エピローグ

俺は、濱長のとある湖のそばの公園にいた。

 俺が呼び出したある人物と話をする相手の指定した場所がここだったからだ。

 そろそろ約束の時間だ。

「やあ、待たせたね」

 そう言いながら、小野刑事がやってきた。

 きっちり時間通りだ。

「急に呼び出してすいません」

「仕事を抜け出して来た。しかし、君から呼び出されるとは」

「わざわざありがとうございます」

「そう言わんでいい。それで、要件は何かね?」

「それなら、単刀直入に聞きます」

「あなたが、いちしさんに力を貸す理由はなんですか?」

 俺は、前から思っていた疑問を小野刑事に問う。

「ああ、その事についてか」

 彼は、ある程度こちらの質問に当たりがついていたようだった。

「蒼が、いちしになるにあたり、記憶のほとんどを失い、探偵としてかつての面影がない程になってしまっている。だから、その力を取り戻すために協力しているのだ」

「いや、そもそもそれがおかしいんです」

「それがおかしい。とは?」

「別に探偵が一人いなくなった所で、警察としては大して困りはしないはずです。いくら蒼探偵が警察と協力して功績あげていたとしてもです」

「蒼探偵がいちしさんになった所で、わざわざ探偵に戻すような真似をしなくても、身柄の安全を確保し、静かに暮らすよう説得すればいいだけです。あなたの説得次第で、いちしさんもそれを十分に呑むと思います」

「今回みたいに、わざわざいちしさんに協力して探偵として復帰させる手助けをする必要はあなたはには無い、あるいはとても薄いと思うんです。なぜ、そこまでしていちしさんを探偵に戻そうとするるんですか?」

「君の勘の良さは知っていたが、まさかここまでとは……おじいさん譲りかな?」

 小野刑事は俺を称えるように言った。

「いいだろう。君の勘の良さと今回の功績を認めて話してあげよう。最も、あまり詳しい事は言えないがね」

「いちしは覚えていないようだが、蒼だった時、あることに対するある重要な秘密を知ったようなのだ。そして、蒼はその事について何も残さなかった。警察としては、その事を何とかして思い出してもらわないとならん」

 「無論、本人には記憶を取り戻す治療は受けさせた、残念ながらそのことを思い出す事は無かった。そのため、警察としてはいちしが記憶を取り戻すための手法であるならば何でも、まあ本当に何でもは言い過ぎだが、協力する事になったのだ」

 「だから、いちしが探偵に戻る事が記憶を取り戻す事に繋がるというのならば、それに協力するまでだ。私達が君達に協力するのはそういうことなのだ」

「あなた達が知りたいその秘密は、タウシグマに関係することなのですか?」

「いや、違う。タウシグマとはなんの一切も関係ない。それ以上は少なくとも今の君には言えないがね」

 タウシグマとは関係が一切ない事なのか。

 小野刑事の様子から見るに嘘はついてはいないだろうが、それでは一体何なのだろうか?

 いちしさんに、警察が協力する程の秘密とは一体何なのだろうか?

「その秘密は危険な、言うならばそれを思い出すといちしさんや誰かが不幸な目に会うようなことなんですか?」

 俺は、思わず詰問した。だが。

「君は色々と詮索したいようだが、悪いけれども今の君にはこれ以上は言えない。ただ、いちしや君の命に関わるようなものではないとだけは言っておこう」

 といって小野刑事に牽制された。

 詮索は止められたか。

 だけど、これだけは聞いておきたい。

「それを思い出していちしさんが不幸なったりはしませんよね?」

「それは、ない。あいつの不幸は私や警察も望んでないからな。少なくともあいつがそれを思い出して不幸になる人間は殆どいないだろう。これはだけは、特別に答えておく」

 小野刑事は、俺の心配を見透かしたように答えた。

 そして続ける。

「君は私達の事を色々と疑っているようだから言っておこう。私達警察や私は君達の味方だ。これは誓って言っていい。だから、安心して欲しい。あるいは、不要な警戒はしないでほしい」

「君達って事は、いちしさんだけじゃ無くて俺も入っているんですね」

「ああ、勿論。君はいちし探偵の助手だからな。君には期待しているよ」

「俺のこと信頼して期待してくれているんですか?」

「ああ、ただし助手としてだが」

「俺のこと信頼してくれるのは良いんですけど、あなたの思うような期待に対して答えられないかもしれないけどいいですか?」

「君はいちしの状況に気づく事ができた。そして、いちしの秘密を知って受け入れたうえでいちしの助手になった。そんな君ならば私の期待には十分に答えられると考えている。私ではの助手になることはできないからな」

「それは、一体どうしてなんです? 一番か二番にあなたは信頼されているはずなのに」

「私は、蒼の協力者だった。そして、それは蒼がいちしになっても変わらない。だからこそ、私は協力者としていちしに力を貸すことができても、助手としていちしを助ける事はできない。だからこそ、君の力を借りなければならないのだ」

 いちしさんが蒼探偵だった時から関係を持ち続けているからこそ、別の関係には今更なれないということか。

「それだけではない。詳しく言えないけれども、私はいちし、というより蒼に対して負い目がある。本人はこの事に関しては気にはしていないようだが。けれども、その負い目が私にとって壁となってそれ以上の関係になれない。限界がある私に代わってこれからもずっと助手としていちしを助けやってくれないか? これは私個人の頼みでもある。おそらく、いちしもそれを望んでいるはずだ」

「俺は、最初からそのつもりです」

 もとより、俺はそのつもりだし、彼女からは離れられないし、離れるつもりもない。

「それは安心した。ありがとう」

 そう言いながら小野刑事は深々と頭を下げた。

「それと、もう1つ、あなたの事について聞きたいのですけどいいですか?」

「私の事についてか? 別に構わないが」

「それでは、あなたはいちしさんを匿うのに何でこの濱長を選んだんですか? 他にもっと良さそうな場所は色々あるのに? いやまあ、別に濱長が駄目っていう訳でもないですが」

「ああ、そんな事か。言われてみれば不思議に見えるかもしれないな。簡単な事だ。刑事として日本中を廻った私も齢六十近くなってある事に駆られた」

「それは一体なんですか?」

「望郷の念だよ。濱長は私の故郷なんだ。だからいちしを匿うついでにここで残りの人生を過ごそうと思った。ただ、それだけの事。最も、若い君にはわからないかもしれないがね」

 濱長が故郷……? 。

 そういえば父さんは、小野刑事の事を幼い頃からの知り合いだって言っていたような……。

「それで質問終わりなら、悪いけど、仕事があるからそろそろお暇させてもらうよ。何かあったら私に連絡してくれ。力になれる事なら力をかそう」

「最後にもう一言だけ言っておく。私達は君の味方だ。それじゃあな。また会おう」

 そう言いながら、そそくさと公園から去っていった。

 小野刑事が去った後、公園に残っていたのは俺だけであった。

 だれもいなくなった公園で一人考える。

 自分の疑問に整理をつけるつもりだったが、逆に謎が増えてしまった。

 いちしさんが、いや蒼探偵がかつて抱えていた秘密とは一体何なのだろうか?

 そして、小野刑事が持つ、蒼探偵に対する負い目とは?

 これらの謎はいつかわかるのかもしれない。いつになるのかはわからないけど。

 いちしさんが言っていたように、自分は自分が思っている以上の事に首を突っ込んでしまったのかもしれない。

 いや突っ込んだのだ。

 だけど。

 俺はいちしさんから離れられないし、もとから離れるつもりは一切ない。

 そして、警察からも期待されている以上、その信頼に答えなければならない。

「いちしさん。俺はあなたの助手です。可能な限り」

 だれもいない虚空に向かって、一人呟いて、改めて誓いを立てた。





 常夜と小野刑事が別れて少し経ち。

 今度はいちしと小野刑事が別の公園で会談していた。

「小野さんに聞きたいことは1つ、支配者の遺産について教えてほしい」

 

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探偵の再誕 アスタリスク @TheEldestReborn

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