第13話 そして始まるスクールライフ①

「おーーい、イーアーンー!」


 後ろから呼びかける声が大きく響いた。

 イアンが振り向くと、大きなリュックを背負った少年が、手を大きく振りながら駆けてくる。


「なぁなぁ、聞いたーーー?」

 待ちきれないといった様子で少し手前からしゃべり出した少年は、イアンの目の前まで走ってくると、隣に立つアレキサンダーに気付き、「うあおぉっっと!」と声をあげ急ブレーキをかけて止まった。

 反動でやわらかそうな薄茶色の髪がふわっと踊る。

「おはようございます、殿下。ご機嫌麗しゅう存じます?・・・で、合ってる・・・?」

 平民出身の彼は王族を前にどう挨拶をすればいいのかわからず、とりあえず何となく丁寧な言葉を並べてみたものの、不安そうにイアンに目をやり助けを求める。


「あはは、エヴァン。おはよう。」

「あぁ、構わない。君がエヴァンか。イアンから聞いたよ、魔法科にとんでもなく優秀な学生がいるってな。」

 アレキサンダーもイアンに続いて声をかける。


 ――こいつが、エヴァンね。昨日やたらとイアンの話に出てきた要注意人物・・・。

 牽制するようにイアンの肩を抱き引き寄せるがエヴァンには効果がない、というより意味がなかった。


「そんなぁ~。殿下に褒めていただけるなんて・・・僕、調子に乗っちゃいますぅ。」

 エヴァンは真っ赤になってぎゅっと目を閉じると、両手を前にのばしフルフルと振り、おしりを後ろに突き出した姿勢でエビのように後すざった。


 ――待て待て、なんだこの奇妙な生き物は・・・。

 予想を裏切るエヴァンの言動に唖然とするアレキサンダー。

 その様子がおかしくて、イアンは楽しそうに笑った。


「あーーーーーっ‼‼もう、バカ!殿下のお言葉、録音しておけばよかったーーーー‼町のみんなに自慢できたのに―――‼」

 今度は大声で叫びながら頭を抱えてしゃがみ込み、背中のリュックを降ろしたかと思うと中身を全て地面にぶちまけた。次から次から大小の奇妙な魔道具が現れる。

「もー、なんでこういう時に限って持ってこなかったんだよ…」

 ぶつぶつと呟いてがっくりと肩を落とすと、今度はのそのそと地面にぶちまけた魔道具の数々を一つ一つ涙目でリュックに戻していく。


「ねぇエヴァン、落ち着いて。アレクがびっくりしてるから。」


 アレキサンダーは危険物から守るようにイアンを腕の中にすっぽりと抱きしめ、エヴァンを凝視したまま固まっていた。


「なにか僕に言いかけたんじゃなかったの?」

 イアンが聞くと、リュックを「よーっこらせっ!」と声に出して背負いなおしたエヴァンが目をぱちくりさせて首をひねった。

「うん? んーーーーーー???」

 どうやら言いたいことを忘れてしまったようだ。


「ん-、まっ、そういうことで。」

 何が〝そういうこと″なのかはわからないが、ポンっとひとつ手を叩くと、へへへっと誤魔化すように笑った。


「やばっ!朝イチで教授に呼ばれてるんだった!またな、イアン。 殿下も、お会いできて光栄です・・・でした? よかったらお昼ご一緒しましょ~。あっ、できればその時にさっきのお褒めの言葉、もう一度お願いします!」

 そういってぺこりと頭を下げると、リュックを揺らしながら校舎に向かって走り出した。


「なんなんだ、あれは・・・・。」

 イアンを腕に収めたままアレキサンダーがようやく口を開いた。

「ねー、面白いでしょ。でも昨日のクラスで見た限り、少なくとも魔道具作りに関しては、この学院で彼の右に出る者はいないと思うよ。」

 イアンはそういってくすくす笑った。

「お前が言うならそうなんだろう。ただ・・・」

「落ち着きがない?」

「いや、それ以前の問題だろ。」

「魔法科なんて変わり者の集まりだよ。エヴァンはあれでも変人度合いは中級レベル。」

 何故だか得意げなイアンの物言いに、アレキサンダーは「なんだそれっ!」と、笑いながら突っ込みを入れた。


「さっ、俺たちも行くか。」

 腕からイアンを解放すると隣に並んで歩きだした。

 イアンが横顔を見上げるとアレキサンダーの口角は上がったままだ。


 ――笑っているアレクが好きだ•••


 陽の光に透ける銀糸の長い髪、宝石のように輝くブルーサファイアの瞳、すうっと通った鼻筋。シャープな顎のラインもピンと伸びた背筋も、なにもかもがイアンの目をくぎ付けにする。

 恋心を自覚してからは尚更かっこよく見える。

 優雅に歩く姿は王族の気品が漂い、周囲の学生の羨望のまなざしを集める。

 湧き上がる独占欲―――イアンはアレキサンダーの腕に自分の腕を絡ませた。


 ――いいよね、これくらい・・・。


 アレキサンダーの首筋がすっと赤く染まる。

 普段の2人のスキンシップに比べればなんてことない行為だ。

 だが、大抵のスキンシップはアレキサンダーからのもので、イアンが積極的にアレキサンダーの体を触ることはあまりない。そのためイアンからの不意打ちのアプローチに全身の血がぶわっと沸き立った。


「よお、お二人さん。朝から目立ってんな―。」

 馬を置き、先に校舎へと向かったバロンがエントランスの柱にもたれて待っていた。


「アレクとバロンは前半同じ授業だっけ?」

「あぁ、生命機能科学ってやつ?よくわかんねぇけど、一応アレクの護衛だから仕方ねぇ。」

「別にお前の護衛なんて必要ない。興味ないなら外でも走っとけ。」

 アレキサンダーは楽しみにしていた授業をバカにされた気がしてバロンに噛みつく。

「イアンは魔法研究?」 

 アレキサンダーの言葉を無視してバロンが尋ねる。

「うん、だからお昼ごはんにまた集合だね。あっ、僕の友達も誘っていいかな。きっとバロンも気に入ると思うよ。」

「へぇー、そいつは楽しみだ。」

「アレク、授業の内容、後で僕にも教えてくれる?」

 イアンがアレキサンダーの袖をちょいちょいと引っ張ってそういうと、不機嫌な表情がふっと和らいだ。

「あぁ、脳筋バカはほっとけばいい。」

「お言葉が過ぎますよー、殿下―。」


「はいはい、おしまい。僕もう先に行くよー」

 いつものように小競り合いを始める2人を置いてイアンは教室に向かった。

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