探偵の再誕
俺といちしさんは中庭のベンチで座っていた。
事件当時に三姉妹が座っておしゃべりしていたベンチだ。
ここからだと西校舎と東校舎を繋ぐ道がしっかり全部見える。
障害物など何も無いので、通った人物は確実に見えただろう。
「いちしさん、事件が解けたってどういうことなんですか?」
「そっくりそのまま、事件はボクから見て解決したってことだ」
いちしさんはあれだけの捜査被害者の保を殺した犯人を見つけだしたというのだろうか?
「それで、事件についての推理をするから、常夜君に聞いてほしい。何か間違っている点とかをその都度指摘してほしいんだ」
「わかりました。俺で良ければ」
「ありがとう。それじゃあ話していくよ」
そういっていちしさんは事件の推理について話し始めた。
「順を追って説明するよ。まず、犯人と被害者保健二は十六時に東校舎で密会する約束をした。犯人か保のどちらかが持ち掛けたのかはわからないけれども、保が十六時に事件現場へ来たことからも二人の間で何らかの方法でのやり取りがあったのは確実だ。これは、被害者のかばんから出てきた手紙も証明している。そして、会談場所に東校舎の1-4教室を指定したのは、放課後にほとんど人は来無いから。密会場所としてこれ以上ない位いい場所だ」
俺もいちしさんと最初密会する時に1-4教室で行うつもりだった。
少なくとも、学校内の生徒同士で密会場所に1-4教室はともかく東校舎を選ぶのは、おかしな話ではない。
「そして、この学校の授業終了は十五時、その後常夜君と君友君の二人は十五時半まで事件現場であった1−4の掃除をしていた。これはあっているね?」
「はい。俺と君友は十五時半ごろまで、1−4教室にいました。そしてその時間は東校舎には誰も残って居なかったと思います」
厳密に全ての場所を見回った訳では無いので、誰かいたのかもしれない。
ただ、その場合でもいちしさんが言っていた推理の「犯人は三姉妹が来る前、既に現場に入っていた」という推理を咎めることにはならない。
「それで、常夜君たちが東校舎から出ていったその後、犯人は待ち合わせ場所である1−4教室にやってきた。具体的な時間こそわからないけど、十六時、つまり三姉妹が中庭でおしゃべりを始める前なのは確実だろう。そして、そのまま1−4教室で犯人が来るまで待った。犯人が三姉妹に東校舎へ入る時目撃されなかったのは
「先程の推理で話してましたもんね。俺もそうだと思います」
犯人が何故その時間に来たかについては、逢い引きが十六時指定になっていたから、それより少し前に来たとかそんな所だろう。
いずれにせよ、犯人が何故その時間に来たかとかは余り関係の無いことだ。
「そうして犯人が1−4教室で保を待っている間に、運悪く中庭に三姉妹がやってきておしゃべりを初めてしまった。しかも、中庭全体が見渡せてしまう位置でね。事件の時、部屋のカーテンはしまっていたし、中庭の会話は教室までは聞こえない。逆も然りだ。犯人がこの時三姉妹に気づかなかったのは無理もない話だね」
1−4の窓やカーテンは君友が閉めたのをみたし、遺体発見時にも閉まっていた。
それに、これから密会しようと考えてる人間が、わざわざカーテンや窓を開ける、なんてのも考えにくい。
カーテンや窓はずっと閉まっていたと考えるのが普通だろう。
「そして時間は十六時、被害者の保が西校舎から東校舎へ中庭を通って入っているのを三姉妹に目撃されている。十六時に保が東校舎に入ったのは間違いのない事実だ。これで、東校舎に入っている犯人の姿を三姉妹は見ていないが、保の姿は見ているという状況の完成だね」
先程も話したが、被害者しか東校舎に入っている姿を見ていないと奇妙な状況が完成したのは、単に、三姉妹が中庭でおしゃべりを始める前に犯人が東校舎へ来てしまったからだ。
「そうして、犯人と保の二人は1−4教室で密会した。内容は何についてかまではわからない。こればっかりは犯人に聞くしか無いからね。そして、対談中になにか揉め事が起きたんだろう。こういった密会に
警察の捜査により、1−4教室で、保の血痕が付着している、教室の椅子が見つかっている。
また、死因は首を切られた事による失血性ショック死だから、頭を殴られた時点では生きていたのだろう。
「そうして保を気絶させた犯人は、教室の道具箱からカッターナイフを取り出し、保の首を切って殺害した。教室に道具箱が備え付けてある事は濱長北高校の関係者ならみな知っていることだし、1−4の道具箱は目立つところに置いてある。使用する凶器に道具箱のカッターナイフに思い至るのは普通のことだろう。そして、保のスマホをを回収して現場から逃走を図った。このスマホが何を意味するのかはわからないけれども、滅茶苦茶に壊されていたことから、犯人にとって見られたくない”何か”があったのだろうね。最もこれも犯人に聞くしかわからないけれども」
その見られたくないない”何か”は多分動機に繋がるものだろう。
「そうやって保を殺害した犯人は東校舎からで逃走しようとしたところで、不運にも三姉妹がおしゃべりしているのを発見した。話し声は東校舎の入口でも聞こえる位に大きかったから、気づくのは容易なはずだ。そして、このまま東校舎を出ると自分が非常にまずいことになる事にも気付いた。なにせ、このまま出れば殺害現場から出た事が三姉妹に見られてしまう。殺害時刻に現場から出てきたとなれば言い逃れの余地なくほぼ間違いなくクロだ。そこで犯人はある行動をとった」
「ある行動ってなんですか?」
「
「東校舎で待つってそれはつまりすぐに逃げなかったって事ですか?」
「そういうことになるね。犯人は現場から逃走しなかったんだよ。少なくともこの時点では」
「なんで、一体全体そんな事を? 危険じゃないですか?」
普通に考えて、現場からすぐに立ち去らない方が危険なはずだ。
「それがそうでも無いんだ。恐らく、犯人はこう考えた。三姉妹が中庭にいなくなるまで様子を見よう。何、東校舎にこの時間、人なんて来ないからここに滞在していても問題ないはずだ。とね。あのまま事件が発覚しなければ、三姉妹は恐らく十七時過ぎくらいには帰っただろう。それ以降に校舎には生徒は基本いちゃいけない事になっていたからね。三姉妹が帰った後、誰もいなくなった中庭を通って西校舎に入り、そのまま何かの用事をしていた振りを装ってしれっと帰るなりすればいい。犯人はそう考えていたのだろう。そうして帰れば遺体発見は恐らく次の日の朝。捜査は少なくとも今より困難なものになっていただろうね」
現場からすぐに逃げるより現場にいたほうが安全。
普通はありえない事だが、濱長北高校の特異な性質がありえない事をありえるようにしてしまったのだ。
「だが、そうはならなかったんだ。あることのせいで。こればっかりは犯人は本当に運が無かったね」
それは簡単なことだ。
「俺といちしさんが東校舎に来てしまったことですね。しかも十七時に」
「そうだね。誰も来るはずのない東校舎に人が来てしまった。しかも二人も。犯人は相当に焦ったことだろう」
「あれ? 待ってください。じゃあ事件の時現場付近で俺が感じた人の気配ってのは……」
「そうだよ。全く君は勘がいいね。
俺があの時感じた気配は犯人のものだったのか。
いや、でもそれだとおかしい。
「いちしさん。犯人は三姉妹がいなくなるまで待つつもりだったって言ってましたよね? でも三姉妹は俺達が事件現場の調査を終えて君友が来るぐらいまでずっといました。そしてこの時、三姉妹は犯人の姿を見ていません。よって中庭から脱出していない事になります。なら犯人はどうやって東校舎から脱出したんでしょうか?」
犯人は三姉妹が帰るまで待つつもりだった。
だけども、俺達が来てしまってそれも無理になってしまった。
それなら結局、犯人は脱出出来ないはずなのだ。
しかし、現場には犯人は居なかった。
それは、犯人は何らかの別の方法で脱出したことを意味する。
しかも、俺達が来るのを見て直ぐに実行できる方法で。
また、その方法で脱出できるならば、犯人は何故その方法を最初から使って脱出しなかったのだろうか?
「それはね、今から説明するけどその前に時系列を少し巻き戻すね。保を殺害後、三姉妹に足止めを食らった犯人は、会話内容から三姉妹が直ぐに帰らない事が想像できた。そのため、他の脱出ルートを探すか、他に人がいないか探すため東校舎内を探索することにした。自分の他、誰かがいるならば、うまいこと言ってその人間へ罪を被せる事も可能かもしれないからね。だけど人は居なかった。でもその代わりに屋上からある脱出ルートを発見したんだ」
「屋上に脱出ルート? そんなものありましたっけ? あるならなんで犯人は最初からそれを使って脱出しなかったんですか?」
「犯人が用いた屋上からの脱出ルート。それは東校舎の南側にある非常階段だ。実はここ屋上から降りられるんだよ」
屋上から非常階段に降りられる?
それって一体どういうことだ?
「ボクは実際に屋上から非常階段を見下ろしてみたんだ。すると屋上から非常階段踊り場まで約四メートル位。屋上のパラペットに指をかけて高さを稼げば足から非常階段三階の踊り場まで二メートルと少ししかない。これならば怪我をせずに降りられるね。降りる時間も、覚悟さえあれば、十秒もかからないから突風に煽られる心配も殆どないよ。音も殆どしないか、しても小さいものだっただろうしね。そうやって非常階段三階の踊り場に降りた後、階段を降りて一階に行き、そのまま脱出したんだよ。実際にボクがさっきやってみて成功したから不可能ではないよ。まあ、それでも危ない事には変わりはないから犯人も見つけても使いたくは無かったのだろうね」
飛び降りられないと思っていた屋上から飛び降りるルートがまさか存在したとは。
おそらく、屋上の捜査をしていた時、中庭にいちしさんが現れたのはそのルートを通ったのだ。
というより。
「いちしさん実際にやったんですね……」
「探偵たるもの実際に実験しないとね」
「わからないでもないですけど、なるべくやらないでほしいですね」
「……わかった。なるべくやらないようにはするよ」
いちしさんは不満そうに答えた。
きっとまたやるんだろうなぁ。
いや、すでにやっているな。
「なら、せめてこういう危険な事をやる時には先に言って下さい」
せめてと、妥協案を示す。
「それなら、これからはそうするよ」
いちしさんはこれならば飲めると了承してくれた。
そして、その時、俺はいちしさんの推理について致命的な欠陥があることに気づいた。
「いちしさんの言う通り、屋上から三階の非常階段までは降りられるかもしれません。でも、その場合非常階段一階にいる地崎はどうするんですか? 流石に非常階段を降りてくる犯人の姿を見ているはずです」
事件当時非常階段付近に地崎がいて、「非常階段から誰かが降りてきた」等と証言していない。
いくら猫と遊んでいたとしてもその事に気づかないはずがないのだ。
「そう、そのことだよ。先に言ってしまうと犯人は地崎が非常階段一階にいることを知っていた。そして、その問題を犯人はある方法を使って解決したんだ。そしてそれが致命的な証拠となってしまった」
「そのある方法ってのは……?」
「犯人はチャットアプリを使って地崎がいるクラスチャットこう送ったんだ。『東校舎で何か騒ぎが起きてるみたいだ。事件みたい』ってね。実際はクラスのグループチャットを用いて送ったようだけど。それを聞いた地崎は東校舎の様子を見に非常階段を離れて校舎をぐるっと一周する形で中庭まで来てしまったんだ。そして、非常階段にいる人間は誰もいなくなったというわけだよ」
何か事件があったと聞けば、状況を見に行く人間は多い。
そして、実際に地崎は動いている。
もし万が一、地崎がそれを見て動かなかったとしても、死体が発見されたとなれば全校に緊急招集がかかり、そうなると地崎は動かざるを得ない。地崎のいた場所は非常に職員室に近い。すぐに呼び出されただろう。
その場合犯人の脱出がだいぶ遅れてしまうが、怪しまれるにしても事件現場から脱出自体はできる。
事件現場にそのままいるよりも遥かにマシなはずだ。
……待てよ。それじゃあ、犯人って。
犯人に気付いたであろう俺の様子をみていちしさんはクスリと笑って、その黒玉のような目を一層輝かせながら言った。
「そう、犯人は裏染英雄だ。事件発生時の十六時から死体発見の十七時までの間にアリバイが無い人物で、これができるのは彼しかいないんだよ」
裏染英雄が犯人。
「でもいちしさん、証拠はあるんですか? 英雄が犯人だという証拠が?」
証拠が無ければ、英雄を犯人だとして告発できない。
「証拠は
通話アプリの記録?
「あの、失礼かもしれませんけどそれがどうして証拠になるのでしょうか?」
「この通話アプリの記録を見てほしい。英雄がクラス全体に『東校舎で何か騒ぎが起きてるみたいだ。事件みたい』と送ったのが十七時五分。これは通話アプリの記録に残っているから間違いはない。それで常夜君、今回の事件が騒ぎになり始めたのは一体いつだったかな?」
俺は思い出す。
騒ぎになり始めたのは確か……君友が死体を発見して騒ぎ出してからだった。
それで、君友は俺といちしさんが死体の検分を終えた後にやってきたはずだ。
その直前にいちしさんが電話をしていて……電話が終わったのは五時十分……あ。
「そうか! 五時五分にはまだ騒ぎになっていなかったんだ」
「そうだ。その通りだよ。五時五分に『東校舎で何か騒ぎが起きてる』なんて送信できるわけがないんだよ。だって、そもそも騒ぎになっていないからね。そんな状況でこのようなチャットが送れるのは、
「そして、騒ぎになるなんてわかっていたのは、その時間に既に死体の存在を知っていた人物だけ。その時、死体を発見していたのは、ボクと常夜君、そして……犯人だけだ」
犯人は自ら脱出するために用いた策が自分にとどめを刺すことになってしまったのか。
「本来なら、ボク達が死体を発見した時点で騒ぎになると犯人は考えていたんだろうね。だけど、その状態でボク達が死体の検分を始めてしまったから、騒ぎになるのが遅れてしまった。屋上にいた英雄にはこのことに気づけなかったのみたいだけどね」
英雄は、最後まで俺たちの行動に振り回されてしまっていたというわけか。
「これでこの事件は解決だ。さあ、常夜君一緒にいこうか」
いちしさんはそういって立ち上がった。
「行くってどこへですか?」
「警察署に決まっているだろう。このことを小野さんに伝えて犯人を告発しないと。ついてきてくれないのかい?」
そういいながら、いちしさんは俺に手を差し出した。
「助手として当然ですよ」
そう言って俺は差し出された手を握り返した。
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