第3話 少数精鋭郷土研究部 side.柊

 沖田からゴーサインが出たので、いざ、執筆である。そも文章を書くのは好きだし関係性を考えるのも大好きなヒイラギお姉さんだが、そういつも文章を書けるわけではない。自分の書きたいシーンが浮かんだとて、それが作中でどのような運びとなるのか、何故そのシーンになったのか整合性が取れないと、読む人が置いてけぼりにされてしまう。マつまりは一時のテンションで書き進めることができないのだ。創作意欲が著しく低くなるときもあるし、突然登場人物たちのことが分からなくなるときもある。

 それが今だ。

 「どうしよ先にエンディング書いたから出だしが分かんなくなった……」

 「うわ〜、あるあるじゃん」

 「今は何書いとんの、ヒイ」

 昼休み、文芸部部室。弁当を横にパソコンを開き頭を抱えていると、同クラ同部活の同志、沢渡サワタリ カイ月島ツキシマ 黑縁クロエが声をかけてきた。二人も二次創作するタイプのオタクで、時々一緒に集まって創作作業をしている。ちなみに高校からの仲である。

 「助けてクロえもん僕このままじゃ沖田氏に顔向けできないよ〜〜」

 「ヒイ太君そういうときは逆算して書けばいいんだよ(ダミ声)」

 「それが出来ないから、先生、俺死にたいんですよ」

 「ネットミームやめようね〜」

 文章を書いては消し書いては消しの繰り返し。あーだこーだ悩んでみても、やっぱり物語の書き初めが分からない。同じ文字書きの月島に逆算法を勧められたけど、私の場合それすら出来ないクソ雑魚文字書きなので本当に泣きたくなってきた。自己肯定感が下がる感じ。

 「今回はどんな話なん?沖田君からの依頼っしょ」

 「納期いつよ」

 「青春百合系映画の脚本、ハッピーともバッドともメリバとも言えない後味にしてる。納期は未定だけど、早めの方が良いんすよね~~」

 「ウワ、ヒイが好きそうな話!」

 「納期未定ってだいぶやばくね?あんた時間与えられたらめいっぱいダラけんじゃん、はよ書かんとになるやんけ」

 「だから始まりが思いつかなくて絶望してるんですね……」

 ウワアッ!!と泣きながら沢渡に縋りつく。沢渡は手慣れた様子で私の頭をなで出てくれて、一瞬「ママ……」と言ってしまいそうになった。

 いっそのこと何もかもブッチして放り投げてしまいたい。でも、その報復が怖くてメソメソ泣いているのだ、ヒイラギお姉さんは。もし沖田の依頼を無視した場合に何が起きるのやら、少なくとも心穏やかに学校に来れることはなくなるだろう。沖田は陽キャ代表イケイケ男子のTHE・象徴みたいな性格をしていて、なんでか多方面に顔が効くし、多分全校生徒がうっすら沖田のことを認識してるのカナ?と思えるぐらい色んな人に声をかけられている。コミュ力の高さたるや、すごいを通り越してもはや怖い。理解しきれない。そんな沖田の反感を買ってしまえば最期、きっと私は行く先々で後ろ指を指されてはヒソヒソコソコソ色々言われ、体育では誰も組んでくれなくなり孤立した学生生活を送ることになる。

 さみしがりの私には、そんなの耐え切れない。だから、どんなに話が思いつかなくてもやるしかないのだ。後はもう、紙切れみたいな文字書きのプライドである。

 沢渡の腹に顔をうずめ、ヴヴッ、と低くうめく。何も思いつかない状態だけど、とりあえず書くっきゃないのだ。せめて後五秒は甘えて、書き始めよう。

 「……書きます。しばらく発狂しますが赦してください」

 「オウオウ、良きにはからえ」

 「定期的にSAN値チェック入れるかな。そういや月島、あんたも原稿やばいって言ってなかったっけ?」

 「沢渡お前おまえッ!!なんでそう簡単に嫌なこと思い出させるんだやめろ!!」

 「ア、良かった私と一緒に執筆の泥船に乗ろうね……」

 ここにきて月島も締め切り(印刷所)がやばいことが発覚。同じ低みにいる人が見つかるだけで、一気に心が軽くなる。色々とふざけていた月島も月島で展開に詰まっていたようで、弁当を食べ終えた後、泣きながらパソコンを開き私と肩を並べた。一方絵描きの沢渡は我関せず、といった態度で私たちの惨状をニヤニヤしながら見つめ、時折ちょっかいをかけてくる。くそう、これだから絵描きは嫌なんだ。文字書きの苦労を面白がりやがって。

 しかし、結局、昼休みのチャイムが鳴るまでに大した案は思いつけなかったし、月島も月島で進まなかったそうで、据わった眼で「次の授業、内職するわ」と言っていた。次の授業は体育なのに。



◇◆◇



 放課後。今日は週一の部活があるので、一旦執筆は置いといて部活動参加。実はこのヒイラギお姉さん、文芸部、写真部、そして郷土研究部の三つの部活動を掛け持ちしているのだ。今日は郷土研究部である。

 郷土研究部は部員が少ないことで有名で、三学年合わせて五名ほど。しかも、私が部活動初めての女子部員だったそうで、体験入部に来た時ですら泣いて喜ばれた。

 「よっすお疲れさっす柊です」

 「柊さんお疲れ様、お菓子食べる?」

 「おにぎりせんべいあります?」

 「あるよぉ~」

 「やったいただきマウス!!」

 すでに部室に来ていた先輩――――鴻崎コウサキさんに挨拶し、机にたんまりと盛られたお菓子の中からおにぎりせんべいを取り出す。俺のもちょうだい、と手を出した鴻崎さんにもおにぎりせんべいを渡し、椅子に座ってバリバリと食べた。

 「鴻崎さん、自分映画の脚本書くことになったんですよ~」

 「なぁ~にィ!?やぁっちまったなァ!!」

 「女は黙って」

 「一仕事!!」

 「女は黙って」

 「一仕事!!」

 クール〇コごっこをして、それから一呼吸。ゴミを片付けて、水筒の水を一口飲む。そして、

 「……えっ、ガチなん!?柊さん脚本書けるの、すごいね!?」

 彼は口元に手を当てて、乙女みたいに驚いた。マジでこの人動作がいちいち可愛いんよな、ぶっちゃけ私よりも女子っぽい。めちゃくちゃ優しいし、できれば毎日会って癒されたい。

 「ありがとうございますゥ、今絶賛執筆地獄で死にたいです。あと、その執筆で協力仰ぐかもしれません」

 「いいよぉ、全然頼って!大事な後輩なんだからあいつらも絶対力貸してくれるよ!」

 「ハワ……、良い先輩……、しゅき……」

 きゃー!と頬に手を当てて興奮する彼に礼を言うと、またニコッ!と笑い返されて成仏しそうになる。ホンマこの人可愛いな。

 その後、どんなの書いてるの?とか、誰と作るの?とか、お菓子を食べながらキャッキャ話していると、部室のドアがバァンッ!!と開かれた。

 「ヘイ大将ッ!!ジオラマ制作はどうだいッ!?」

 「お菓子の追加もろたで工藤!!先生の奢りや!!」

 「あーっ!!鴻崎てめえまた柊さん独り占めしやがって!!」

 そこにいたのは、同じ郷土研究部の先輩と同期。ワイワイ騒ぎながら部室に入り、隣に座っていた鴻崎サンをどついたり、私が食べてるおにぎりせんべいを強奪しようとしたり、窓を開けたり。おにぎりせんべいは死守した。

 「てか柊さんと会うの久しぶりだね、いつもどこにいんの?」

 「へへん、俺は毎日会ってますよ。廊下で!!」

 「それ会ってるってよりすれ違ってんじゃん。学年が違うと全く会わないんだよな~」

 「やっとちゃんと話せる女子がいるのに、中々会えないのツラ……」

 「誘ったらお昼ごはんとか一緒食べますよ、私。もれなく友達ついてきますけど」

 三年の先輩で部長の保科ホシナさん、二年の鴻崎さんと朝倉アサクラさん、そして同期の志摩シマと私。これが、郷土研究部。活動日数は少ないけど、皆仲良しのアットホームな部活だ。

 また懲りずにおにぎりせんべいを奪おうとする志摩とつかみ合いをしていると、パン、と保科さんが手を叩く。

 「じゃ、いつもの報告していくぞ~。まずは僕から、レポートがまとまったので先生に提出中だ。査定次第コンテストに出せます。次、鴻崎」

 「俺はまだ、ジオラマ終わってないです。朝倉と共同で作っててもなかなか終わんないので手伝ってほしい」

 「まじでお願いします、今回はちょっと大変すぐる」

 定例報告会。基本的に郷土研究部は自主活動なので、部員全員で何かを作ることはせず、個人研究を各々コンテストや大会に提出する感じになっている。唯一部員が全員で何かするとしたら、文化祭か実地調査という名の遠足ぐらいだろう。

 鴻崎さんと朝倉さんは超精巧なジオラマやミニチュアを作ることで有名で、現在は夏にあるコンテスト用のジオラマ(モデル、吉野ヶ里遺跡)制作中だ。去年の三学期から作り始めて、まだ終わらない、とずっと二人は嘆いている。時々私も手伝っているけど、あまりに細かすぎて一時間で音を上げてしまった。

 やっぱり大変なんだ、マでも私しばらくお手伝いできないしな、応援係やろっかな。と報告の順を待ちながら考えていると、志摩が元気よく手を挙げる。

 「あ、じゃあ俺手伝います!!柊も一緒作ろうぜ」

 「アそのことで報告です。自分映画作ることになったので、しばらく先輩方のお手伝いできません。応援はできます。許してください」

 「う、裏切り者か、柊!?俺たちとの仲はその程度だったのかよ!」

 郷土研究部らしからぬ元気さとオーバーリアクションで噛みついてくる志摩は、まるで荒ぶるチワワだ。慌てて保科さんに助けを求めると、彼はしょうがないな、と言うように眉を下げた。

 「し~ま、柊さんと一緒にお手伝いできなくてさみしいのは分かるけど、八つ当たりしたら駄目だぞ~?ホラ、深呼吸して、柊さんにも事情があるはずなんだからさ。……そうなんだろ、柊さん?」

 「うす」

 じゃあ俺たちにも説明してくれる?と私を押し出し、保科さんは促す。チラ、と志摩を見て、もう志摩が襲い掛かってこないのを確認して、映画を作ることになった原因というか自業自得というか根源を説明した。二次創作の下りは省略した。


 そして、全てを説明し終えて、一分後。

 「――――柊、脚本書けんの!?」

 「うるさいうるさい圧がすごい」

 納得した顔の先輩方三名と、また詰め寄ってきた志摩がそこにいた。

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