第2話 出会い
璃花は息を呑んで加速し、佐倉の前に出ると肩をつかんで支えた。璃花に佐倉の体重がずしりと伝わり、ざぁっと砂埃が舞う。
佐倉の方を見ると呼吸を荒々しくしていた。気を失ってはいないようだ。璃花は安堵の息を漏らし、彼女に声を掛けた。
「動けそう? 佐倉さん」
佐倉の状態を見たら誰もが休ませた方がいいと判断するだろう。保健室か、保健室へ行ける余裕がなくてもコースから離れるだ。
いつもの佐倉なら優しい笑顔で対応するはずだが、今はうつむいたまま、目を合わせない。
「魂を食うって……」
「え?」
佐倉のつぶやきに璃花は聞き返すと、彼女ははっと顔を上げた。
「だ、大丈夫、ちょっとふらついちゃっただけ」
佐倉は慌ててかすかに微笑むも、その顔は血の気が引いている。しかも佐倉は璃花の手をのけ、駆け出そうとした。
予想外の行動に璃花はびっくりして、とっさに佐倉の手首をつかむ。
「休んだ方がいいよ。私保健室連れていくから」
「ほ、本当に大丈夫だから」
「どうしたんだお前ら」
ようやく異変に気付いた教師が璃花たちのもとへ走ってくる。璃花が状況を説明すると、教師は見学者に佐倉を保健室へ連れて行くよう命じた。佐倉は大丈夫だと言い張っていたがさすがに教師には逆らいきれなかったようだ。
教師は璃花に礼を言った後、ちょっとタイム盛っていいから走るの再開しろ、と足を止めていた周りの生徒に指示をした。
「ありがと、璃花ちゃん。ごめんね走るの邪魔しちゃって」
他の生徒と同じように璃花が走り出そうとしたとき、見学者に肩を借りてコースを離れる佐倉から弱弱しく微笑まれた。璃花は表情を変えることなくただ小さく頷き、じゃ知るのを再開した。
★ ★ ★
「気を付け、礼、ありがとうございました」
HR終了。体調が安定し、保健室から戻ってきた佐倉による号令が教室に響く。生徒たちは唱和し、雑談や、帰宅準備を始めた。璃花はリュックを背負い足早に教室を出る。
「ああー!! ごめんみんな、先生大事なこと言い忘れちゃった!」
突然担任の先生が大きな声を出す。教室の中の生徒の動きがぴたりとやみ、担任に顔を向ける。
「明日の時間割変更あるんだけど、帰っちゃった人いる?」
「あっ立川さんいません!」
男子生徒の声に、うわっやっちゃったー、と白髪をくしゃくしゃにする担任。しかし、あとで誰かが璃花に詳細を伝えてくれると思ったのか、まあ副教科はみんな置き勉してるよね、と何事もなかったかのように話を展開し始める。
一方、璃花はそんなやり取りを知らず、速足で玄関に向かい靴を履いた後、颯爽と駆け出した。校門を抜け自動車ばかりの田舎道、彼女の全力疾走に下校中の生徒からぎょっとされるも、スピードは一切落とすことない。坂道を登り、大きな深紅の鳥居の前でぴたりと足を止めた。神額には崩れた文字で「神谷神社」と書かれている。
神谷神社は山満地区の隠れた名所だ。知名度は低いが一部の参拝者から深く愛されている。
ここに来るのが璃花の日課だった。毎日神谷神社に通うと、賽銭を入れる入れないにかかわらず願いが必ずかなえられる。そんな昔聞いた噂を彼女は今も信じている。そもそもここにすがるしかなかった。
私の母の命を奪ったあの男に出会わせてくださいなんて。自分一人では叶えられず、誰にも頼れない願いだ。
ひんやりした空気、周りの紅葉はもうすぐ真っ赤になりそうだ。鳥居の向こうには高齢の参拝客が一人二人いる程度で閑散としている。
璃花は目を閉じ、鳥居に向かって深く礼をした。
目を開けるとそこには冷たく鋭い光が宿っていた。そして鳥居をくぐろうとしたその瞬間。
「こんにちは」
突然背後から上品な柔らかい声がした。はっと振り返ると、巫女装束の少女がにっこりとほほ笑んでいた。
太い眉に、薄い瞼の一重は垂れ目である。横髪を垂らした和風のポニーテールは腰まで伸びており、結び目部分には房を垂らした銀色のかんざし二つ。姿勢をピンと正しており巫女装束にはしわ一つない。
「こ、こんにちは」
気配がなかったうえに境外から急に話しかけられ、驚きのあまり璃花はたじろいでしまう。巫女は細めていた目をさらに細めながら穏やかに続けた。
「毎日来てらっしゃいますよね。どうしても叶えたいお願い事でも?」
璃花は目を見開く。確かに璃花は毎日欠かさず神社に来ているが、自分の存在はおろか、行動までも認識させれているとは思わなかった。璃花と巫女は初対面であるというのに。
ええ、まぁ、と璃花は体を硬直させながら無難に相槌を打つ。
「そうですか。頑張ってらっしゃいますね」
にっこりと笑顔を保ったまま飄々と言葉を返す巫女。璃花は腕を組む。
(なんで話しかけてきたんだ?)
深い意味はなく常連との雑談をしたかったのか、それとも知らないうちに神社に迷惑をかけてしまっていたのか。全く見当がつかない。
「あ、ありがとうございます」
とりあえずお礼を言うと、巫女は、ふふふ、と愉快そうに笑う。先ほどから巫女は過剰なほどにこにこしている。別に変なことしてないよね、と不安になっていると。
「ところで」
突如巫女の柔らかい笑みがマネキンのように固く凍った。
「お時間とらせていただいてもよろしいでしょうか、璃花さん」
紅葉がざわめく。え、今私の名前言った? 璃花が疑問を口に出そうとする前に、巫女は璃花の手首をつかみ、一気に走り出した。
「えっちょっと!」
声をあげるも巫女は振り向くことなく本殿の鳥居をくぐり抜けそのまま境内へと入る。巫女は華奢な体つきにもかかわらず、璃花が腕を振りほどこうとするもまったく微動だにしない。
引っ張られるまま参道脇の小道を抜け建物の裏に周り。池のそばの道を駆け、奥の方まできて巫女はようやく足を止めた。
「ここらへんでいいですかね」
巫女が後ろを振り返り璃花と目を合わせた。璃花が今まで来たこともない場所。池の反対方向には紅葉の森がうっそうと並んでる。夕方四時半頃、沈みかける太陽が逆光となり、巫女の張り付けたような笑顔が紅い影に浮かぶ。
「あ、あなたは誰なんですか?」
璃花が体を硬直させて尋ねると、巫女は恭しく頭をさげた。
「わたくしは
冷たい風が吹き紅葉や雑草がざやざやとどよめく。神社の名前と同じ苗字の巫女は不気味な笑顔のまま口をゆっくりと動かした。
「立川璃花さん、あなたにお願いしたいことがある」
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