第2話 会議は踊って最高にハイ side.柊

 五限六限の授業を終え、掃除を済ませて放課後。再び机を向かい合わせにして、今度はノートを広げた。

 「一応さっきの授業中考えた案は三つ。よくある男女の恋愛物語か、部活動成長物語か、あとは変わり種のやつ。正直変わり種は相当人を選ぶ内容だからおススメしない」

 「俺も考えてみたんだけど……、うん、やっぱり柊が考えたやつがいいかも!柊が決めてくれ!」

 「やめろやめろ、責任を押し付けるな。これはちゃんと沖田が決めろ、私の案からでも良いから」

 「じゃあ、…………この、変わり種」

 広げたノートの一番端、なるべく目立たないように書いた案。一応と思って書いたけど、その実、あまり選ばれてほしくなかった案だ。なんでかって、ヒイラギお姉さんの性癖に忠実に従った話だから。万人受けはしない、本当に変わり種。

 「これ、どんな話なんだ?」

 「青春ドロドロ執着系百合ラブストーリー。女の子同士の恋愛っすね」

 「へー、女の子同士の恋愛ってって言うんだ。知らなかったな」

 「ヴ」

 コイツ百合すら知らないとかどんな陽キャだよ。真性の陽キャだよ(真理)。それで、内容は?といやにキラキラした目で続きを促してくる沖田から目をそらし、ぺら、と次のページをめくる。さっきの授業中、三つの案それぞれの簡単なあらすじを書いたほうがいいよね、と思い先生にバレないように内職していたのだ。それぞれの登場人物の名前、特徴、作中テーマ、あと山場のセリフとシーン。イメージしやすいように、既存の曲だけどイメソンも書き出した。ざっと千文字×三つ。

 「これ読んだら大体のイメージはできると思う。気になるところあったら何でも言ってください」

 「分かった」

 「他のもちゃんと読んで、それで決めてね。何も見ずに変わり種はやめてね。マジでしっかり考えて決めてね、脚本書くのは私だけど映画作るのは沖田なんだからほんとに責任重大な役なんだよ脚本がカスだったら映画コケるし沖田が納得いかなかったら禍根残っちゃうからねそんなことになったらほんとにイヤだよ基本ヒイラギお姉さんは小心者なんだからオタクに優しくしてください。お願いします」

 「柊の自認ヒイラギお姉さんなんだ、おもしろ」

 「ア。死にます」

 「死ななくていーから」

 ジッとあらすじ達を読む沖田。よく見るとコイツ、めちゃ髪がさらさらしてる。さらさらしすぎて耳に髪がかかってないみたいだし、結構邪魔くさそう。さらさら髪にもさらさら髪なりの苦労があるんだろうな、私は剛毛なので無縁の悩みなんですけどね!チクショウ!羨ましすぎる!コイツ絶対寝癖ついたことないだろ!

 そうやってあらすじ達が読まれている間沖田の髪質に嫉妬していると、急にパッと顔が上がった。そしてバチ!と目がしっかり合って、沖田はにんまり笑う。私はというと、急に目が合ったことで叫びそうになるのを必死に抑えていた。急に目を合わせようとしないでください。オタクは死にます。

 「柊、やっぱりこの変わり種をりたい!面白いぜこれ、絶対楽しいから!」

 「オオ、ええ……?」

 「俺、この先輩役演りたい!な、な、頼む、この案で書いてくれ!」

 「ほ、本気で言ってるザウルスか……!?」

 待て待て待て。ちょっと沖田を勘違いしてたかもしれない。コイツ真性の陽キャだけどただの陽キャとは違う、ギャンブラー気質のある陽キャだ。だってクラスメイトに普通映画の脚本頼むか?しかもオタクの妄想丸出しの案を選ぶか?素人に脚本全部任すなんてどんな泥船に乗り込もうとしてるんだろうか。訳が分からなくて変な語尾になってしまった。

 「どんな脚本がきても文句は言わない。ここまでしっかり案を考えてくれて感謝してるし、これを読んで、やっぱり柊が書いた脚本を読みたくなった」

 沖田はジッ、と私を見つめ、ハッキリと言い切る。本当に思い切りが良いというか、ギャンブラー気質なんだなというか。……マア、ここまで言われてるなら、私も覚悟を決めないと無作法というものだろう。

 腹を括ろう。ヒイラギお姉さんだってやるときはやる。

 「分かった。書きます。この案でいかせていただきます。だから、沖田からもちゃんとやりたいことを教えてほしい。そしたら、沖田の撮りたいものに近付けられるから」

 「――――ッ!ぁありがとうッ!!」

 ガシ、と手を掴まれた。そのまま、あふれ出るパッションに従って抱きしめられた。あまりに突然すぎて一瞬息が詰まった。普通に身長差二十センチ弱あるので、身体が地面から浮いていた。やばい。陽キャ怖い。なんか段々抱きしめる力強くなってるし、節々がミシミシ言い出してる。

 「ギブギブギブ痛い痛い浮いてるから!オイ!沖田止まれ下ろせ!!」

 「ありがとう、ありがとう……ッ!!柊、俺絶対成功させるから!!」

 「あああああほんとに痛い」

 この後、なんやかんや無事(?)にヒイラギお姉さんは解放されました。




 場所は変わってマイスウィートホーム、柊家。開いたノートを前に、私は頭を悩ませていた。

 「うーーん、どうすっぺかなぁ……」

 そう、執筆についてだ。

 実はヒイラギお姉さん、二次創作もするが一次創作もしている。なので、小説の書き方はある程度心得ている、はずだ。ウン、多分大丈夫、最近読んでくれる人増えてるし。ただ、映画の脚本を書くのはこれが初めてで、何をどう書けばいいのか、イロハすら分かっていない。そもそも、一時間の映画って何文字ぐらいなんだろうか。流石に十万文字とかじゃないよな、もしそうならヤクザ過ぎる。いくら修羅の国福岡とて一般市民はヤクザじゃないぞ。というか十万文字って単行本一冊ぐらいだし。

 「……とりあえず見てみるか」

 百聞は一見に如かず。まずは短編映画にどんなものがあるのか調べてみよう。もしかしたら見てるうちにインスピレーションが沸くかもしれない。

 すぐにスマホで短編映画を調べ、良さそうなのを視聴してみる。アニメ映画もあって非常に心惹かれたけど、今回作るのは実写の映画なのでなるべく我慢。息抜き程度に見ないとずっとアニメばっか見ちゃうから。そもそも映画はほとんどアニメ関連しか見ないし。ウン。ね。ウン、ウン、…………。

 「…………ハッ!?」

 ひ、ひとつ先に言っておくッ!私は今、やつ(アニメ映画)の力ほんのちょっぴりだが体験した。イ、イヤ、体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……。あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!

 「私はアニメ映画を見まいと思ったら、いつのまにかアニメ映画を見ていた」

 な、何を言っているのかわからねーと思うが、私も何をされたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。おススメ欄だとか、自動再生だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 「やっちまったあ……」

 私はいつもこうだ。自分の欲に忠実すぎるから誘惑に弱い。誘惑に弱いから、固い意志を持って心を燃やして僕たちは燃え盛る旅の途中で出会い苦楽を共にし愛を誓うぐらいの精神を持たないとすぐに楽な方へ、自分のやりたい方へ進んでしまうのだ。見ろこの履歴欄を、全てアニメの短編映画だぞ?自分の弱さにほとほと愛想が尽きてしまう。嘘、ヒイラギお姉さんは自分が大好きです。保身最高!!

 それはそれとして、本当にどうしよう。大体の文字数は分かったけど全然ストーリーが思いつかない。真っ白なままのノートを前に頭を抱える。そもそも何でこんな面倒くさい案を思いついたんだっけ。

 「人物相関図から書くか……」

 創作するオタクはみな総じて関係性オタクだ(注、個人の意見です)。つまり、この作品内に出てくる人物たちの関係性を作っていけば作品の理解度が高まり執筆できるのでは?現時点で人物は2人しか出てないが、その周辺を掘り下げていけば様々な関係性を作り出せるし。

 希望が見えてきた。すぐにシャーペンを取り、ノートに人物の名前を書き込んでいく。ついでにイメソンの曲をループで再生し、作品の解像度を上げていく。

 「きたきたきたきたァ!!」

 分かる、分かるぞ、この子達(登場人物)が何を考えているのか分かるッ!行動原理も心情も、己の信念でさえなッ!感情の行く末憧れの醜態、人であるが故の醜さ歪さ不完全さッ!ああ分かる、何でも分かる、最高にハイってやつだァァ!!溢れ出るパトスとエロスとタナトスに従ってペンを動かし、人物の心層を書き出していく。気付けばノートは何ページも埋まってて、手は黒鉛で真っ黒になっていた。正直このまま執筆に進みたいけど、今書くとなると絶対に徹夜になるのでやめておく。ハイになった自分を押しとどめ、なだめすかしてノートを閉じ、大人しく風呂に入って寝た。正直ベッドに入って数十分は創作意欲に満ち溢れすぎて寝れなかったけど、全部無視して目を閉じた。自制は大事、とても大事。

 よいこのみんなはこんなオタクになっちゃだめだからね!!


 そして次の日。書き上げた人物相関図を沖田に提出し、今は確認待ちの時間だ。

 「……うん、だいたい分かった。柊、このまま書いてくれ」

 「本当に良いんだな?書き直しとか絶対許さないからな?」

 「おう。このまま頼む!絶対に文句はつけない、お願いします!」

 パン!と手を合わせて頼まれる。これに頷けば、もう後には引けない。でも、やるって決めたから。

 「分かった。沖田の映画、書き上げるよ」

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