されました、ヤッタア(絶望)!!ヒイラギお姉さんが担当しているのは脚本、演出、そして撮影の記録係。ひとりだけ明らかに役職が多いので、面倒になった沖田以下スタッフの方々が、私を副監督に任命した。もちろん全身全霊で抵抗し、いくつか人間としての尊厳も失ったけど、民主制には逆らえず、あえなく失敗。撮影の記録フォルダーには、『祝☆副監督』と書かれたタスキをかけられている、泣き顔のヒイラギお姉さんの写真が入っている。
「ヒイちゃんヒイちゃんそろそろ撮影始めたいんですが沖田はまだですか」
「ア、玲夏さんに聞かないと分からなくってですね」
「お待たせ!!メイク終わった、リハ行けます!!」
「遅いぞ沖田てめー!……お、女の子だ!?」
玲夏さんのメイクも終わり、慌てて教室に駆け込んでくる沖田。カツラを被り、メイクを施され、女子の制服に身を包んだ沖田は、どこからどう見ても女の子。私が想像した主役の片割れ、「橘 夜月」そのものだ。元々顔が良いからか、女装しても違和感がない。
「ごめん、遅くなった!ユッさんセリフ合わせ無しだけどいける!?」
「モチモチの木~。……あ、沖田、襟上がってる」
「ありがと」
バタバタとリハーサルの準備が行われる中、くふくふと笑い合う2人。どこからどう見ても、そこにいるのは「佐伯 理緒」と「橘 夜月」で、言いようのない喜びが沸いてくる。
「リハーサル始めよう!柊、任していいか」
「はぁ~い……」
沖田からカチンコを受け取り、今から撮るシーンの番号を貼る。最後にカメラの準備ができたのを確認して、メガホン片手に声を上げた。
「ではリハーサル、行きまーす!!よーい、ああくしょっ!!」
カチンッ!と鳴らして、リハーサル開始。途端に空気が変わり、そこは映画のワンシーン。沖田と悠さん中心に、場面はどんどん進んでいく。2人とも演技初心者と言っていたけど、そんなことを感じさせないぐらい役に入りきっていた。
佐伯 理緒が橘 夜月の手を取り、写真部の展示教室から連れ出す。顔を真っ赤にして橘に話しかける佐伯は、恋する少女そのもの。見てるこっちまで胸がどきどきして、その行く末を見守りたくなる。
つまり、完璧。
佐伯と橘は、廊下の人混みに紛れて姿を消す。背中を追っていたカメラが、とうとう見失って、ただ人混みを映すだけになったのを確認して。
「かぁぁっと!!沖田と悠さん呼び戻してきて!!」
カットをかけた。同時にワッ、と場が盛り上がり、皆口々に演技について話し出す。演技上手すぎ、だの沖田って女だったか、だの色んな感想が飛び交う中、先ほど撮影したシーンの確認を行って、次に音声の確認も行って、問題ナシ、と判断を下したので。
本番の撮影、開始である。
◇◆◇
「ひ、昼の撮影以上で終わり!!皆さん、おつかれさまでしたぁ!!次は夕方に集合です、それまで文化祭を楽しんでください!!」
撮影開始から三時間、お昼をちょっと過ぎてから撮影終了。途中、衣装替えやメイクのやり直し、何回かのリテイクを繰り返しつつもスムーズに撮影を終えることができた。夕方の撮影も含めたら、全体の十%を撮り終えることになる。これは非常に良い滑り出しだろう。
機材の片付けを爆速で終わらせ、夕方の撮影について軽く話し、解散。沖田達演者組は現在着替え中なので、あとでLINEで報告。急いで郷土研究部の展示教室に駆け込み、その流れで頭を下げる。
「シフト遅れました申し訳ありません誠にすみまsorry」
「お疲れ、柊さん。遅れてないよ、大丈夫」
「ウッス、お疲れ様です!シフト変わります」
教室には保科さんだけがいて、暇そうに椅子をプラプラさせながら外を眺めていた。話を聞くと、集客のピークは前半に来ていたらしく、後半はお客さんがほとんど来ていないそうな。恐らく明日の一般公開も同じような感じらしい。ま、郷土研究部なんてマイナー部活、来る方が物好きだからな、と保科さんは笑って、ため息をつく。
「柊さん、残りのシフトお願い。多分先生も来ると思うから、お菓子貰うと良いよ。もし何かあったらすぐに連絡して、俺じゃなくてもいいから」
「ハイ!!お疲れさまでしたーッ!!」
じゃあよろしくね、と廊下の奥に消えていく保科さんの背中を見送って、教室に戻った。しばらく人も来ないだろうし、どうせなら次の撮影シーンの確認でも、と台本を開いて、撮るシーンのイメージを固める。郷研の展示教室は、校舎の1番奥まったところにあるので、非常に静かだった。
「明日は回れるかな……」
私立黎明高校の文化祭は二日構成。一日目は生徒のみの文化祭、二日目は部外者も参加できる一般公開。そのあと、夜の十八時から生徒だけの後夜祭が始まる。文化祭が盛り上がるのはやっぱり二日目で、毎年三千人を超える人が訪ねてくるそう。ヒイラギお姉さんも学校見学で一度参加したことがあるけど、あまりに人が多すぎて辟易したことを覚えている。そういうわけで、今日のうちに文化祭の撮影を終わらしておきたかった。
撮影にはまあまあ場所を使う。場所によっては周囲の協力を仰ぐときもあるし、大人数で動くので邪魔になるのだ。そこに一般公開の物量をぶつけてみろ、撮影は進まないわ機材の損傷は起きるわ、様々なトラブルが予想できる。だから、まだ人が少ない一日目に全て撮り終えて、二日目は文化祭を楽しむ、という撮影計画になった。
今日残ってる撮影は夕方のシーン、撮影場所はここ、郷研の展示教室前の廊下。そのシーンさえ撮り終えたら、明日は一日フリーになる。もちろん、シフトとかはあるけど、出店(三年出店。一、二年は無し)を回る余裕は生まれるだろう。
「は~あっ、ンで三年だけ出店なんでしょおね」
「予算が大変になるからですよお」
「オギャッ、なんっ、……せ、先生!?」
「はいっ、先生ですよお。柊さん、お疲れ様です。差し入れにアイス買ってきましたよお、何味食べたいですかあ?」
「んと、でしたらミルク……」
椅子の上で伸びをしつつ、文句を言ってみると、背後から声をかけられる。ビックリして叫び声を上げると、その元凶、顧問の
「展示の方はどうですかあ。保科くんの発表、非常に良かったので、たくさんお客さん来てくれると思ったんですけどお」
「前半の方はかなり来てくれたらしいです。でも、後半はほとんど」
「そうなんですねえ。面白いんですけどねえ、郷土研究……」
先生とアイスを食べながらお話。特有の間延びした声と、ほんわかした笑顔に癒されて、なんとなくホッとする。
我らが顧問、国分先生は社会の先生。日本史、世界史、歴史総合を担当していて、その柔らかな口調と優しい笑顔が人気の先生だ。郷土研究に熱心で、今でも大学の講義を受けに行ったり、学会に出席したりしているそうな。郷研では、大会に出すレポートや研究のチェックを行ったり、実地調査(遠足)の引率を行ったり、お菓子を買ってくだすったりしている。今日も、差し入れと言ってたくさんのアイスとジュースを持ってきてくだすった。
「柊さん、この後の撮影、僕も見学していいですかあ。何かしらお手伝いはしますので」
「ア。勿論良いですよ。でも先生、職員会議とかあるんじゃないんですか、撮影するの文化祭終了後直ぐですよ」
「職員会議はないので、大丈夫ですよお。ちなみに、どんな内容を撮るんでしたっけ」
「ええと。説明するのが難しくて、…………ちょうど台本あるので、読みますか?」
「はい、是非」
さすがに先生相手に「青春ドロドロ激重執着百合ストーリーですアハハ!」とは言えない。でも他の言葉で代用しにくいし、イチから説明すると要領を得ない。ので、現物を読んでもらった方が早いだろう。そう思って、自分用の台本を手渡すと、先生は目を輝かせて受け取った。しばらくはフンフンと興奮していたけど、そのうち黙り込んで、集中モードになる。
「アイスもういっこ食べていいですか」
「いいですよお…………」
牛乳バーを食べ終わったので、もう一本もらう。黙って台本を読み込む先生の傍ら、アイスを食べ食べお客さんを待った。
結局、文化祭終了のアナウンスが入るまで、お客さんが来ることはなかったのだけれど。
『文化祭一日目終了です。生徒の皆さんは、速やかに片づけをし、終礼を――――』
「ヒイちゃ~ん来たぜ~。撮影の準備始めるべ~」
「アッ、はい!先生、まだ読んでていいんで。準備で出ます、撮影始めるときに呼びますね」
「うん…………」
さて始まった夕方の撮影。未だ台本を読み込んでいる国分先生に一言断って、郷研の展示教室前に集合している先輩たちに返事する。まだ人数はそろってないようで、今来ている人たちだけで機材の準備をしていた。私も手伝いに加わり、カメラのセットや画角の確認をしているうちに全員集合。衣装も整う頃には、良い感じに夕方になっていた。
「沖田、国分先生が見学したいって言ってたので。今から呼ぶから、それまでに準備とか終われる?」
「もちろん、任せろ。柊、色々ありがとなー」
「あいあい」
そろそろ撮影できそうなので、先生を呼びに教室に戻る。がら、とドアを開け、「先生」、と呼ぼうとして、
「…………な、泣いてる!」
「ひ、柊さあん、こっ、これ君がひとりで書いたんですかあ!?すごいです、ああ、ぜひ応援させてくださあい!」
「アッアッ、え、ど、どうも……?」
先生が泣いてるのを見つけてしまった。驚いて立ちすくんでいると、私に気付いた先生は頬を赤くしながら、涙をぬぐって話しかけてくる。理解が追いつかず、空返事で頷いているうちに呼びに来た理由を思い出して、慌てて大きな声を出した。
「先生ッ、今から撮影始まります、見学しますよね!撮影中はお静かにできますか!」
「はい、静かにします。今から撮るシーンはここの場面ですかあ?」
「ア、そうですね。あとここも撮ります。見学用の席作ったのでそこで見ていただくば。じゃあ行きましょう」
「はあい」
先生から台本を返してもらって、教室を出て、見学者用のパイプ椅子に座ってもらう。急遽見学者、しかも教師が現れたことに皆驚いていたけど、その教師が国分先生と分かった瞬間、明らかに安心したような空気になった。国分先生は、黎明(高校)の中でも一、二を争う激優教師なので。
「沖田も悠さんもいけるね、カメラも音響もオッケーだね。じゃあ本番、いきまーす!!」
再びメガホンを振りかざして、声を張り上げる。今回、カメラを校舎の外にも設置したので、そこにも届くように大きく。
「よーーい……、あぁくっ!!」
カチン!!とカチンコを鳴らして、撮影が始まった。
1時間後。
「――――ぁいかぁっと!映像確認します、休憩して待っててくださあい!」
夕方のシーンを全て撮り終え、映像・音声チェック。校舎の外のカメラも確認し、沖田と頷きあって。
「本日の撮影ッ、以上で終了となりまぁすッ!!お疲れ様でしたーッ!!」
『さましたぁっ!!』
文化祭、全ての撮影終了。号令に合わせて挨拶した後、皆すぐに片づけに取り掛かる。演者組は着替え、撮影組は機材の運搬とドタバタしていて、非常に慌ただしかった。
「国分先生、撮影終わりました。解散なので、あの、帰っても大丈夫です」
「柊さん、支援させてください」
「お……?」
頃合いを見計らって先生に声をかけると、突然低い声でそう返される。言っている意味が分からず、間抜けな返事をすると、今度ははっきりと言ってきた。
「柊さん。僕に、この映画を支援させてくれませんかあ。是非とも、君たちのお手伝いをしたいです。この映画の完成を見たくなりましたあ」
「えと、それは、ありがとうございます……?」
どういうことだろう。支援ってなんだ、お金出してくれるんだろうか。現状撮影の費用は全部沖田(お金持ち)が出してくれてるので、それだと結構ありがたいけど。でも、生徒が勝手にやってることに先生がお金を出すって、学校側としてどうなんだろうか。ちゃんと予算組まないといけなくなるわけだし、それとも、先生が個人的にお金を出してくれるってこと?それならすごい太っ腹だ。
「クラウドファンディング。やってみませんかあ」
「ウーン、分からない!沖田ァ、ちょっとこっち来て!」
ちょっとお金の話はヒイラギお姉さんの専門外なので、そこら辺の話は総責任者、つまり監督の沖田と話してもらうのが一番いいだろう。着替え中の沖田を呼びつけ、入れ替わりで手伝いの方に向かう。
その後、沖田と国分先生の間で話がまとまったそうで、映画の資金繰りにOB向けの支援を募ることになったそうな。色々システムの説明をされたが、よく分からなかったので適当にうなずいた。
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