第15話 そして始まるスクールライフ③
エントランスでアレキサンダーとバロンと別れた後、魔法研究室に向かったイアンの視界に、白いボール状のモフモフがいくつも飛び込んできた。廊下の学生がワーワーキャーキャーと声をあげて散っていく。
「エヴァン⁉」
「あははっ、イアン、助けて~!ちょっとこの子たち捕まえてくれる~⁇」
エヴァンがモフモフの後ろから、楽しそうに笑いながら顔をのぞかせた。
「この子たち…⁇」
よく見るともふもふの中に小さな丸い目と口がついている。
ふわふわと飛び回り、壁にぶつかるとポンッと分裂して増えていく。
ポンポンとはじけて増える大量のモフモフたち。
あっという間に廊下が埋めつくされ、エヴァンの姿さえも見えなくなってしまった。
「捕まえるってどうすればいいの?」
モフモフの後ろにいるであろうエヴァンに向かって叫ぶ。
「いったん魔石に吸い込んで・・・んぐっ…ぼくの…っうお・・・あぁぁぁ・・・」
エヴァンの声がむなしくモフモフに飲み込まれていく。
――はぁ。
イアンは魔方陣を空に描くと短いチャンツを唱えた。
モフモフの動きが一瞬止まり、イアンめがけて一斉に飛んでくる。
魔方陣を通過すると同時に綿菓子のように消えていくモフモフたち。
「はぁ――――助かったーーーー‼ありがとーーーー‼」
両手を広げてエヴァンが飛びついてくる。
「もうっ!あれは何?なんでこんなことになったの?」
「いやぁ~それがさぁ・・・」
言いかけて、はっと何かを思い出したように目を見開き固まった。
「おーい、エヴァン。そろそろ片付いたかい?」
研究室のドアがおもむろに開かれると同時に、聞きなれた声がした。
「えっ?えっ?どうして?なんでここにいるの⁇」
現れたのは、まぎれもなくイアンの父、バラク・ステップフィールド王宮魔導士長だ。
――これか!エヴァンが朝に伝えたかったのは!
「イーアーンー、かわいい息子よ。」
ステップフィールドはそういってイアンを抱きしめると、頬に無精ひげをすりすりと擦りつけた。
王宮お抱えの魔導士、しかも魔導士局のトップの訪問とあって、研究室にはすでに多くの学生だけでなく教授陣も集まっていたが、今やその全員が廊下の二人を驚いた表情で見つめている。
「父さん、ちょっと・・・もう、やめてよ、痛い…恥ずかしいよ。」
――あぁ、僕の平穏な学園生活が・・・。
一部の貴族を除いて自分の身元を知る者はいないだろうと思い、地味に目立たず授業に参加する気でいたイアンの計画は、入学して僅か2日で崩れ去った。
学生たちの注目を一斉に集めることになり、イアンはうなだれた。
「はいはい、みなさん。席に戻ってー。」
魔導士長はイアンを腕に閉じ込めたまま、顔だけを捻って全員にそう伝えると、イアンの耳元に口を寄せ、「父さん、早まっちゃった感じ?」と、こっそり聞いてくる。
「うん。ちょっとね。」
「ごめん。イアンが学校でどうしているか、つい気になっちゃって・・・。」
「いいよ、別に。どうせいつかはバレるだろうとは思っていたから。」
父親のすまなそうな表情に、責める気は起きなかった。
むしろこれで良かったのかも、と思い始めていた。
予測できなかったわけではない。平民のエヴァンの能力を見出し、奨学金を与え学院に通えるようにしたのはイアンの父だ。イアンとエヴァンが同じ授業を取ると知って、じっとしていられるわけがない。ましてやこれだけ多くの学生と教授が集まっているのだ。魔導士長訪問の知らせは昨日のうちに伝えられていたのかもしれない。
ただ最近のイアンはアレキサンダーのことで頭がいっぱいで、かなり注意が散漫になっていた。
「それで、結局さっきのモフモフは何だったんですか?」
「ああ、それね。説明するからまずは教室に入ろうか。うん?」
促されて部屋に入ると、全員が一斉にイアンを見た。
「ごきげんよう。驚かしてしまってごめんなさい。イアン・ステップフィールドです。」
恥ずかしさでほんのり頬を染め、はにかんだ笑顔で挨拶をするイアンの愛くるしさが、全員の胸をぎゅんっと貫く。
「天使・・・」
どこからかつぶやきが漏れ、女生徒たちの母性をくすぐりまくったイアンのキラースマイルは、男子生徒数人の恋愛対象を一瞬で180度ひっくり返した。
ステップフィールド魔導士長の特別授業が始まると、普段は目にすることのない魔法の数々を目の当たりにした学生たちは、キラキラとを瞳を輝かせた。
また、覚悟を決めて父のアシスタントを務めたイアンは、その能力の高さを存分に見せつけることとなった。
「じゃあ後でな、イアン。殿下によろしく伝えてくれるか?」
授業が終わるとイアンの頭に軽くキスをし、学生たちに向けて完璧なウィンクの残像だけを残して魔導士長は
姿を消した。
おぉー、と学生たちから感嘆のため息が上がる。
――アレクに話したらきっと驚くよね。モフモフたちも見せてあげたいな。
アレキサンダーの笑った顔を想像すると胸がきゅんと音を立て、居てもたってもいられなくなったイアンは、「エヴァン、ほら、早く!食堂に急ぐよ。」と言ってエヴァンの腕を引っ張った。
――アレク、アレク、アレク。
その響きだけで胸がいっぱいになる。もたもたと荷物を片付けるエヴァンを急かしながら、イアンは逸る気持ちを抑えきれないでいた。
「待って待って!あれ持って行かなきゃ。殿下の~~イケボで~~褒められる~ボク~~♪」
調子っぱずれに歌うエヴァンが、魔道具で膨れ上がったリュックをよーいっしょ!と勢いよく背負った。
「「準備完了!」」
2人は顔を見合わせて同時に叫ぶと食堂へと走り出した。
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