壊れた存在
「君は壊れた存在と契約する覚悟はあるのか?」
彼女の今まで感じた事のない様な重さの言葉に 俺は驚き、言葉が返せなかった。
俺の様子を見た彼女は、再び確認するように言った。
「君は壊れた存在と契約する覚悟はあるのか?と僕は聞いているんだ」
状況がいまいち飲み込めない俺は沈黙で彼女に返した。
彼女はそれを聞き、少しばかり目を閉じた。
そしてやがて、ゆっくり語り始めた。
「そう。僕はここに来てからずっと一人だった」
「別にそうしたかった訳じゃな」
「そうじゃない道を歩もうとしたーーだけどできなかった、いやできないんだ」
「僕と君達を分ける大きな亀裂」
「君達との住む世界を分ける果てしない壁」
「僕はある事件により、僕は僕自身を目茶苦茶に壊してしまった」
「目茶苦茶になった僕を誰かに助けて欲しい。僕の正体を、僕の本心を、僕の弱さを誰かに知ってほしい」
そんな程度の事なら構わない。
俺はそう答えようとした。
しかし、それを言前に彼女は言葉を続ける。
「だけど、それを伝え、僕の正体を知れば、君は僕から決して逃れなれなくなる運命になってしまう」
「君は僕を助けたい。そう言っていたね。だけど、君にはその覚悟はあるのかい? 最期まで僕と運命をともにする覚悟が」
空間に亀裂が走る。
彼女は今まで嘗てないほど神妙な様子でこちらを見つめながら言った。
彼女にはただならぬ事情がある、それは何となくわかっていた事だ、しかしその事情は俺が思っていたものより何倍も深刻であることを彼女の言葉の重みから理解した。
「もし君にその覚悟がないのであれば、今すぐ家に帰り、これ以上事件に関わるのをやめて、と言っても巻き込んだのは僕だけど、解決するまで僕達に任せて家でのんびりするべきだ」
「でないと、君は自分が思っている以上の出来事に関わることになる」
しばらくの、まるで石の様な静寂が広まった。
その静寂の中俺は逡巡した。
彼女と俺の間にある見えない亀裂。
彼女は今、まさにその向こうから俺に助けを求めている。
冷静に考えれば、俺は彼女の事情はさして知らない。
何となく助けて欲しそうにしているように見えた。ただそれだけだ。
俺は、素直に彼女の警告を聞き入れ、帰るべきなのだろうか。普通の人ならそうするのだろうか。
だけど俺は……この時を待っていたのだ。
俺は、彼女の黒色の瞳を見ながら、自分の右手を彼女のに差し出した。
彼女のいう亀裂の向こうへと。
「この手を掴む前に聞いておきたい」
「どうして君はそこまで、僕を助ようと言うんだ?」
「支離滅裂で目茶苦茶な事を言っているこの僕を。正体不明なこの僕を」
俺は答える。
「俺は貴女が近づいてくれるのをずっと待っていました」
「貴女のいう亀裂の向こうから、貴女が助けを求めるのを。それでは駄目ですか」
これは俺の混じりっけのない本心だ。
彼女に伝わってくれればいいのだが。
「……わかったよ」
「君の覚悟は伝わった」
そう言いながら、俺の差し出した右手を、彼女の自身の右手で握り返した。にっこり微笑みながら。
握り返した彼女の手は今まで触ったことのない柔らかさで、じんわりと温かさが伝わってきた。
良かった。俺の本心は伝わったようだ。
「これで、君は僕から逃れられないし、僕は何があっても離れない。最期まで一緒だ。いいね?」
俺の顔を見ながら彼女は言った。
その瞳は今まで見たことがない、まるで黒玉のような輝きを放っていた。
その黒玉のような輝きの映る俺は、静かに大きく頷いていた。
それに答えるように、俺は彼女の握った手を引いて、彼女を亀裂の向こうからこちらへと手繰り寄せた。
「不束者ですが、俺で良ければこれからもよろしくおねがいします」
「こちらこそこれからよろしく」
彼女はそう言いながら、俺の手を引き歩き始めた。
女の子は思えない強い力で。
「何をするんですか?」
俺は思わず聞いた。
「何をって場所をかえるんだ。君には僕の正体を話すとさっき言っただろう。正体を話すにいい場所を知ってるんだよ」
彼女の手の温もりを感じながら、俺は彼女のなすがままそこへと導かれた。
……女の子の手を握った事は多分二回目かな。
そんな事を俺は思いながら。
彼女に手を引かれ、たどり着いたのは新校舎qのある部屋だった。
標識を見ると放送室と書かれてある。
「うちの高校に放送室なんてあったんだ。」
あることに初めて知った。
「君が知らないのも無理はないよ。ここは新校舎の端にあるし、先生達は校内放送は手持ちのPHSで行う。基本使うのは生徒だろうけど、生徒達が校内放送をすることなんてまず無い。やるにしても先生のPHS借りるだろうしね。だから正当な使い方をされる機会はまず無いんだ」
彼女はそう言いながら放送室の扉を開けた。
どうやら鍵はかかっていないらしい。
「鍵かかってないんですね」
「うん。どうやらここの鍵は壊れてるんだ。内側からならかけられるのだけどね」
そう言いながら、彼女は放送室に入り電気をつけた。
俺も彼女に続いて放送室に入った。
部屋の広さはは六畳位だけど、放送設備や備品やらで二畳位はうまっていた。やや狭いは人が数人位なら入れるだろう。勿論、中には他に誰もいない。
そんな事を考えていると、後ろでガチャリと錠を回す音が聞こえた。
いちしさんが放送室の鍵を部屋の内から閉めたのだ。
鍵を閉めたいちしさんはこちらを振り向き、
「これでここには君と僕とでふたりっきりだ」
「ここはしっかりと防音してあるから、外に音が漏れる事もない。秘密の会話にうってつけってわけだ」
「ここなら、他の誰にも聞かれずに、僕の事を話せる」
「覚悟は良いね? 今ならまだ引き返せるよ?」
彼女は最後確認を俺に取り始めた。
「くどいですよ」
俺はそう返した。
それ聞いた彼女は静かに目を閉じ、
「念の為。じゃあこれから、僕の全てを、と言っても一部どうしても話せない事があるけど、君に話すよ」
そう言いながら目を開けた。
その彼女の目は、まるで黒玉のような輝きを放っていた。
「これから話す事は君には信じられない事かもしれない。だけれども嘘は絶対に無いと誓う。言えなかったり、隠したりすることはあるだろうけど」
「僕の事を話すにしても、色々とあるから何から話せばいいのか分からない」
「だから、まずは、僕が何者であるかを話そうとおもう。」
「その前に君に聞きたい。君はアオ探偵という存在を知っているかい?」
「アオ探偵ですか?名前位なら聞いた事はありますけど」
アオ探偵は数々の事件を解決した、名探偵だったはずだ。ネットとかテレビで一時期話題になっていたのを覚えている。ファンも結構いたとか。だけど、確かに二年半位前から失踪して行方不明になっているらしい。噂によると、ある事件の捜査をしている際に消されたとか何とか。そういえばそんな事をSNSの記事で読んだ記憶がある。まあ、俺自身あんまりそういうのには興味が無かったのだけれども。本名は何だったかな……
「ボクの事を名前だけでも知っててくれるようで嬉しいよ」
「ん?」
彼女の台詞が明らかにおかしい気がする。
「黙ってても始まらないし、早速話すよ。そのアオ探偵、
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