簡単な侵入経路
非常階段の調査を終えた俺といちしさんは今1−5の教室の前にいた。
事件現場である1−4教室の隣の教室だ。
1−4の教室の前を通りかかった時、いちしさんから聞いていなかったあることを思い出した。
「いちしさん聞き忘れていたのですけれども」
「なんだい?」
「先程、1−4にいた時、校舎に入るのは簡単だって言ってましたよね? 犯人はどうやって入ったのでしょう?」
「ああ、そのことだね」といちしさんは返し、続ける。
「そうだね、じゃあ犯人がどうやって三姉妹に見つからずに東校舎に犯人が侵入したのか教えてあげよう。教室の中でね」
そう言うといちしさんは教室に入って行った。
俺も続いて教室に入った。
いちしさんは適当な机にすわっていた。
相変わらず、足は開いたまま。
……男みたいな座り方するんだな。
「簡単にこの旧東校舎に入れるってどうやるんですか?」
俺は聞きながらいちしさんの前に座った。
「そうだね、教えてあげるよ。だけど、トリックは驚くほど簡単」
「じゃあまず、幾つかの確認をするよ」
「常夜くんと君友君が旧東校舎の掃除を終えたのは十五時半で間違いはないね?」
「はい、俺と君友はその時間に掃除を終えて図書室へむかいました。旧東校舎には生徒はのこってなかったと思います」
「ふぅん、成る程ねぇ、じゃあ三姉妹が中庭でおしゃべりを始めた時間はいつだったかな?」
「確か十六時からだったハズです。……あそうか」
「気づいたかい? とても簡単な話だよ」
「常夜君達が片付け終わった時間と、三姉妹が中庭に来た時間の間には三十分の時間的猶予あるんだ。誰にも見咎められずに東校舎入るチャンスがね」
「犯人はその三十分の間に東校舎に侵入したのですね」
考えれば、驚くほど単純なことだ。
「そういう事。だけど、犯人はこの事を知っているかは微妙だけどね。僕は知らなかったと思う」
「知らなかった……?」
「うん。三姉妹が中庭に来るかなんてわかりようが無い事だから」
「それじゃあ、この現象は偶然起きたって事ですか?」
「そういうこと。だけど、正確には犯人は被害者と待ち合わせる際に、十六時より少し早く――五分か十分かは犯人の性格によるだろうけど、仮に十分前十五時五十分としようか――東校舎向かったんだ」
待ち合わせの時間に少し早く来るのは、人にもよるがおかしくはない。
保が十六時に中庭に現れているが、これは単に保がそういう性格だったというだけだろう。
「そうやって誰にも見られずに事件現場に入った犯人は、約束の時間まで1-4で待った。十六時になって中庭に三姉妹がやって来ておしゃべりを始め、保が中庭を通って東校舎に入った。こうして東校舎に被害者が入ったのは目撃されたけど、犯人は目撃されていないっていう状況の完成さ。簡単だろう」
東校舎の衆人環視の密室が完成した理由は、単に、中庭にだれもいない時間に通ったから、だったのか。
これで、後は脱出の方法さえどうにかなるならば、東校舎の密室は解決することになる。
ここだけの話、俺も脱出トリックについては考えていた事があった。
だけども、今回の事件には使えない、というより使うことが出来なかった事を俺自身気づいている。
……それでも、いちしさんに聞いてみるだけ聞いてみようか。
「一応、俺も考えていた推理があるのですけど良いですか?」
「なんだい? 僕で良ければ聞いてあげるよ」
「では、お言葉に甘えて……そうですね、死体が発見されたとなれば大騒ぎになりますよね」
「うん、普通はなるだろうね」
「そうなると、東校舎には野次馬とかで結構な数の人間が来ると思うんです。そうなると1-4教室の前などは結構な数の人間でごった返すはずです。そうやってごった返しているところに、今いる1-5教室とかに隠れていた犯人がしれっと混ざる。そうやって混ざった犯人は野次馬にまぎれてこっそり現場から脱出。どうですかね?」
一見脱出出来そうなこの方法だが、俺自身も気づいている致命的な問題点がある。
「よくある手だね。だけど少なくとも今回の事件では使われていない。犯人は使おうと狙ってた可能性はあるけどどね。だって死体を僕達が発見してから、東校舎には君友君しか入っていないんだもの。死体発見後、騒ぎになった後も育田先生が僕達と一緒に死体を確認しに入っただけで誰も東校舎には入れなかった。警察が来るまで僕達が東校舎の入口を封鎖してしまったからね。そして、事件後はさっき言った人しか東校舎から出ていない。中庭には人はいたかもしれないけど、東校舎には誰も人は居なかったと言い切れるね」
そうなのだ。
このトリックを実行する為には人だかりが出来ないといけないのだが、東校舎はいちしさんが手早く封鎖してしまったせいで、最低限の人数しか入れなかったのだ。
そして、俺達が先生と死体の確認をしている最中も君友や三姉妹に東校舎入口を見張ってもらっていたが、俺達の他誰も出ててこなかったと証言してくれている。
これでは、野次馬にまぎれて脱出する。という手は使えない。
「やっぱり、そうなりますよね……」
ダメ元の推理だったとはいえ、あっさりと看破されてしまった。
「じゃあ、いちしさんは犯人の脱出方法について何か検討はついているんですか?」
「ついてはいるけど、実際に確信できるまでないしょかな」
またはぐらかされた。
……はぐらかされたと言えば。
「すいません。また質問なのですけど良いですか?」
「かまわないよ」
「いちしさん自身の事について聞きたいんですよ」
俺は、頭を下げていちしさんにお願いする。
「僕自身の事について? かまわないけど、どういうことなんだい?」
「ねえ、いちしさん。あなた一体何者なんですか?」
下げた頭を上げながら俺は言った。
空気が鉛のように重くなる。
「何者って、どういう事だい?」
いちしさんは鋭い、今までと明らかに違った声で言った。
「考えても見て下さい、死体を見たときのあなたの反応や、警察のあなたに対する扱い。明らかに普通の人間ではありません。そして俺はあなたの正体に気づいているといいました。それは一体どういう事なんですか? 貴女は何故ここまでして事件に関わるのですか? 説明して下さい」
それを聞いたいちしさんは俯いた。
聞いてはならぬ事だったのかもしれない。
空気がかたまり、まるで時間が止まったかのような静寂が広がった。
「君は壊れた存在と契約する覚悟はあるのか?」
そう言いながら、顔を上げた。
その目は、深淵のように真っ黒に輝いていた。
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