非常階段
階段を登るとカンカンという金属の音が響く。
いちしさんの先導の元、階段を上り最後の踊り場まで出ると、目的の三階の非常口にまでたどり着いた。
地上ではそこまで感じなかった風だが、階段を登るにつれだんだんと強くなり、三階に来るとそれなりに強くなった。
高い所は周りに遮るものがないから風が強い。というのを思い出した。
地上を見渡すと濱長の景色が広がっていた。
まずは周囲を調べる。
踊り場広さは大体二畳強くらい。
入れるのは詰めて四人か五人が限度だろうか。
床はくの字の凸が入った鉄の板で(後で知ったのだが”縞鋼板”というらしい。)古いのか床の端が少し錆びていた。
流石に抜け落ちたりするほどは傷んでないみたいだけど、狭さもあって足元はやや不安定に感じる。
こんなので有事のときに役に立ってくれるのだろうか。
そしてその床を囲うように落下防止のために高さ80センチの安全柵が全周に貼られていた。
ふと後ろのいちしさんが気になって振り向くと立って腕を組んだまま、床、そして非常口の上へと何度も確認するように視線を向けていた。
そのいちしさんのスカートの端が風でたなびいていた。
おっといけない。
見てはいけないものを見ないようにするのも含めて、非常口そのものに目線を向ける。
下のものと同じように、やや煤けた色で扉の真ん中にデカデカ「非常口」と掲示されていた。
体を近づけて調べる。
非常口は壁に埋め込まれている形で、ドアの上にとても隙間と言えるようなものはなかった。
高八十センチぐらいの位置にドアノブがあり、それには非常時用のカバーがついていた。カバーが傷んでいた形跡は無かった。つまり開けられてはいないということだ。上がってくる時に、一階や二階ドアノブも調べたが、しっかりとカバーはついていた。そのまま目線を上にやり、先ほど言っていた屋上まで登れないか、どうか確かめるために校舎の壁を屋上に続くまでゆっくりと舐め回わすように調べる。
見たところここから屋上までの高さは約四〜五メートルと行ったところだろう。
身長170センチの自分ではジャンプをした所で屋上まで半分届かないだろう。
柵やドアノブを使った所で焼け石に水だ。
校舎の壁につかんだり指を入れられそうな所はないか調べてみたがそんな便利なものは無かった。
壁に傷か、何かないかと調べてみたが目立つ傷はなく、白磁のようにきれいであった。
まさしく白磁の万丈の絶壁というものがそびえ立っていた。
いや万丈ではなく1.5丈位の壁なんだけれども。
屋上からここに飛び降りる事なら出来そうだけど、それだと屋上まで登る方法が無い。
屋上からロープか何かを垂らせば登れそう……か?
いや、ロープをかけて登ったような足跡がついていないな。
ならはしご?
あそこまで届くような長いはしごをどうやってここまで持ってきて処分したのか。
物を使わない登り方なら肩車とか。
二人係で肩車すればなんとか届く可能性はあるかもしれない。
踊り場自体が狭く、不安定な事に目をつぶればだが。
「どうだい? 屋上へはあがれそうかい?」
いちしさんは踊り場で腕組みして立ちながら言った。
「うーん。飛び降りるならできるかもしれませんけど登るのは……。例えば二人組で肩車でもすれば届くかもしれません」
「肩車? なら試してみるかい? 君が上になるならやってあげてもいいけど」
「なんで俺が上なんですか、普通逆でしょう」
「持ち上げられないとでも思っているのかい? 残念。僕ならそれくらい簡単な事だよ。だけどやめておいた方がいいと思うけどね」
それはどう言う……と疑問を口に出そうとすると、さっきから吹いていた風が強くなった……と思ううちにそれが一陣の風となって吹き寄せた。
吹き飛ばされそう。
そう思った俺は咄嗟に手すりを掴んだ。
そしていちしさんが心配になった俺は彼女の方へと目をやる。
!黒。
いちしさんは風になど動じぬと言った様子で腕組みしながら平気で立っていたがそれが災いした。
あるいはスカートがそういうものであると失念していたのかもしれない。
無慈悲にもスカートは風に煽られ、いちしさんの下着を公開してしまっていた。
しかし、それに気づいているのかいないのか、あるいはわかっていないのだろうか、いちしさんが気にせず口を開く。
「今みたいにこの季節、この高さの場所にはさっきみたいな強い風が時たま無作為に吹く。地に足をしっかりつけているなら問題は無いだろうけど。だけど、肩車なんかしようものなら、風に煽られて地上へ真っ逆さまだろうね。最も肩車に限らず、他の不安定な方法で時間をかけて登ろうものなら結末は同じだろうけど」
いちしさんの言う通りだ。(本人が何も言わないなら触れないでおこう)
すぐに昇り降りできる方法ならともかく、そうじゃない方法ならもたもたしているうち、風に煽られて滑落し地上へ直行だ。
ロープで登るにしろ、はしごをかけるにしろ、肩車してリフトアップするせよある程度の時間がかかるし不安定でリスクが高すぎる。
風が吹く時間がある程度の予測ができるならば、なんとかなるかもしれないが、気象予報士でも予想は無理だ。
やはり、今思いついている方法では、ここから屋上へ登るのは難しいだろう。
俺の推理をするには”風の影響を受けにくい登り方”と”風の効果を受けにくい降り方”の2つが必須なのだ。
「なるほど、俺の推理をするのは難しいってのはこういう事だったんですね」
「そういうことだね」
「僕はここでこれ以上調べるものはない。君の気が済んでるなら別の場所を調べたいんだ」
「わかりました。それじゃあ下に降りましょうか」
今の所これ以上調べられそうなところはないと思った俺は同意して階段を降り始めた。
後ろからいちしさんも続いて階段をおりる。
階段を降りきり、地上についたところで、いちしさんが口を開いた。
「あ、そうそう」
「さっきの事についてだが、あれは僕自身久々だったからうっかり失念していたよ」
口から心臓が飛び出そうになる。
「ごごごごごめんなさい」
俺は慌てながら反射的に頭を下げた。
「なにも謝ることは無い。だけど、僕はお……」
そこまで言った時、いちしさんは一瞬言葉を詰まらせる。
だがすぐに、「所詮下着だ。大したことは無い」と言ってそれ以上言わなかった。
いちしさんは本来何を言おうとしたのだろうか。
しかし、下着を見た負い目がある俺はそれ以上聞くことができなかった。
「そうそう、常夜君の推理についてなのだけど」
いちしさんは話を変えるかのように言った。
「非常階段一階にいた地崎君は三姉妹が中庭にいることなんて知りようがないよ。だから、非常階段を使って旧東校舎に入ろうなんてこと思いつくわけないんだよ」
確かにそうだ。
「でも……中庭を通ろうとした時に、三姉妹に気づいて引き返して……それで非常階段を使うルートを考えついた可能性も……」
自分で言っていて苦しい言い訳だ。
「それなら、何故地崎君は登攀器具を用意してい登るなんていう方法を選んだんだい? 三姉妹が中庭にいたのは偶然だろう? そうだね、僕なら音を立てて注意を引いてそのうちに校舎への侵入を試みるとか、いずれにせよ非常階段登って無理な侵入をするよりももっとうまい方法を選ぶさ」
俺の悪あがきは簡単に言い返されてしまった。
というより。
「気づいていたなら言って下さいよ」
「まあ、着眼点は悪く無かったからね。僕もここに来たかったのは確かだし」
「それはどういうことですか」
「もう1つ、あることを調べて確信したら教えてあげるよ。それまでお預けだね、さて、このまま外にいるのもあれだし、一旦教室へ戻ろうか」
そういいながらいちしさんは校舎に向かって歩きだした。
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