第20話

57


幸い、まだ道路は渋滞していなかった。

私は家の玄関のドアをそーっと開けると、

足音を忍ばせて

自分の部屋に入った。


両親には友だちと遊びに行くので遅くなると言ってある。


巾着袋からワンカップを取り出した。

(うふふ、思いがけず、いいものが手に入った。)


それから机の引き出しを開ける。

梱包用のロープと業務用の大きなカッターナイフ、あとは両親と理沙に宛てた遺書。


それらを全部机の上に並べると、

まず、ロープで部屋のドアが開かないようにくくりつけた。


次に、ワンカップを開けた。

(血行が良くなるから、早く死ねるわ。)


思い切ってグイッと飲んで、むせ込んだ。

まずい、まずい

何これ、よくこんなもの飲めるわね。


まあいいわ、血の巡りさえ良くなればいいんだから、


それからベッドに座ると、大型カッターナイフを取り出して深呼吸した。


「よし!」


「おい、嘘つき女!」

背後で声がして、右手をグッと掴まれた。


「えっ、河野くん?」

振り向くと、今まで見たこともない顔で怒っている彼がいた。



58


「何やってんだよ、

こんな事して俺が喜ぶとでも思ってるのか?」


「河野くんを神様相手の嘘つきにする訳にいかないから、

だから私も“今”死ぬのよ!

そしたら一緒に天国に行けるでしょう?」


「くだらねー

絶対何か企んでると思った。

笑い方が、病院での最後と同じだったからな。

だから、後を追いかけてきたんだ。


こんな事されたって俺絶対おまえと一緒になんか行かないからな!」


「じゃあ生き返ってよ!」


「何言ってんだ、

分かってくれたんだろ!

あ、こいつ酒まで飲んで、

この酔っ払い。」


涙が溢れてきた。


「あんたが悪いのよ、死んじゃうから

私、退院してからすぐにあなたの家に行ったのよ、

嫌われてるかも知れないけど、

嘘ついた事だけは謝ろうって。」


「そしたら、仏壇の中で変な金髪の写真だけになってるじゃない、

それから、あなたのお母さんと2人でずっと泣いてたのよ、

この親不孝者!」


「確かにその通りだけど

謝ろうと会いに行っても、俺のことは見えなかったから、」


「その時お母さんから聞いたの、

私が黙って転院しちゃったから、

無理やり会いに行ったせいで事故に遭ったんでしょう?


何で恨まないのよ、

それをオバケになっても、ずっと待ってたなんて、信じられない!」


「俺一瞬も恨んだ事なんてないし、

それより杏奈ちゃんと一緒にいたかったから」


「じゃあ、何で最後の願いが花火大会なの?

普通そこは、生き返らせてくれとか、時間を戻してくれでしょう?」


「そ、それは、指切りした時杏奈ちゃんが凄く嬉しそうだったからー」


「うわーっ、バカバカ!」



59


ハアハアと息をして

杏奈は暫く俯いていた顔を上げた。


「ふふふ、いい事思いついた。」

「あ、杏奈ちゃん、酔いがまわった?

目が座ってる。」


「いいから、こっちに手を出しなさい。

早く!」


杏奈は荷造り用のロープで河野の手首とベッドの柵を結び付けた。

「杏奈ちゃん、これ何のプレイ?」


「あなたがタヌキの看板にしがみついてたように

こうしてベッドに縛りつけて粘っていれば、

また神様が降りてきてくれるかも知れないじゃない。


今度こそお願いするの、生き返らせてくれるように。」


「今更生き返ったら、俺ゾンビじゃん。」

「最悪、私はそれでも構わないから!」

「でも他の人には迷惑だぞ。」


「あ、身体浮いてきた。」


うわあーと言って杏奈は河野の上に馬乗りになった。

「ダメだからね、こうして押さえ付けているから。」


「杏奈ちゃん、浴衣でこの体勢はまずい、

R指定になってる。」

「うるさい!

パンツ履いてるわよ!」


「こんな時に不謹慎だけど

俺コーフンしちゃうから。」

「我慢しなさい、神様が来るまで!」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る