第21話
60
「あ、やっぱり無理みたいだ。
ほらロープから手が抜けた、もう半分消えてる。」
「きゃーっ!」
杏奈は悲鳴をあげると、消えかかった俺の腕を掴もうとして、空を掴んでバランスを失い、俺の上に倒れ込んだ。
彼女はうつ伏せのまま動かなくなり
俺の胸に縋って、声を上げて泣き始めた。
(杏奈ちゃんが泣いている、
俺はなんてバカなんだ。
おかしな執着なんかしないで、
あのままあっさり消えていれば、
そうしたら、今頃は俺のことなんか忘れて
笑っていたかも知れないのに。)
身体はだんだん消えていく、
杏奈はその残った部分を掻き集めるようにしてしがみつく、
「行かないで! 行かないで!」
もうどこまで消えているんだろう。
「杏奈ちゃん、好きだ。」
「杏奈ちゃん、愛してる。」
「杏奈ちゃん、抱きたい。」
「杏奈ちゃん、結婚しよう。」
「杏奈ちゃん.....さようなら。」
61
あれから10年経った。
私は美容学校を卒業して、理沙と一緒に小さなヘア&ネイルサロンを始めた。
高校を卒業して、芸能界に入った西村くんが、広告塔をしてくれたおかげで、店はけっこう繁盛している。
この秋には4店舗目を出す予定で、その打ち合わせで毎日忙しい。
「社長、こちらのネイルのチェックお願いします。」
「あ、はいわかりました。」
理沙が声をかけた。
「今日は早上がりだろう
後はまかせて早く帰りな。」
「うん、ありがとう。
じゃあお先に。」
鎌倉の駅は観光客でごった返している。
私は駅前のコンビニに向かった。
「すみません、お願いしていたものありますか?」
「はい、お取り置きして、もう温まってますよ。」
私はレジ袋を下げて、自動ドアを出た。
あっ
車椅子とぶつかりそうになった。
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「いいえ、こちらも不注意でしたわ。」
車椅子に乗っていたのは
上品なお化粧をしたもうかなり高齢の婦人だった。
押しているのは
(お孫さんかしら?)
細身で優しそうな青年が
私を見て軽く会釈をした。
老婦人は驚いたように話しかけてきた。
「あなた、まあ、あなたもなのね?」
私は婦人と青年をかわるがわる見比べた。
彼らは顔を見合わせて楽しそうに微笑んだ。
「あっ、はいそうです。」
老婦人は少女のような笑顔を私に向けた。
「色々と心配してくださった方もおりましたけど、
うふふ、でも幸せよね。」
「はい、とっても。」
私は空を見上げた。
空いちめんに流れる天の川、
河野くんは今、あの川の渡しで船頭をやっている。
毎年7月7日の夜、織姫を向こう岸まで送り届けると、急いで地球にやって来る。
「あ、流れ星。」
「あら、ごめんなさい
お引き止めしてしまったわね。」
「いいえ、ではご機嫌よう。」
「ご機嫌よう。」
私はここ(地球)で生きている。
彼に会えない364日の出来事を、胸を張って話せるように、力いっぱい生きている。
(早く河野くんに会いたい。)
私はピザまんの入った袋を抱えた
(少し冷めてしまったかしら?
でも食べごろよね。)
今日は七夕
空には天の川
一年に一日だけの奇跡の日
私は緩い登り坂を急いだ。
「よお、花火始まっちまったぜ。」
「ひさしぶり、
ごめん、待った?」
「いや、俺も今着いたとこ。」
私は奇跡の腕の中に飛び込む。
七夕の夜は河野くんに会いたい @komugiinu
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