第Ⅰ章 透明人間編
第1話 立川璃花
もうすぐ赤くなる紅葉、それを枝の上でつついて遊んでいたジョウビダキが飛び立つ。その衝撃で枝が小さく揺れ、紅葉が一葉太陽光を反射しながら舞い落りた。
十一月十二日。
「おーら走れー!」
男性の体育教師の大声が響く。昼下がりの五時間目、持久走の授業の真っ最中。
だが大半の生徒はやる気がないのか、体力が限界に近いのか。紺色のジャージのままふにゃふにゃのフォームで走っている。そんな中、
璃花は半分の距離を走り切り、グラウンドのスポーツタイマーに目を向けた。三分三十一秒、眉がわずかに吊り上がる。一㎞あたりのタイムが前回よりも落ちている。残りの一㎞で挽回しなければ記録は更新できない。
(スピード上げるか)
すでに女子の中で一番早く走っているが、璃花の目的は他人を出し抜くためではなくあくまで自分を高めるため。璃花はバサバサの長いまつげをくいっと上げ少しだけ加速した。少し冷たい風が彼女の乱雑に下の方でくぐったツインテールを直線になびかせる。
璃花は、肩を並べて気だるそうに走っていた二人の男子にあっという間に抜き去った。男子の一人が彼女の背中を見て目を丸くし、感嘆の声を漏らす。
「すげぇな立川さん……」
彼女に近寄りがたい雰囲気があるからか普段クラスメイトとの交流はあまりない。話してもそっけない返事しか返ってこず、何も起きていないのに一人しかめっ面で腕組をしていることもある。吊り上がった三白眼にへの字の口角と、整っているものの鋭い顔立ちである一匹狼の彼女にクラスメイトは少し恐怖と緊張感を覚えてしまう。
とはいえその印象を覆してしまうほど彼女の豪快かつ爽快な走りっぷりには目を引くものがある。彼女の寡黙さがかえってアスリートのような格好良さを際立たせた。
前髪が邪魔だ、あとで切らないと、と頭の中でぼやきながら璃花は五メートル先の女子生徒に鋭い視線を向ける。彼女の名前は
ボブを揺らし真剣に走る佐倉も運動ができる方だが、璃花の眼中にはない。勢いを緩めることなくみるみる距離を縮めていたその時。
佐倉の足がもつれ、体が傾く。それも地面にたたきつけられそうになっているにもかかわらず手をつく気配がない。単なる転倒ではなく、まるで体を支える力を失った時のように。
「佐倉さん!」
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