犬猫論争、そして発動機
生字引智人
夜、風、発動機
夜の校庭。風が吹き抜ける音。蛍光灯の残光がゆっくりと薄れていく。
義男(静かに)
犬と猫、どちらがより人に近いと思う?
智仁(遠くの方を見ながら)
どちらも人ではない。それが救いだ。
義男
犬は人を許す。猫は人を見限る。それでも俺は、猫が好きだ。
お前は?
智仁(やや沈黙)
どちらでもない。
…どちらにもなりたかったのかもしれない。
義男
らしくないな。お前はいつも、プロジェクトのリターンとリスクを語る男だった。
智仁
今夜は資金計画じゃない。これは、存在の話だ。
「選ばない」という選択が、こんなに孤独だったとはな。
義男(少し首をかしげる)
それで、何を選ぶんだ?
智仁(唐突に、一歩前に出る)
バイクだ。
やっぱり俺は――ヤマハ発動機が好きなんだ。
義男(驚きもせず)
理由は?
智仁(微笑む)
響きがいい。発動する、という言葉に、まだ希望が宿ってる。
何かが始まる感じがするんだ。
たとえそれが、終わりに向かっていても。
(沈黙。風が吹く。智仁はゆっくりと衣服を脱ぎ始める。儀式のように。冷たい夜気が肌に触れる)
義男(低く)
行くのか。
智仁
走ってみる。最後まで。
(智仁、裸足で夜の校庭を駆ける。地面の湿気、風の抵抗、全てを受け止めながら)
(やがて彼は立ち止まり、ポケットから静かに一本のニンジンを取り出す。齧る音が夜に響く)
智仁(小さな声で)
猫にまたたび……俺にニンジン。
お前と俺は……ニンゲン。
(次の瞬間、身体が音もなく崩れ始め、ゆっくりと土へ還る。まるで最初から、そこにいたのは風だったかのように)
義男(その場に立ち尽くし、静かに呟く)
発動したのか…何かが。
(夜、深く沈む)
― 完 ―
犬猫論争、そして発動機 生字引智人 @toneo55
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