第10話【簒奪】

 クレオン来たる。クレオンがつくやいなや、オイディプスは思いつく限りの罵詈雑言を彼にあびせる。


オ「クレオン、貴様の薄汚いたくらみは露見したぞ。貴様のその罪はすぐに白日のも

  とにさらされることになる」

ク「王よ、何をおっしゃっておいでなのですか」

オ「白を切るな、この裏切り者が。貴様があの腐れ預言者テイレシアスと結んで、

  ライオス王殺しの犯人を私に仕立て上げようとしたことわかっている。この恥知

  らずの不忠者めが、そんなに王になりたいか、そうまでして私を破滅させたいの

  か」

オ「貴様の考えはわかっている。ずっと前から機会をうかがっていたのだろうが。あ

  あそうだ、そうに違いない。貴様がライオス王を殺したのだ。貴様は王になり

  たかった。だから子供のいないライオス王を殺したのだ。そうすれば王妃の弟

  であるお前に王の座が転がり込んでくる」

オ「だがそうはいかなかった。私だ、この私がスフィンクスの謎をといたのだ。そ

  れでお前の計画はとん挫した。怪物の謎をとけるものなどいないと思ったのだろ

  う。あたまの悪いお前の考えそうなことだ。今回の計画といい、あまりにもず

  さんだな。本当にバカが考えることは笑えてしょうがない」

オ「怪物退治の英雄、知恵者、偉大な王。この私の才能に嫉妬したんだろう、そう

  なんなだろう、この俗物が。ほんとうに、ほんっとうに嫌になる、優れた者は

  いつだってねたまれる。何も持っていないお前たちはただ私に従ってさえいれ

  ばいいものを」

オ「前々からお前のことは気に食わないとおもっていたんだ、お前がイオカステの身

  内だからよくしてやっていたものを。この恩知らずが。」

オ「くくく、ああそうか、そうだったのか、わかった、わかったぞ。今すべてがつな

  がった」

オ「貴様が本当にほしいのはイオカステだな、そのために玉座をほっしたのだな。

  醜い劣情をこともあろうに実の姉に向けるとは。まるで獣だな。イオカステが 

  しったらどう思うだろうな。実の弟が姉弟の交わりを望む獣だったとしったら。

  貴様はその醜い劣情で夜ごと自分を慰めていたんだろう。そしてそれも我慢でき

  ず獣のごとく浅はかな考えで私を追い落とそうとした。あの時貴様が被っていた

  月桂冠は、己が前途を祝したものだったんだな。そうなんだろう、いいやそう

  に決まっている」


 暴言を並び立てるオイディプス。クレオンには、目の前にいるオイディプスが、人の姿をした人ではない、何かおぞましいもののようにおもえた。

 長い沈黙ののち、クレオンは口を開く。口調はまるで子をあやしつけるよう。


ク「王よ、あなたのおっしゃっていることが私には理解できません」

オ「まだいうか、獣同然の貴様なんぞに崇高なこの私の考えが理解でき

  ぬのは当然だ」

ク「お聞きください、王よ。今現在、私はこの国で王であるあなた様、王妃である

  姉と同等の権力を有しているのです。わざわざ王になり、責任が増えるようなこ

  とをしても、私には何の得もございません。それになにより、スフィンクスの謎

  を解いた者に国王の位を与える、これを立案したのは私です。


  私が国王になりたいのなら、その時点でなっているはずです。何も謎をといた者

  に国を渡す必要などないのですから。あなた様が一番よくご存じのはず。姉上の 

  ことだってそうです。姉上との結婚を長老たちに無理をいって承諾させたのは、

  だれでもない私です。王よ、あなた様ならよくご存じでしょう」

オ「黙れ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれーーー

  もうよい、お前の意見などききたくもない。誰かこの者をクレオンをとらえ

  よ。」

イ「二人とも、なにをしているのです」


 そこにあらわれたのは事態を聞きつけたイオカステであった。クレオンには退出してもらい、イオカステは興奮状態のオイディプスをなだめる。

 それでもなかなか収まらないオイディプスにイオカステは語りきかせる。


イ「預言者のことばなど真に受ける必要はありません。その昔、先代のライオス王

  が生きていたころ、わたしはある予言を受けました。これがアポロン神より授

  かった神託とはいいません。デルフォイの神殿に使える巫女より伝え聞いた話

  です。いわくライオスとの間に授かった子供にライオスは殺されるであろうと」

イ「ですが予言がかなうことはありませんでした。ライオスは三筋の道が交わると

  ころで盗賊どもの手にかかって命を落としました。生まれた子供は羊番にまか

  せ、金具で足を留め、遠くの山の奥深くに捨てさせたのです。その子供がライ

  オスを殺すことなどあるでしょうか。預言者のかたることなどその程度のものな

  のですから、あなたが気にすることは何もありません」


 雷が突きさすような衝撃が背筋を走る。


オ「王が命を落とした、三本の道が交わるところとはどこのことだ」

イ「その土地はたしか・・・ポキス、そうポキスです」

オ「王はひとりだったのか」

イ「いえ、護衛が三人いたと聞いております」

オ「誰に聞いたのだ」

イ「羊番です。三人いた護衛の一人でその者だけが盗賊どもの襲撃から逃れテーバイ

  まで帰ってきたのです」

オ「盗賊ども、犯人は複数だったとその者はいったのだな」

イ「はい」

オ「その者は今どこにいる」

イ「ここより少し離れたところです。あなたが王に即位するとすぐ、私のところにき

  て、この国を離れることを許すようしつこくたのむものですから」

オ「わかった、今すぐその羊番とやらをここに連れてくるのだ」

イ「何をそんなにあわてていらっしゃ

  るのですか」


 ずっと心に秘め、誰にも打ち明けられなかった苦悩をオイディプスはついに吐きだした。


オ「私はコリントスで生まれた。私の父はコリントスの王で母はその妃だった。私

  以外に子どもがいなかったこともあったのだろう。両親は私に愛情に注いでく

  れた。ある日宴の場で、お前は国王の実の子供ではないと、そういわれたん

  だ。 


  気になった私は両親に尋ねた。両親は、お前は実の子供だと、そういった。だ 

  が私はその言葉を信じることができなかった。私を実の子供ではないと、そう

  いった男の目はうそを言っているようには見えなかった。それに噂そのものは

  ずっとあったんだ。コリントス王の子は異国の地からもらいうけたのだと」


オ「私は確かめることにした。デルフォイの神託を受けたんだ。そこで言われたこ

  とは今でもよく覚えている。お前は実の父を殺し、実の母と交わり、子をもうけ

  るだろう。私は怖くなった。コリントスにはもうもどれない。故郷をうしない、

  恐ろしい予言が頭から離れない。私は自暴自棄になっていた。そんなとき、三叉

  路ですれ違った集団を私は殺してしまったのだ。」

オ「今思えばどうしてあんなことをしてしまったのか。だがもし、すべては仕組まれ

  ていたのだとしたら。はじめからそうなることが運命により決定されていたの

  だとしたら」

オ「私は・・私は王を、ライオス王を殺してしまったかもしれない」


 イオカステの顔をオイディプスは見ることができなかった。はじめて己の過去を語ったオイディプス、その手は震えている。オイディプスの手に温かい温もりがつたわっていく。


イ「お前の殺した者がライオスだと決まったわけではありません。それにさっきも

  言ったようにアポロン神が告げたことが絶対におこるかどうかなど、人の理解の

  及ぶところではないでしょう。」

イ「でもわかりました。お前が望むのなら、わたしはそれに従いましょう。例の羊

  番は人をやってすぐにでも、テーバイへ呼び寄せます。ですが、その羊飼いが前

  とちがうことを言ったとしても気にする必要はないのですよ」


 混乱していたのだろう。オイディプスはイオカステの口調の変化に気づかなかった。

 イオカステが語った内容が「神殿の巫女から伝え聞いた話」から「アポロン神のお告げ」、に変わっていたことにも。これらの変化にイオカステ自身、気付いていない。


地獄の門が口を開ける。真実が近づいている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る