第14話 そして始まるスクールライフ②

アレキサンダーは幼少期から自然が大好きだった。

 別邸の大きなリンゴの木の下に一人静かに座り、図鑑を眺め、庭を探索しサンプルを集めたりスケッチをして1日を過ごすような子供だった。リスやウサギ、シカといった森からの訪問者が時折顔を出し、妖精たちが自由気ままに飛び回った。

 第三王子ではあるが、継承権は母親である第二皇妃のサニアが早々に放棄していたため、周りもただただ平和に温かく見守っていた。10年前、奇しくもイアンとアレキサンダーを結びつけることとなったあの凄惨な事件が起きるまでは。

 あの日以降、イアンに守られる側から、肩を並べ共に戦える強さを身につけようと、自己研鑽を重ねたアレキサンダーだったが、自然への興味と探求は絶えることはなかった。


 イアンが言いださなければ学院に通うこともなかったため、初日のオリエンテーションで行われた授業の説明はイアンの髪をいじりながら右から左へと聞き流していた。

 イアンが魔法学を選択するのはわかっていた。

 ――じゃあ俺は?

 イアンのそばを離れたくはないが、邪魔はしたくない。イアンを愛するが故の葛藤があった。

 イアンがいない時間のさみしさは剣術や馬術、弓術で気を紛らわすしかない。

 そう思っていたアレキサンダーだったが、唯一興味をひかれた授業があった。

 生命機能科学。

 人間、動物、魔物、を含むあらゆる生物と植物が織りなす自然現象を探求する学問。アレキサンダーの最も得意とするジャンルだ。


 王宮ではいわゆる帝王学や、歴史、語学や剣術やマナー等は徹底的に教え込まれる。それらどれも王族の一員として重要なものではあったが、アレキサンダーの欲を満たすものではなかった。知識の飢えを感じると、王宮の書庫館から生物学の本を数冊持ち出し、魔法管理塔に赴いた。大人の魔導士に混ざって魔法の研究に勤しむイアンの傍らで、静かに学術書を読む。アレキサンダーにとって至高の時間だった。


 ************


「殿下~、俺寝ててもいいっすか~?」

 バロンが授業開始後5分も経たずに眼をしばたかせあくびをした。

「勝手にしろ。」

 アレキサンダーは熱心に教授の話に耳を傾け、ノートを取っている。


 ミルドレッド教授、42歳。

 伯爵家の長男に生まれながら、弟に家督を譲り研究の道を進んだ変わり者だ。。

 大きな筋肉質の体は剛健な剣闘士のようだが、もじゃもじゃの茶色の髪と眉毛に優しい笑顔は人懐っこい熊を思わせる。身振り手振りを加えて、実に熱心に話をする。実体験に基づくトリビアは冒険物語のようで、学生たちはあっという間に魅了されていく。

 生物や植物だけでなく、精霊や妖精との関係性も語られ、アレキサンダーは実に充実した時間を過ごすことができた。授業が終わるとアレキサンダーは真っ先に教授の元へと向かい、いかに興味深い授業だったかを伝えた。

 ――真面目かよ。

 時おり舟をこぎながら授業に参加していたバロンが、心の中で突っ込みを入れる。


「悪い、待たせた。」

「ずいぶん熱心だったな。クマさんに一目ぼれか?」

「バカなことを。急ぐぞ、イアンが待ってる。」

 バロンの無遠慮な軽口に眉をしかめてアレキサンダーが歩き出した。

 教授の話に魅了されながら、アレキサンダーはイアンと遊んだ森を思い出していた。

 自然と口角が上がる。

 ――イアン、今すぐお前に会いたい。


「あ、あの・・・アレキサンダー殿下。」

 教室を出ると、一人の学生が遠慮がちに声をかけてきた。

 胸の前で両手を握り頬をピンクに染めた令嬢がアレキサンダーに一歩近づく。

 綺麗に巻かれた栗色の髪がふんわりと揺れた。


「おっ、エカテリーナ嬢じゃねぇか。」

「ごきげんよう、バロン様。」

 制服のスカートをつまみ優雅に挨拶をする。

「エカテリーナ?フィッツの双子の妹か?」

「はい!覚えていらっしゃいましたか!」

 アレキサンダーの言葉にパァッと顔が輝き、見つめるまなざしに熱がこもった。

「あの、わたくしも殿下と同じ授業を・・・」

「あぁ、すまないが急いでいるんだ。バロン、先に行くぞ。」

 アレキサンダーはうわべだけの笑顔をエカテリーナに向け話を遮ると、さっさとその場を離れた。

 遠ざかるアレキサンダーの背中を見つめながら彼女はキュッと唇を結んだ。


「あ~あ。つれないねぇ・・・。」

 バロンが横目で彼女を見ながらつぶやいた。

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