第二章∶十節 再びサルナプ村

翌日、三人は目を覚ますとザウリとマシリは村々への伝達へ向かった。

バラカは支度を整え上エジプトの駐屯地建設場に出かけていった。


駐屯地へ着くとセヘテプが指揮をとっていた。

バラカはセヘテプに近づき声をかける。


「セヘテプ、少し時間あるか?」


セヘテプは薄笑いを浮かべ同意した。

二人は湿地帯へ向かい牛を眺めていたが、バラカは話始めた。


「いつ上エジプトへ戻る?」


「後四、五日したら一旦戻る。」


「次はいつヌエベに来る?」


「まだ決めてはおらん。族長会議の結果次第かもな。何かあるのか?」


「あぁ、実は七十日後、ヘリアカル・ライジングの時にここで大競技会を計画している。」


「大競技会?どういう事だ?」


「槍投げ、弓、投石紐をナブタプラヤ全土から有能な人間を集めて競う。」


「何の為に?」


「更なる狩りの技術向上の為だ。」


暫くセヘテプは考えたがやがて言った。


「それは、中々面白い試みだ。で…私に何をしろと?」


ニヤリと笑いバラカに視線を移す。


「是非その大競技会を見に来て欲しい。どれ程ナブタプラヤの民が優れた狩人かと言うことが分かるはずだ。」


「ほう、上エジプトの戦士よりも優れていると言いたいのか?」


「その通りだ。俺達は常日頃、狩りによって鍛え上げられている。いくら上エジプト兵の数が多くとも戦闘能力に秀でるナブタプラヤは簡単には落とせない。」


セヘテプはまた湿地の牛へ目をやった。

バラカは続ける。


「もし、上エジプト側がそんなナブタプラヤの戦士に興味があるなら皆で見に来ると良い。」


セヘテプは牛を眺めながら言った。


「それは面白い。お前は私に口利きをしろと言いたいのだな?」


バラカは牛を指して言う。


「ナブタプラヤの牛は優れている。この牛から雄牛、雌牛を十五頭あなたに進呈しよう。」


セヘテプは笑った。


「良かろう。して、その詳細は?」


「一ヶ月後、全て話そう。それまでマルカムやアルムからナブタプラヤの星を読む技術、信仰について話を聞くと良い。星を読む技術は上エジプトにおいて必ず為になる。」


「星を…読む…」


セヘテプは呟く。


「あぁ、我らは星と共にある。その技術において他では類を見ない高度なものだ。そして我らの信仰や思想もそこに根ざしている。それはあなたにとってもきっと新しい視点をもたらす筈だ。」


セヘテプは深く頷いた。


「俺は今からサルナプへ帰り、一ヶ月後またここへ戻ってくる。またその時再会しよう。」


「分かった。」


二人は再会を約束し、湿地を後にした。


アルムの家に戻るとバラカはアルムに言った。


「セヘテプに俺が連れてきた牛を十五頭渡す事になった。黒曜石はヌエベへの贈り物だ。俺は今からサルナプへ戻るが、セヘテプに星を読む技術やナブタプラヤの文化を教えてやってくれないか。」


「分かった。次は一ヶ月後に来るんだな?」


「あぁ、それまで大競技会で必要な物を手分けして作っておいて欲しい。」


「的や弓、槍、投石紐だな?他に必要なものはあるのか?」


「そうだな、まだ分からんが、上エジプトの高官や有力者もくる可能性がある。会場を決め、それなりの設えが必要だ。ナブタプラヤの威光を示す場だ。我らは独自の文化と知恵を持つ国だと知らしめる。」


「そうだな。我らは上エジプトに学ぶだけの者ではない。我らの技術も、誇りも、伝えねばならん。」


アルムは深く頷きながら言った。

バラカは続ける。


「大競技会はただの力の誇示ではない。我らが築き上げた歴史を見せる場でもあるのだ。」


アルムは少し間をあけ、向き直った。


「バラカ、俺はお前に感謝している。きちんと伝えなくてはと思ってな。」


バラカは何も言わず微笑んだ。


「さて、俺はサルナプへ戻る。」



サルナプ村───


長老とサファル、呪術師、サクタラの預言者と呪術師が炉の前で話をしていると、そこへバラカが戻ってきた。


「おぉ!バラカ!早かったな。その顔は良い知らせか?」


「ああ、とりあえず事は上手く運んでいる。」


バラカは事の経緯を五人に話をした。


「…そこまで砂漠化の影響が差し迫った物じゃったとは…」


長老はうつむき目を閉じた。

サファルが口を開く。


「しかし、上エジプトとの交流がそういった展開になるとは思いもせんことじゃ…流石バラカ、この先のナブタプラヤの行く末を切り開くとは見上げたものじゃ。」


「その通りじゃ。アカシアの儀礼によってもたらされたビジョンを見事に変換しおった。あのビジョンにおいて一番の懸念すべき事は砂漠化の事じゃった。これであのビジョンの解釈は進んだのう。」


サクタラの預言者がそう話し出すとバラカはビジョンについて問うた。


「わしの見たビジョンは燃え盛る星がナブタプラヤの天空より幾つも落ちてくるビジョンじゃった…雄牛は鳴き叫び、雌牛の腹は裂かれそこから赤い川が流れておった。これはナブタプラヤが滅亡の危機に瀕する事を示しておる。雌牛の腹から流れ出る赤い川とは、放牧が出来ぬようになり、変わりに紅花栽培へ変換する事を表しておるのじゃろう。」


サファルが続ける。


「わしの見たビジョンも砂漠化に関する物と確定したのう。もはやナブタプラヤの衰退は避けられぬようじゃ…」


そう話をしているとバラカが戻った事を聞いたカカセオがやってきた。カカセオはバラカに目をやり、合図すると炉の前に座る。


長いため息をついたあとに長老ほ腕を組みながら口を開いた。


「これらの事を総合的に判断すると、砂漠化の進む中で、上エジプトへの道を切り開きナブタプラヤの民の行く道を確保する決断に至ったというわけじゃな。」


カカセオは驚き、すぐさま反応する。


「なんだと!?上エジプトに併合するというのか!バラカ!どういう事だ!」


長老は憤るカカセオをなだめる。


「待て、カカセオ。よく考えるのじゃ。この先、急速な砂漠化の影響は避けられぬ。あのビジョンによって降りた啓示は砂漠化の事じゃった。」


「…砂漠化がそこまで差し迫った脅威なのか…?」


バラカは静かな眼差しで唖然とするカカセオの目を見た。

カカセオはその眼差しから全てを察知し、愕然となった。


「そんな…」


長老は続ける。


「そうなったら、ナブタプラヤにはもう住めぬ。わしもマルカムが長老から聞いた昔話を幼い頃に聞いた覚えがある。わしらの祖先は一度この土地から離れた。その試練が再びやって来てしまったのじゃ。今、バラカが行っている事は未来を切り開く事じゃ。このたった二、三日の内にその道を作ったと言うのは驚くべき神業としか言いようがない。」


カカセオは黙り込みただ話に耳を傾ける。

サクタラの預言者は言う。


「これからナブタプラヤの民が行う事は上エジプトとの関係を深めるという事じゃな。問題は如何に我らの立場を保つかというところじゃ。」


バラカは言う。


「そこで、この大競技会が必要になる。これが成功すれば上エジプトは我らの力と必要性を認識するだろう。紅花交易と大競技会によって我らの存在感を示す事が出来る。ヌエベにおける農業革命は上エジプトにとって不可欠な物となる事は間違い無い。無論、併合するのかしないのかはナブタプラヤの民の自由だ。何れにせよ、これらを遂行していく事で上エジプトの脅威は遠ざかる事に疑う余地はない。」


サファルは深く頷く。


「これで、どうやらナブタプラヤの運目は二つに分かれたようじゃ。のう?カカセオ。お前の行く末は考えがついたのか?」


カカセオは炎に目を落としたまま言った。


「あまりの展開の速さに正直な所、混乱している。まだ少し考える時間が必要だ。」


サルナプの呪術的であり、バラカの父であるナスールはカカセオに言う。彼は海を目指すナブタプラヤの民のビジョンを観た一人だ。


「まだ、考えがまとまらないのは仕方のない事だ。お前に課せられた宿命は簡単なものでは無い。この先の流れがお前を導くまでよく考えれば良い。」


バラカは興味深そうにカカセオを見る。

するとサクタラの呪術師が口を開いた。


「カカセオは、海を渡りヒナレを目指す宿命を背負ったのだ。」


「ヒナレ?あの伝説の太陽に近い場所か?」


「そうだ。我らのビジョンとカカセオのビジョンを解釈するとそういう事になる。」


バラカは顎をさすりながら言った。


「そいつは凄い。カカセオ、お前はやはり星に導かれている。」

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