探偵の告白

?????

どういうことだ?

言っている言葉の意味としてはわかるが、理解ができないとはこういう事か?

彼女の状況的に嘘をついているとはとても思えない。

しかし、アオ探偵といちしさんが同一人物というのはどういうことだ?

まず、顔が違う。それに体のかたちとか、胸とか、声とか、歳も違うな、というより一番に違うものとして、性別がそもそも違うじゃないか。

アオ探偵といちしさんの合っている所を探す方が難しい。そんなレベルの話なのだ。

「整形手術でもしたのですか? なにかか逃れるために。」

俺は、混乱する頭の中では、この考えを出すのが精一杯だった。

「驚いたよ。当たらずとも、遠からずかな。」

彼女はそう答えた。

「ボクがこうなった理由について、順を追って話そう。まずはアオ探偵の末路についてからだね。」

「アオ探偵が行方不明になった二年半前のあの時、アオ探偵は、依頼によりとある大企業タウシグマ製薬の山奥の研究所へ向かったんだ。そして、研究所内で殺人事件が発生してしまった。色々と捜査し、その過程で、ボクはこの研究所の裏の顔を発見した。ここは、新薬の非合法的な研究機関で、それも、非合法的な人体実験までおこなわれていたんだ」

「非合法的な人体実験? そこまでしてどんな薬を事件していたんですか?」

彼女の話が突拍子もなく、混乱する頭で何とか会話を繋いだ。

「そこで研究されていた新規開発品の薬品は、人体改造薬。人間を改造させて、体のパーツから、体の大きさ、人種、性別まで何でも変更可能にする薬さ」

「そんな薬があるんですか? にわかには信じがたいですけど」

彼女の現実離れした話に何とか頭をついていかせる。

「ああ、ボクも実際にそれを発見するまでは信じられなかった。けど実在したんだ」

「そして、この時のボクの依頼はこれに関する事であった。非合法的な人体実験の情報証拠を持ち帰り、警察に引き渡す。実際、ある程度までは上手くはいった。だけど最後の、データを回収する際に、ボクの目的が奴らにバレた。仕方がないので、ボクは薬と回収したデータを持ち出し、小野刑事がいる所まで届けるつもりだった」

小野刑事とは確か今回の事件の捜査をしていた刑事だったな。なるほど、この時のからのいや、話の流れ的にもっと前からの付き合いだったのか。俺はそんな考えを巡らせる。

「しかし、ボクは、自身のささいなミスで逃げ場のない、下に濁流の流れる崖へと追い込まれたんだ。崖へと追いこまれたボクは なんとか証拠だけは残せないかとかんがえた」

「いくつかの方法を考えたけど手詰まり。そんな状況でボクは小野刑事達に証拠を渡せる方法を思いついた。ボクの体――死体を使う方法だ」

「思いついたボクは、証拠を飲み込んで、手持ちにあった薬でボクの胃の中に流し込んで隠した。そして、その後、下の濁流へと飛び込んだ」

「どうしてそんな事を?」

「この濁流に飛び込めば余程運が良くない限り、ボクは死ぬ。じゃあ死んだ後のボクの体はどうなる?恐らく、下流に流され川岸か河口かまあ水辺沿いで水死体として発見されるだろう。水死体が発見されれば不審な死体扱いで司法解剖が行われるはず。そうしたら、ボクの胃の中の入っているデータが見つかるはずさ。そうしたら、小野刑事達が証拠として処理してくれるはずとこう考えたからなんだ」

「無論、それが届かない可能性も十分にあった。濁流に飲み込まれたボクの遺体がぐしゃぐしゃになって原型を留めていなかったり、沖に流され過ぎて発見されずに魚のエサになってたりしたら、証拠は失われる」

「一方でおなじように川に落ちたボクを警戒した追手に先にボクの遺体のを発見されて回収される恐れも一応はあった」

「だけど、あの時のボクにとってあの選択が最良だと思った。だからボクは濁流に飛び込んで死ぬ選択肢をしたんだ。証拠を残す為に」

証拠を残す為に助かる可能性が低いとはいえ、自らの命すら犠牲にする。俺は彼女の恐ろしさを垣間見た。

しかし、彼女の言う事を鑑みるなら、彼女?いや彼か?はここには居ないはずだ。何故ここにいる?もしかして……?

「君もうすうす気づいているようだね」

彼女は俺が会話についていっている事を確認して続ける。

「そう、だけど、ボクの結末はいずれでも無かった。ボクは余程運が良かったんだ。いや悪かったというべきかもしれないけどね」

「濁流に飛び込んで意識を失ったボクはあの濁流の中で奇跡的に県境を超えた生野村というある漁村の近海まで流れ着いた。奇跡的に生きたままね。そして、意識を失っていたボクは当然近くの病院に運び込まれ、そして、そこで目ざめた。つまり、ボクは死ぬつもりだったけど運良く、あるいは運悪く生き延びてしまったわけだよ」

死ぬつもりだった彼女は運良く生き残った。

だからここにいるのだ。

だけど、それだと疑問が湧く。

「流石に病院に運び込まれたりしたら騒ぎになりませんか? アオ探偵有名人でしたよね?」

流石に漁村とはいえ、人が発見されたら騒ぎになるはずだ。それが有名人ならなおさらだ。

「いや、大した騒ぎにはならなかった。」

彼女は予想外の発言をする。

「理由は二つ。一つ目は、生野村には彼岸岬という自殺の名所があって、ボクはそこで身を投げて死に損なった人間だと思われたんだ。村人にとって、そういうのは大して騒ぎ立てる事の程でも無かった。なにせ死体は毎年揚がって来るからね。」

「そして二つ目は、ボクはその時もう竜王蒼の姿では無かった。ボクの体は今のこの姿――そう、芽生いちしという女になっていたんだ。全裸で、なにも持ち物もなく。」

彼女の口から告げられた衝撃的な言葉。

竜王蒼というと芽生いちしという女になった?

訳が分からない。

状況的に彼女が嘘や冗談を言っているわけではないのは容易にわかる。

しかし、大の男が女の子になるというのは冗談にしか聞こえない。

「ちょっと待って下さい。この姿...女になっていた? どうしてそうなったんです? 全く因果関係がわからないんですけど」

「君が驚くのも無理はないよ。ボクも最初は理由がわからなかったんだから」

「ボクが、証拠のデータを胃の奥まで流し込む為に飲んだ人体改造薬。あれが効果を及ぼした。ボクが飲んだものは、性別を女へと変えてしまう。そういう効果に設定されていたんだ。それそうとは知らずに飲んでしまったボクは、流されている最中に、薬の効果で女へと体が改造されてしまった。そういう訳だ。」

「意図しない効果であったが、それがボクに幸運もたらした。女になったボクを追手は追跡できなかったんだ。追手はボクが薬を使ったなんてのはわかりようが無かったし、仮にわかってたとしても、ボクが何の薬を使ってたかがわからなかった。薬の改造先の姿はいくつかのあったからね。ボクがデータを持ち出して逃げる際に時間稼ぎのために他の薬を駄目にしといたせいで尚更絞れなかった。追手はボクが生きている可能性までは考えてたみたいだけどまさか女になっている事までは考えていなかったらしい。だから逃げおおすことができたのさ」

「だけど、女になってしまったボクは無事では無かった。なぜなら、|」

「記憶を喪ったんですか?」

「うん」彼女は軽々しく言った。

「割合としては、恐らく5分の4喪った思う。竜王蒼時代の記憶を。今はなんとか4分の1位までなら思い出せる。どうせなら全て喪ってた方が色々と楽だったんだろうね」

「そんな状況で、ボクはこの先どうしようかと考えた。そして諸々の都合からボクは自分から何もせず待つ事にした。ボクが竜王蒼だとわかる誰かをね」

「何故待つ事にしたのか。それは記憶を失い、小野刑事達への安全な接触ルートが記憶喪失で不明な状況では、覚えてる接触ルートが追手に見つからずに機能するかがわからなかった。そしてどのルートも本当に正しいのかの確証が持てなかった。接触しようにもそれが正しいのか、危険なルートなのかが記憶喪失で記憶を喪ってしまっていたボクにはわからなかった。だからボクは悠長だけどどひたすら待って相手からの反応を待つという選択肢をとったんだ。身投げと薬の影響で、体がボロボロになってて暫く治療とリハビリに専念する必要があったってのもあるけどね。」

「そんな状況で、ボクは半年間、いつ自分が追手に見つかるかわからない状況と、体が女になった事などで起きる恐怖で震え、不安に押しつぶされる日々を過ごした。この時の自分を献身的に支えてくれた姉さんがいなければ、ボクはとっくに恐怖で駄目になっていただろう。」

命を狙われている上に、自分の体が自分のものではない。そんな状況での彼女の苦悶が如何ほどか俺は想像できない。そんな中ある単語が引っかかった。

「姉さん? お姉さんがいるんですか?」

「いや、実の姉じゃ無い。そもそもボクに実の兄弟の類いない。姉さんは、生野村で、女の子になってしまったボクに女の事を色々と教えて面倒を見てくれた人なんだ。ボクにとって凄く大事な人だ。話を戻そう。」

実の姉じゃなくて恩人か。まあそうだよな。

「ボクが村に潜伏してから、半年程のある日、ある人物が来た。小野刑事だった。小野刑事はボクがいなくなっても、半年間の間ずっと探してくれていたんだ。一応死体が見つかっていなかったから、まだ生きてる可能性を考えていたらしい。小野刑事は偶々近場の警察の愚痴を聞いている最中に、不思議な身元不明者がいるとの情報を聞きつけた。発見次期や場所も県境を超えているとはいえやや近いことなどから、かなり低い確率とはいえ、もしかしたらボクではないかと疑ったらしい。実際それはボクであったのだけれど」

「小野刑事はボクが小野刑事のことを見るなり開口一番で小野刑事しょうの事を小野刑事おのと呼んだから、嬉しい事にボクの中身が竜王蒼だって事は小野刑事はすぐに信じてくれたよ。」

「賭けに勝ったボクは小野刑事に虎の子の――命を使ってまで残したかったデータファイルを渡した。そして、小野刑事はボクの信頼に答えてくれた」

「このデータを使って、警察はタウシグマ製薬の一斉捜査を行った。結果、タウシグマ製薬が違法な人体実験を行っていた事が決定的になった。内容が内容であるために、表にはあまり出せなかったけど、相当数の重役や関係者が秘密裏に逮捕・処分されたらしい。これにより多くの研究機関が封鎖され、タウシグマ製薬は潰れはしなかったものの、その影響力を大幅に落とす事になったんだ。当然人体改造薬についても研究は一時凍結だ」

「これにより、事件は終わりでタウシグマ製薬が弱体化したことで一応のボクは身の安全を得たんだ」

「しかし、それによる代償は非常に大きかった。というのもボクは

「なぜなら、先程のようにボクは自身の記憶のほとんどを失っていたし、体もとても竜王蒼と呼べないものになっていた。そして――元の姿に戻ろうにも、戻り方も分からなかった。ボクが飲んだ例の薬はタウシグマ製薬の検挙の際のゴタゴタで処分されて製法は遺失してしまったし、研究チームは人体実験の関係者として処分されたからね。そして一部の無事だった人もほぼ軟禁されてで研究は凍結状態になった」

「だから、ボクは元の竜王蒼に戻る事はできなかった。勿論、探偵としても」

「だけれども、そんな状況でも人間、生きていかなければならない。ボクは過去を喪って、最古いちしとして生きていくしかなかった」

「だから、警察のコネで記憶喪失者扱いで――あながち間違ってはいないけれども――新たに芽生いちしの戸籍や身分をとった。そして、暫く――と言っても1年と少し位かな。生野村で最古いちしとして元の探偵としての自分をを取り戻せないか色々しながら静かに暮らしていた。だけど、それも長くは続かかなかった。というのも、ボクは姉さんとささいなすれ違いを起こして、仲違いをしてしまったんだ。それで、ボクは生野村に居られなくなってしまった。」

「生野村に居られなくなったボクは、新しい住処として、ここ――浜長にやって来た」

「何故ここにやって来たのか。それはボクの後ろ盾になってくれた小野刑事が、彼の故郷であるここでならボクの面倒を見ても良いと言ってくれたのが一つ」

「竜王蒼として元々住んでいた所は、奴らとのゴタゴタにより、火事で全焼して無くなってたのがもう一つ。仮に無くなって無かったとしても、奴らに目をつけられてた場所になんて危なくて住めたものじゃないけどね」

「そうしてボクはここ浜長やって来たというなんだ。そこで普通の女子高生として過ごしながら何とか自分を取り戻せないかと色々と努力した。だけどそれは完全に裏目に出た。」

「ボクは元々男だった。そして、元々の年齢も君達と10以上違う。君達とは見た目は同じに見えるかもしれないけど根本は違う。ここにいて良い存在なのか? ではボクは一体何者なんだ? 記憶や体も違う自分は本当に竜王蒼なのか? そういった歪みをボク自身は改めて自覚してしまったんだ。そして、その歪みを認識する度に、ボクは竜王蒼であって竜王蒼ではない存在――竜王蒼だったものとでも形容すべきかな。――なのだという目を背けたい現実を理解せざるを得なくなったんだ」

「また、その歪みはさらなる弊害を生み出した。歪は、潜在的な恐怖となって僕自身が他人に怖気づき接触を極力断つようになってしまったんだ。そして――その歪みは君達の間に大きな壁を生み出してしまったんだ。ボク自身が無意識のうちに」

彼女の何となく近寄り難い雰囲気、そして、俺達が彼女との間に感じていた壁は彼女自身の「自分は異質な存在である」という歪みが無意識が生み出してしまったものだったのか。

「ボクにはそれを自力でどうにかする事も、する方法も知らなかった。かと言って誰かに助けを求める事もできなかった。誰に助けを求めたら良いのかわからなかったからね。そうしてボクは抜け出せない無限の苦しみを味わう事になったんだ。半分自業自得ではあるんだけど」

そして彼女は憔悴しきった表情で次の事を言った。

「そして、もう限界だった」

やはり、彼女は寂然と落ち着いているように外面は見えただけで、中身は、心は限界だったのだ。俺はそれを改めて感じた。

「そしてその絶望的だった状況に君に救いの手を差し出され、それを掴んで今ここにいてボクの身の上を君に説明しているというわけ」

「これが、竜王蒼――アオ探偵の末路さ。アオ探偵は、ある事件の証拠を残そうとした結果、証拠品の薬を飲み、結果として女の子の最古いちしとなって今ここにいるんだ。ボロボロの精神の状態で。しかも、大の大人が高校生に助けを求めた。哀れだろう?」

かつての名探偵は、複雑多岐にわたる出来事せいで女になってしまって、名探偵だったものになってしまったのか。

「プライドに取り憑かれ、助けを求められない人間よりは哀れではないと思います」

俺は答える。少なくとも、俺は彼女を哀れだとは思わない。

「そうなのかい。なら哀れでないならボクはなんなのだろうね」

しばしの沈黙。

そして、俺は質問する。

「あなたの身の上は理解しました。正直色々と信じがたいですけど。けど、それでどうして事件に関わろうとするんですか?」

 

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