第16話 そして始まるスクールライフ④

――イアン、腹空かせて待ってるだろうな。

 心配して速足で食堂に着くが、イアンの姿が見当たらない。

 ――変な連中に捕まってなきゃいいけど。

 入り口近くのテーブルに席に腰を下ろすとあたりを見まわした。待つ時間がやけに長く感じる。

 不安が押し寄せ、心臓の音がどくどくと響くのを感じると、どっと汗が流れ始めた。

 ――授業が長引いているだけかもしれない・・・迎えに行こうか・・・いや、入れ違いになったら困る…魔法で辿るか・・・子ども扱いするなって怒るかな…もう少し待つか…。

 テーブルに片肘をつき、無意識に親指の爪を噛みながらぐるぐると思考を巡らせる。


 ――やはり迎えに行こう。過保護と思われようと構わない。


 アレキサンダーが席を立とうと視線をあげると、目の前が綿菓子のようなもので真っ白に覆われ、甘い香りに包まれた。

 ――なっ⁇

 驚いて体を後ろにそらすと、雲のようにつかみどころのないそれと、目が合った。

 モフモフしたそれがおもむろに口を開く。


 ――んんんっ?顔?生きてる?

 目を丸くして固まるアレキサンダー。


「サプラーイズ」

 その口から小さくささやくように聞こえてきたのは愛しいイアンの声だ。

 瞬間、ポムっと音を立てて白いモフモフが姿を消すと、目の前に満面の笑みを浮かべたイアンが現れた。

 ――くそっ、やられた!


「びっくりした?」

 ちょこんと首をかしげてアレキサンダーをのぞき込み、可愛らしい声でイアンが言う。

「あぁ、心臓が止まるかと思った。」

 そういってアレキサンダーはイアンの顔を両掌で挟むと、軽くつまんで引っ張った。

「にゃはは・・ごめんにゃしゃい・・・」

 頬をつままれたままイアンが謝るが、楽しんでいるのが一目瞭然だ。


 ――ああもう、可愛すぎるだろ。俺を殺す気か?

 自然とアレキサンダーの頬が緩み、蕩けたような笑みをイアンに向ける。

「で?なんなんだ、さっきのモフモフしたやつは。」

「かわいいでしょ。正体はエヴァンに聞いて。」


「どうも~。」とエヴァンがイアンの背後からひょっこり顔を出した。

「やっぱりお前か。」

 呆れたような、諦めたような声でアレキサンダーが言うと、エヴァンは、「いや~、イアンがどうしても殿下を喜ばせたいっていうんで、ね?」とイアンに視線を向ける。

「うん、だってアレクいつも僕に言ってるじゃん。小さくて可愛くて丸くてふわっとした綿菓子みたいに甘い香りのするものが食べたい、って。」


 ――あぁ、イアン、イアン、イアン。お前のことだよ、それ全部。


 2人のやり取りを聞いていた周り全ての学生も、――いやそれ絶対にイアンのことだろ。と心の中で突っ込みを入れた。


 食事をのせたトレイを持ってテーブルへと戻ってくると、エヴァンの向かい側に2人でぴったりと寄り添って座った。

 昨日の2人の『あ~ん』を目撃し、あわよくばもう一度拝みたいとひそかに願う学生たちが、できるだけ近くのテーブルへすーっと移動し、耳をそばだててちらちらと様子をうかがっている。


 エヴァンは食事に全集中を始めた。家で食べる食事よりも学食のほうが豪華だからと、次々に食べ物を口に放り込んでいく。気持ちのいい食べっぷりにイアンとアレキサンダーに笑顔がこぼれる。


「そうそう、もうさ、ほんとに大変だったんだよ、モフモフは大量発生するし、父さんは来ちゃうし・・・」

 イアンが食事をしながら話を始めた。

「えっ?イアンの父さん、来てたのか?」

「うん。 みんなに僕が魔導士長の息子だってバレちゃうし。 もう・・・目立ちたくなんてないのにさ、困っちゃうよね・・・。 あっ、これ美味しい!ほら、アレクも食べてみて。」

 そういってスプーンをアレキサンダーの口元に運ぶ。


 ――『あ~ん』、いただきましたーーー‼ 

 心で叫び声をあげながら、小さくガッツポーズをする学生たち。


 差し出されたスプーンをパクリと無意識にくわえた瞬間、アレキサンダーは昨夜のノーマンの軽口を思い出した。

 ――やばっ・・・。 いやもう、この可愛さに逆らうなんて無理だろ。 あぁ、もう誰に見られようと構わない。 むしろここにいる全員に見せつけてやれ。

 突如開き直ったアレキサンダーが、「イアン、これも美味いよ。食べてみな。」と、スープをすくいイアンの口元に運ぶ。

 イアンの小さな口元からスープがほんの少し滴る。アレキサンダーはそれを人差し指で掬い取ると、そのまま自分の口へ持っていきぺろっと舐めた。


 ―――はぁぁ、尊い・・・。ありがとうございます、殿下!

 胸の前で両手を合わせ涙を流して天を仰ぐ学生たち・・・。


「イチャイチャしてんじゃねぇよ、部屋に戻ってやれ。バカップルが!」

 遅れてやってきたバロンがあきれ顔で突っ込んだ。


「羨ましいのか?やらんぞ、イアンは俺のものだからな。」

 完全に吹っ切れたアレキサンダーが、デレデレの笑顔をバロンに向けて言い返す。

「うっざ。ノーマンに報告すっぞ。」

「勝手にしろ。むしろ報告してくれ。」

 押し返されるのを覚悟でイアンの肩を抱きよせたが、イアンは硬直したまま動かない。

「イアン?」

 心配になってアレキサンダーが顔をのぞき込むと、イアンは慌てて顔を両手で覆った。


「俺のって言った・・・イチャイチャって・・・バカップルって・・・」

 顔から首元までを真っ赤に染めて小さな声でつぶやいているイアンを見た瞬間に、アレキサンダーの全身の血が沸騰し、見る見るうちにその顔を真っ赤に染めると、こちらも乙女のように両手で顔を覆った。

 ――えっ、嘘だろ、イアンめっちゃ照れてる?っていうか、これ俺、喜んじゃっていいやつ?

 いつもと違うイアンの反応に戸惑うアレキサンダー。

 

「なんかいいっすねぇ~、春っすね~。」

 パンを頬張りながらエヴァンが言い、空いている手でテーブルに小さな魔方陣を描いた。

 そこから先ほどの白いもふもふが1匹現れると大きく膨らみ、いくつもの小さなピンク色のハート形へと姿を変え、イアンとアレキサンダーの頭の周りをクルクルと2周ほどしてふわっと消えた。


 ――やっと一歩前進か?こりゃ午後の授業どころじゃなさそうだ。

「まっ、続きはあとでゆっくりやってくれや。馬車をまわしてくる。」

 そういってバロンは席を立った。

「ごちそうさまでしたぁ、色々と。殿下~、次は絶対お言葉録らせてくださいね~。」

 空になったお皿をトレイいっぱいに載せ、エヴァンも立ち上がった。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、余韻に浸りたい学生たちも後ろ髪をひかれながら席を立つ。未だ顔を手で覆ったままの2人だけが食堂に残された。

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