常夜いちし
俺といちしさんが初めての事件を解決して1週間後。
俺はいちしさんから「事件の報告をするよ」と喫茶店おきびという喫茶店に呼び出された。
入店し、店員に待ち合わせている事とその部屋番号を告げる。
案内されたのは個室。
看板には水連と書かれていた。
といってもこの喫茶店は個室しかないらいしいけど。
全席個室のため、静かに過ごせるとのことで一定の人気があるのだとか。
売りにしてるだけあってか、店内は自分以外に客が全くいないかのように静かだ。
何となくだが、客がいる雰囲気はあるので、それだけ防音がしっかりしているということだろう。
扉を開けると、その豊かな胸を机に載せたいちしさんが座っていた。
「おまたせしました」
「やあ待っていたよ。ほら早速座って」
いちしさんは体制を正しながら言った。
進められるまま、いちしさんの対面に座る。
「常夜君が来るまで注文は待っていたんだ。ボクはもう注文を決めたからきめたらおしえてくれ」
差し出されたメニュー表を受け取り、中をのぞく。
東屋おきびは熾火でゆっくり焼いたような焼き物系のデザートが人気らしい。
折角なので、名物の焼団子を注文することにする。
飲み物は……こちらも名物っぽいおきび珈琲でいいか。
「決まりましたよ」
「そうか、それじゃあ注文しよう」
そう言いながらいちしさんは呼び出しベルを押した。
程なくして店員が来る。
「おはぎセットと玄米茶のホットをお願いするよ。 常夜君は?」
あ、名物は頼まないんですね。
「焼団子を五本と、おきび珈琲のホットをお願いします」
女性店員は、「かしこまりました」と言ってメニューを復唱し、出て行った。
「名物頼まないんですね」
「まあ、そうだね。ボクは幼い頃からおはぎが好きでね」
「幼い頃……ってことは男、つまり竜王蒼の頃からすきだったんですか?」
「うん、この身体になって確かに味の感じ方は変わったけど、おはぎが好きってのは変わってないよ。むしろもっと好きになったまであるね」
「女の人って男の人より甘いものを美味しく感じるって聞きますもんね」
「うん、あれ本当なんだって自分でもびっくりしたよ。ただ、それのせいで沢山食べちゃって一時期大変な事になったけど」
さっき机の上に載せてたものは甘いもので出来てたんですね、と思ったが黙っておく。
そんな当たり障りのない会話をしていると注文した品が届いた。
並べられた団子と珈琲、おはぎと日本茶。
俺といちしさんは、同時に「いただきます」と言ってから団子とおはぎにそれぞれ口をつけた。
焼団子の香ばしい香りと、あまーいみたらしが口いっぱいに広がる。
美味しい。
いちしさんの方へ目を向ける。
おはぎを食べいるいちしさんの顔からは、そのおはぎの美味しさと安心感がこっちにも伝わってくる。
なんというか見てるとこっちも幸せになる。
「幸せそうですね」
「うん。おはぎを食べてるとほっこり落ち着いた気分になれる。自分は元々竜王蒼なんだって……」
いちしさんにとって、「おはぎが好き」というのは自分が竜王蒼である事を示す証明書の1つなのだろう。
返す言葉が分からなくなった俺は珈琲を一口啜る。
苦い。
砂糖とミルクを入れ忘れた。
「あ、ごめんね、しんみりさせてしまったよ。そうだ、本題、つまり事件についての話をしよう」
空気を変えようとしたのか、いちしさんが切り出した。
ついに本題か。
「逮捕されたってのは新聞で読みましたけどその後どうなったんですか?」
今朝の朝刊に犯人が逮捕されたという記事があったのだが、それ以上はわからない。
ちなみにだが新聞等のメディアには俺といちしさんの名前は載っていない。
表向きは、小野刑事達が全て解決した事になっている。
そっちの方が、俺やいちしさんにとっても都合が良いのだ。
「逮捕してボクの推理を突きつけたら観念して自供したよ。俺がやりましたってね」
「自供したんですか?」
「うん。通話アプリの記録と証拠をもう一個を突きつけたら流石にどうしようもないと悟ったみだいだね」
「もう一個の証拠? 通話アプリだけじゃ無かったんですか?」
「あると思ったけど常夜君に推理を話した時には確認が出来てなかったから話さなかったんだ。小野さんに頼んで調べてもらったらしっかり残ってたよ」
「一体何なんですか? その証拠は?」
「それはね、
「指紋? そんなのこの事件じゃ証拠にはならないと思いますけど」
通常の現場なら指紋は証拠になったのだろうけど、学校は学生や先生なら誰でも自由に出入りできる公共性のある場所な以上、指紋が証拠になりにくい。
今回の事件でいうならば、例えば、凶器はカッターナイフだが、生徒や先生ならいつでも自由に使えた。
仮にカッターナイフに指紋が残っていたとしても、その指紋が
その証明が出来ないと「以前使った時についたものだ」と言われていいのがれされてしまう。
多分、足跡やDNA鑑定などでも同じだろう。
故に、今回のケースで、指紋は証拠にならないはずなのだ。
「普通の指紋ならね。ただ今回の事件だとありえない所に指紋が残ってたからそれが証拠になったんだ」
「あり得ない所? 具体的にどこなんですか?」
「
「英雄は屋上から非常階段に飛び降りる時、パラペットに指を引っ掛けて身体を伸ばしてギリギリまで近づけて降りたんだ。だから、パラペットにしっかりと指紋が残っていた。体重がかかっていたからそれもくっきりと。普通、そんなところに指紋なんかどうやってもつくわけがないからね。英雄が屋上から非常階段に飛び降りて逃げた証拠になる。おまけに、事件前日には雨が降ってそれ以前の指紋は消えていただろうし、事件発生後は警察官が現場を封鎖していた。指紋が残るのは事件当日しかありえないんだ」
「なるほど。確かに」
そんな場所に指紋がついていたら、どうやっても言い逃れ不可能だろう。
英雄は手袋を持っていた可能性もあるけど、降りる時に手袋したまま指をかけるなんていう危ない真似出来っこない。
手袋が脱げたら滑落一直線だ。
警察が指紋を調べるとしてもそんなところまではまず調べないだろうから、指紋を消したり、残さないようにする方がリスキーだ。
というより、そもそも英雄はパラペットに指紋が残ることまで気が回ってなかった可能性も十分にある。
だから、パラペットに指紋があることはあり得る話だろう。
「まあ、実験の時に残したボクの指紋もあったわけなんだけど……けどボクが犯人はありえないし……」
いちしさんは申し訳なさそうに言った。
「まあ、それは、はい。それで、会話アプリの記録とパラペットの指紋の2つで観念したわけですか」
「そういう事になるね」
「それでいちしさん、英雄はどうして保をころしたんでしょう?」
前から思っていた疑問だ。
新聞には英雄が保を殺した動機までは載っていなかった。
動機は多少の推測は立てられるかもしれないが、流石に犯人本人に聞くまでわかりようがない。
保は素行不良で評判も悪かったので、恨みを持つ人間も少なくは無かったはずだ。
「ああ、動機のことかい? それはね、まあ簡単に言うと妹の復讐とのことだ」
「妹の復讐?」
「一ヶ月程前のある日、家に帰って来た妹の様子が明らかにおかしい。その後、部屋で引きこもるようになった。流石に変だと思った両親が何を聞いても口を一切割らなかった。だけど、距離が近かった兄である犯人だけには何があったか話したそうなんだ」
「何があったんですか?」
「妹は保にレイプされていた。妹自身は顔や容姿を覚えてはいたけど流石に名前までは知らなかった。だけど、英雄が人相を聞いたとき、すぐに保だとわかった。なにせ高校内では彼は悪い意味で有名人だったからね」
なんて奴だ。
保の奴そこまで非道だったのか。
俺も、妹がそんな目に遭ったら、殺すまではしないにしても二、三年は足腰が立たなくなる位にはするかもしれない。
「だが、妹は警察に行く事や両親に話す事も拒んだ。こういう被害者が被害を訴える事を拒むのは少ない話じゃない。それでも、妹を何とか説得しようと試みたが、これ以上圧力をかけると妹の精神を壊しかねないと判断したらしい」
いちしさんの言う通り、このようなデリケートな事件では被害者が発覚を恐れ黙る事はない話ではない。
その上、妹は精神が参っているらしい。
英雄の判断を狂わせるにはそれで十分だったのだろう。
「妹に言われたとはいえ、英雄も保を放っておく事が出来なかった。その状態で、保をどうにかするには、妹が被害を警察に訴え出ないといけない。だけど、妹はそれを拒んだ。だったら方法は1つしかない。それは
「自首ですか?」
あの手紙は、保に自首を勧めるように説得するための呼び出しの手紙だったのか。
だから「お前の罪」なんていう表現を使っていたのだろう。
「そう、あの日英雄は、保を呼び出して自首するように説得しにいったんだ。だけど、保は犯人が考えてた以上にクズだった」
「嫌だね。断わる」
「断わるってお前、人の妹が大変な事になっているんだぞ? 今自首するなら悪いようにはしない」
「知った事か。それよりこれ何だと思う?」
そう言いながら保は犯人を挑発するかのようにスマホの画面を見せた。
そこには裸の女の子が映っていた。
「な? お前まさかそれは!」
「そうだよ。お前の妹をレイプした時のだ。ちゃ~んと動画で全部撮ってある。そうだな、終業式の日のこの時間までに10万円もってこなかったらこれをばら撒くぞ。 じゃあな」
そう言いながら保は後ろを向いてその場から立ちそうとした。
その態度と言動は、人を激昂させるのに十分だった。
「オオぉぉまぁえェェェ! いい加減にしろォォォ!」
ガンッ。
うっ。
「保は自首を拒否しただけならまだしも、妹を人質に脅迫までしてきた。それで流石に英雄も堪忍袋の緒がきれたみたいでね。教室に置いてあった椅子で衝動的に側頭部を殴ってしまったんだ。それで急いでスマホを奪ってその場を離れようとしたみたいなのだけど……」
いいのか? こんなクズをこのまま放っておいて?
こいつにも問題があるから流石に殴った事で警察には行かないだろうけど、妹を滅茶苦茶にした奴だぞ?
いや、それだけじゃない。
間違いなく、こいつはまたやる。
その時は妹以外の誰かが被害を受ける。
というより、こいつが他の場所に妹のデータを残している可能性もあるぞ。
……それならば。
口を封じるしかない。
目線を上げると、工具箱が目に入った。
「それでこいつは放っては置けぬと考えて、工具箱からカッターナイフを取り出して首を切った」
俺は保のあまりの外道さと救いようのなさに言葉を失い、天井を見上げた。
英雄も英雄だが、保は絶対に、絶対に、絶対に擁護出来ない。
「そしてその後スマホを破壊して水に漬けた後、現場から立ち去ろうした。だけど、中庭に運悪く三姉妹がいたから校舎から出られずに閉じ込められた。とりあえず三姉妹がいなくなるまで階段小窓とかを使ったりして、東校舎を色々回りながら様子を見てきたら、ボク達がやってきて……とそういうわけだ」
「あ、ちなみに脱出ルートは東棟か出られないかと色々探ってる内に偶然見つけたみたいだよ。見つけた時は流石に危ないと思って使わなかったけど、ボク達が来てそうも言ってられなくなったんだってさ」
事件のあらましを聞いた俺は、何と言って良いのか分からなくなる。
そんな複雑な感情を抱えたまま言った。
「なんというか、誰も救われない事件でしたね」
「そうかもしれない。でも、殺人事件なんて大体こんなものだよ。ボクが今まで担当した事件でももっと酷いのもある」
いちしさんは哀愁混じりにいった。
……。
空気が重いな。
話題を変えよう。
「まあ、でも結局今回の事件で俺、あんまり役にたった感じ無かったですね」
いちしさんは一瞬きょとんとし、そして言った。
「何を言っているんだ? 君は大活躍だったよ。少なくともボクにとってはね」
「え? 俺が? どこで活躍したんですか?」
「そうだね……色々あるけど2つ言ってあげよう」
「ひとつ、常夜君はボクを受け入れてくれた。秘密を知る”誰か”がいてくれるだけでボクは非常にありがたいんだ」
「嬉しいですけど、それ結局俺じゃなくてもいいって事になりませんか?」
「何をいう。 常夜君だから話したんだよ。 ボクを助けて力になるって言ってくれたからね」
あれ? 俺いちしさんの前でそんな事1回も言った記憶はないのだけど?
「俺いちしさんの前で話した記憶ないんですけど……誰にどこでいつ聞きました?」
「常夜君自身に図書室で事件のあった日にきいたよ」
俺はその時君友としか図書室では話して無かったはず……。
まさか。
「あの時の会話聞こえてたんですか⁈」
「そうだよ。丸聞こえ。ボクにはね」
「なん……」
それで俺はある事思い至る。
「そう、ボクは人体改造薬の効果で聴覚を含む感覚神経が普通の人間よりも鋭くなってる。あのくらいの距離の会話なら丸聞こえだよ。まあボク以外の人には聞こえてなかったみたいだから安心して良いけどね」
こりゃいちしさんの前で悪口は言えないな。
「まあ、というわけでボクにとって常夜君はボクが苦しい時助けてくれた人になるってわけだね。本当にありがとう」
そう言いながらいちしさんは頭を下げた。
「いやそこまでしなくても……この程度、いやまあ結構危ない橋渡るかもしれないけど、俺は大丈夫ですよ」
「それなら続けるよ。2つ目、君が東棟にまだ犯人がいるのに気付いたこと。そのおかげで、ボクは犯人がまだ東棟にいる事を考慮できた」
「それが?」
「まあ、常夜君の言う通り だけど、すぐに考慮に入ったのは常夜君の功績だ。ボクは気づけなかったからね。常夜君の勘の良さは間違いなくボク以上だ」
いちしさん以上の勘か。
まあ、確かに俺は勘がいいって前から色んな人に言われてるけれども。
そして、そのことである疑問が浮かんだ。
「そういえば、なんでいちしさんはあの時東校舎にいる犯人を気づかなったんですか? いちしさんの耳の良さだと気づけてもおかしくはないとおもうんですけど」
「えっと……それは……」
言い淀んだいちしさんは黒玉のような素敵な目をそらす。
いちしさんの顔が赤に染まる。
かわいい。
「常夜君に……ボクの秘密を……話す事で……頭が一杯だったから……」
いちしさんは恥ずかしそうに言った。
「あの時俺に全部話すつもりだったんですか?」
「いや、流石にその時はそこまで話すつもりは無かった。そこで約束を取り付けて常夜君の事を調べてから話すつもりだったんだよ」
「ふーん、そうだったんですか。それで? 俺の事調べたんですね」
いちしさんは赤に染まったまま小さく「あっ」と言って続ける。
「それは……」
「調べたんですね?」
「常夜君に嘘はつけないね。……調べたよ。常夜君の事。常夜君にボクの事を話して本当に大丈夫な存在か見極めるために」
観念したいちしさんは自ら白状した。
全く探偵らしくないミスだ。
「と、ところで常夜君、それに関する事で言わなければならない事があるんだ」
それを誤魔化して置いておくかのようにいちしさんは言った。
「何の事についてですか?」
俺は返す。
「二年半前の君の事件についてさ」
「……お見通しだったと言うわけですか……」
二年半前に俺が祖父と共に遭遇したある事件。
俺の中に、確かに楔として打ち込まれた事件。
俺がいちしさんへの協力に応じた理由の遠因のひとつでもある。
「全盛期のボクなら解決できたかもしれない。だけど、少なくとも今は無理だ。なに現在のボクはそれと比べ物にならない程探偵として劣化している」
「いちしさんでも解決出来ない事件ってことですか」
「今は、ね。だけど、ボクが探偵として事件に関われば、少しずつ過去の記憶や能力が戻ってきている自覚があるんだ。少なくとも今回の事件ではそうだった。今回ように事件を解いていけばそのうち解けるだけの能力が戻って来ると思うんだ。だから……」
いちしさんはその黒玉のような目を決意に輝かせこっちを見た。
「だから、これからも常夜君には助手をお願いしたいんだ。解けるだけの実力が戻ってきたら、その事件をいの一番に解決すると約束する。頼めるかな」
「喜んで。こちらこそこれかもよろしくお願いします」
俺は二つ返事で答えた。
そんな約束しなくても始めからいちしさんの力になるつもりだ。
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