第11話【祈り】

 礼拝堂、神へと祈りをささげる神聖な地。

 夫の前では気丈に振るまってはいるものの、結ばれた両手は固く握りしめられており、彼女もまた心中おだやかでないことは容易に察せられた。


使者「失礼ですが、イオカステ様であれますでしょうか?」

イ「ええ、そうです、あなたは・・」

使者「失礼、申し遅れました。わたくし、コリントスより使者の任をあずかった者

   です。火急の件ゆえ、急ぎ参ったしだい。礼を欠いたことお許しいただきた

   い」

イ「よいでしょう、あなたの非礼をゆるしましょう。して用件とはなんでしょう

  か?」

使者「はい、直截に申し上げます。コリントス王が亡くなられました。つきましては

   テーバイの王であられるオイディプス様に次期コリントスの王に即位してい

   ただきたく」


 本来、一国の主が死去したことは悲しむべきなのだが、このときのイオカステは喜びをもってオイディプスのところへかけよっていった。二人して歓喜の声をあげる。


オ「なんという僥倖、やはり神は、私をお見すてになど、なっておられなかったの

  だ」

オ「だがまだ安心できない。予言はまだ残っている。母上が生きている以上、私はコ

  リントスに帰るわけにはいかない」


憑き物がとれたかのように二人ははしゃいでいる。だが、


使者「恐れながら王よ、なぜコリントスにおいでになることが叶わないので?」

オ「ああ、そうであったな。私はある啓示を受けたのだ。父を殺し、母と交わると

  いうな。父上が死んだということだが、母上が存命な以上、私はコリントスに

  出向くわけにはいかないのだ」

使者「さようでありましたか。ならばその懸案、今ここで取り払って差し上げましょ

   う」

オ「どういうことだ?」


 意気揚々と使者は語りだす。今、運命が交差する。


使者「オイディプス王よ、あなたはコリントス王の実のこどもではありません」

使者「その昔、先代のライオス王が生きておられたころになります。わたくしはライ

   オス王の家来より、ある赤子を託されたのです。赤子の足には金具が挿さって

   おり、くるぶしを貫通しておりました。わたくしはそれを取りのぞき、国王夫

   妻に献上したのです。国王夫妻には子がいなかったものですから、お二人はそ

   の赤子を実の子としてお育てになりました」

使者「それこそがあなた様です、オイディプス王よ。「腫れた足」、を意味するあなた

   様のお名前は足首を繋ぐ金具をとった後、その痕が腫れ上がっていたことが由

   来なのです」

オ「赤子を家来から受け取ったといったな、それは誰だ?」

使者「ライオス王の家来の羊飼いでございます」

オ「おい、この者がいっている羊飼いとはいったい誰のことであるか?」


オイディプスは長老連中にたずねる。


長老「その者こそ、今呼び出している、くだんの羊番のことではないでしょうか」

長老「それでしたら、イオカステ様がよくご存じなのでは?」

イ「知りません、私は何も知りません。この話はもう終わりにしましょう」

オ「何を言っているのだ、イオカステよ、答えるのだ。この者の申すことは本当なの

  か?」

イ「・・・

オ「答えよ、そなたは赤子を家来に渡したのか。この者のいう羊飼いとは今探してい

  る羊番のことなのか」

イ「お前は知らなくていい、知る必要のないことです。お願いですからこれ以上わた

  しを苦しめないで。わたしはもう耐えられません」


 イオカステの顔は蒼白で血の気が失せており、今にも倒れそうだ。


オ「そなたが私の出自を気にしているのなら、それこそ必要のないことだ。仮に私が

  三代続く奴隷の家系であってもそなたには関係のないことだ。そなたの名誉は傷

  つかない。そうであろう」

イ「お願いだからもうやめて」

オ「そうはいかない。私は何としても出自を、我が出生の秘密をしらなければならな

  い」

オ「おい、誰か、羊番を早く連れてこい。今すぐにだ」

イ「かわいそうなひと」


 そういうと、イオカステは宮殿の方へとかけていった。羊番がテーバイに着いたのはそのすぐあとのことであった。


 髪の毛をかきむしりながらイオカステは寝室にむかう。かつてはライオスとともにいた場所。倒れ込んだそのさきで、彼女は、今はなき夫の名をさけぶのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る