現場再び
いちしさんとの約束の時間の十五時過ぎに濱長北高校の校舎玄関前についた。
待ち合わせ場所の、校舎前の「再誕」像の前には誰も居なかった。
いちしさんは、まだ来ていないのか?
……いや。近くに誰か居るな。像の台座の裏かな? そう思いながら裏に回る。だが、そこにはには誰も居なかった。
「残念。そっちじゃあないよ」
そんな声が聞こえると同時に、何かが俺の左腕を引き寄せた。
左腕から信じられないほど柔らかい感触。
「こんにちは、常夜君」
これ……胸……当たってる。
左を向くと、俺の左腕を小脇に抱えた、長い黒髪の学生服を着た女の子がひとり。
いちしさんだ。
いちしさん。その、豊満な貴女のものが私の左腕に当たってるんですけど……
「こんにちは、お待たせしてすいません」
本心が顔に出ないように繕いながら、言葉を紡いだ。
「そんなに待ってないから大丈夫だよ」
「ならよかったです」
流石に言った方が良さそうだな。
「あの、いちしさん、その、……」
「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだい?」
「……わかりました。 胸が当たってます」
それを聞いたいちしさんは一瞬ん? という表情をした後、「別に良いんじゃないかな? Iカップが減ったりするわけでもないだろうし」といいながらこれ見よがしにおしつけてきた。
Iカップ? それって相当な……爆乳なのでは。
馬鹿、何を考えている。失礼だろ!
俺はそれをやさしく振り払い、「もっと自分を大切にした方がいいとおもいますよ」と返した。
「意外と紳士な方なんだね」
「そういう問題ではないとおもいます」
そういいながらいちしさんの服装を一瞥し、思った事を口に出す。
「学生服なんですね」
「学校に来るならやっぱり学生服だと思ってね。君はどの服を着れば良いのか分からなかったから学生服を来てきたというあたりだろう?」
図星である、いちしさんの前でどのような服を着れば良いのか分からなかったので、学生服を着たのだ。
心の内を当てられた俺は、いちしさんから目をそらすように学校へ目を向けた。
学校からは不気味な程のしじまが広がっていた。
「不思議に思うかい?」
こちらの疑問を察したかのようにいちしさんが聞いた。
「ええ、静かすぎます」
「この学校は今立ち入り禁止状態で、生徒はおろか先生すら立ち入りが制限されている。今、この学校にいる生徒は僕と君だけだろう」
事件があった現場なので、現場保存のために立ち入りが制限されているのだろう。
つまり、この学校は今、ほとんど無人というわけだ。
「無人の学校なんかに来て、何をするつもりなんですか」
俺は、いちしさんがこれから何をする目的なのかを聞いていない。
「そうだね。現場に向かうまでの間に用件を話そうか」
先行して下駄箱で靴を履き替え、廊下から二階階段を登り始めたいちしさんについていきながら聞く。
「僕が君を呼んだ理由。それはこれからこの学校で起きた殺人事件の捜査をするためさ。事件を解くためにね」
「事件の捜査?」
「そう、事件の捜査だ。警察がある程度調べたとはいえ、まだ何かあるかもしれないからね」
事件の捜査、彼女はやはり自分でこの事件を解決するつもりらしい。
「それで、君にはその助手やってもらいたい」
「では俺は結局何をすればいいんですか?」
「やってほしい事はその都度指示するよ」
「その都度指示? わかりました」
俺は数日前にいちしさんの助手になる約束を交わしたのだ。
それ自体はいい。
しかし、何をすればいいのだろうか?
そんな事を思いながらふと周りを見渡すと三姉妹がいた中庭であった。
中庭から東校舎へと顔を向けた。
中庭から東校舎の入り口には鎖がつながれていた。
そしてその脇に警官が一人立っていた。
入れるような雰囲気ではないな。
それを見たいちしさんは警官に向かって走っていき、何やら幾つかの言葉を交わした。
そしてこちらに、帰ってくるやいなや「僕達は入れてくれるみたいだよ。さっ行こう」と急かすように俺のてを強く握って引っ張った。
引っ張る手がかなり痛い。女の子にしては強い力だ。
いちしさんに引っ張られた俺達の体の行き先は1-4教室だった。
あの時のようにドアを開け、教室に入った。
教室は二日前と同じように乾いた緋色の毛氈が広がっており、その真中に人の形を縁取った線が置かれていた。
俺がこの殺人現場にくるのはこれで二度目だ。
慣れないという訳では無いが、厳かな感覚がする。
そんなこっちにも目をくれず、いちしさんは避けて置いてある机の1つに鞄をのせた。
その後、「常夜君。頼みたい事があるんだ? いいかい?」とこちらに頼み事をしてきた。
「なんですか?」
「これから僕が外に出て、教室にいる常夜君に声をかける。聞こえた場合は連絡してくほしい。わかったかい? あ、事件当時の状況再現のために窓とカーテンは全部閉めてね」
「わかりました」
「それじゃあ。外に行くよ」
いちしさんはそう言いながら教室の外へと出て行った。
そして、少し待つ。
何も聞こえない静寂の時間が流れた。
その静寂は、スマホの着信音で破られた。
スマホを見るとチャットアプリから連絡が来ていた。
無論、相手はいちしさん。
チャットアプリには「聞こえていないみたいだね」とだけ打ち込まれていた。
俺は「はい、そうです」と返した。
さらに返信。
今度は「常夜君の方から叫んでみて」と打ち込まれていた。
それを見た俺はできる限りの声で叫んでみた。
そうやって三十秒程で叫ぶのをやめた後、ちょっと時間がたった後。
いちしさんから「叫んだ?」というメッセージが。
俺は、「叫びました」と返す。
そのメッセージに既読がついてから少し経った後、いちしさんが教室に入って来た。
「どうやら、中庭から教室には声は届かないようだね」
そう言いながら。
「そうみたいですね。いちしさんの声全く聞こえませんでしたし」
多分だけど、教室なので割と十分な防音がされているのだろう。
そして、カーテンを閉めていると、それがさらに強化されるのだ。
「これで中庭の音は1−4教室には聞こえないし、逆に1−4教室の音も中庭には届かない事がわかったね」
だから、中庭で多少の騒ぎがあったとしても聞こえないだろうし、それは逆に1−4教室で何かあったとしても中庭にいる人間には聞こえないという事になる。
その鞄の中のファイルから1枚の紙を抜き取った。
そしてそれと現場の状況を見比べ始めた。
少しの時間の静寂。
静寂は「ちゃんと資料通りだね。」といういちしさんの言葉によって崩された。
「資料通り?」
「うん。この資料が現場の通りかどうかを調べてたんだ」いちしさんは手に持っている紙を軽く振りながら言った。
「警察の資料と現場の状態に相違があればそこから手がかりが掴めるんじゃないかと。」
「いつもこのスタイルで操作しているんですか?」
「いやいや、違うよ。警察の資料が無い事件も多いし何が起こるかわからない事件も多い。臨機応変だよ。」
「なるほど、臨機応変ですか。」
行き当たりばったりと心の中7ういう資料にもちゃんと目を通すのが基本だ。」
「わかりました。でも一般人の俺がきみつ……」
「駄目ならそもそも僕に渡さないさ。ああ、でも口外するのだけは禁止だよ。気をつけてね」
「なるほど。わかりました」
許可をもらった俺は空き机に腰をかけ、捜査資料に目を通した。
いちしさんは対面の椅子に座った。
その様子を見た俺は思う。
脚閉じて座ってほしいなぁ。
中が見える訳ではないのだけど。
資料を読むのに1時間位のかかった、難しいところはいちしさんが教えてくれた。
これにより常夜といちしは(いちしはもうしってるが)『各容疑者の証言』章の情報を得ることができた。
これ以降二人はこの情報を知っているという前提で捜査する。
「東校舎の窓と教室や特別教室の窓は全て内側から鍵がかかっていたと。これだと、教室からはおろか特別教室からも窓からは出られないですね」
「うん、そうだね。窓に何かしらの細工をした形跡は無かったよ」
仮に窓が空いていたとしても特別教室には鍵が無いと入れない仕組みになってる。
鍵を借りに行こうにも正当な理由なしでは貸してくれないだろう。
特別教室の鍵はかなり目立つところのキーボックスの中に置いてあるから、気づかれずに盗むのは不可能だし盗まれたという話もない。
そして、当日東校舎の鍵が借りられた記録はない。
無論、被害者は持っては居なかった。
当然、ピッキングをしたような痕跡もない。
つまり、犯人は鍵を持っていないはずなので事件発生の時は特別教室には入れなかった事になる。
「それじゃあ犯人が入れたのは、東校舎二階の教室と廊下ですか」
「屋上もあるよ。そしてそれに続く階段もね」
「ああ、それもありましたね。あんなとこ」
実はうちの高校の屋上には珍しく入れる。(表向きは立ち入り禁止になっている)
ただ、行っても特に何かあるわけでもないし、高校自体古い事もあって汚いので生徒は滅多に屋上へは行かない。
俺も入学初めに一度行ったきりだ。
「それじゃあ訂正して、東校舎の二階にある教室と、それに続く廊下、あとは階段と屋上ですかね」
「今の所はそうじゃないかな」
冷静に東校舎の現状を考えてみる。
西の中庭には三姉妹がいていた。
東の一階には職員室があり、常に先生たちの視線にさらされていた。
北は、ソフトテニス部が練習していた。
それじゃあ南とすると、地崎が猫とあそんでおたと証言している。
つまり、この東校舎は衆人環視の状況に近かったという事だ。
犯人は被害者を殺害後、これらの場所からどうやって脱出したのだろうか?
俺は地図に目を落とした。
どこか、……何か、抜け道は無いのだろうか?
ロープか何かを西校舎と東校舎を渡れるように張れば……。いや、無理だ。非現実だし、ロープをどうやって調達したのか。
非常階段を使えば……駄目だ、非常階段に繋がる特別教室には、先程述べたように全て鍵がかかっている。
特別教室を通らなければ、非常階段にはいけない。
うーん、非常階段……。
!
その瞬間ひらめいた。
「あった!」
ひらめきと同時に俺は叫んだ。
「あったって何がだい?」
「中庭を通らずに東校舎へ入れるルートですよ」
「へえ、どんなの?」
いちしさんは興味津々に鈍い光を放つその黒玉のような目をこちらに向けながら言った。
「非常階段を使うんですよ」
「非常階段?」
「非常階段から特別教室に入るのは無理だね。中に入るためのドアには、内側からしっかりと鍵がかかっているよ」
「違いますよ”そのルート”ではありません。非常階段のその上です」
「その上?」
「はい。説明しますね」
そういいながら俺は地図の、非常階段の三階に指をさした。
「犯人は非常階段を登ってその一番上、この場合三階の非常口になりますね。そしてそこの踊り場からなら屋上に登れるのではないでしょうか? 屋上に登れたら、あとはそのまま屋上通り抜けて階段を降りれば現場の1-4教室の前です。殺害後はこれを逆にすれば脱出も出来ます」
屋上の出入り口はいつでもはいれる。
濱長北高校の生徒なら大体の生徒は知っているだろう。
「なるほどね……」
いちしさんは感嘆の声をあげた。
そして、捜査資料を漁り、地崎現のある点をこちらに突き出しながら言った。
「だけど、十五時半から十七時までの間、この地崎君が非常階段一階付近で猫と遊んでいたはずだよ。そして、その時には誰も見なかったといっている。非常階段を昇降する人物をいくら熱中してたとしても見逃すとおもえないね。行くとき帰るときに2回も通るのだから。これはどうするんだい?」
そう、確かにこれに引っかかる。
だが、簡単な事なのだ。
「簡単な事ですよ”地崎が”犯人なんですよ」
「地崎君が犯人ってことかい?」
「そういう事です」
「まず、地崎はいつも通り非常階段の一階で猫と遊んでいるふりをします。それで、タイミングを見て非常階段を登り、三階までいきます。非常階段の三階のおどり場から屋上に登って屋上から校舎内に侵入。犯行後は先程の侵入経路を逆に通って、一階に戻り何食わぬ顔で猫と遊び直す。どうですかね? 俺の推理」
考えついた俺の推理。
少なくとも、君友のよりいいはずだ。
「目の付け所は悪くは無い……かな。けど、上手くいかないとおもうな」
「どうしてですか?」
「それは現場に行って実際に見た方が早いね。今から見に行こう。ついてきてくれるかな」
そういいながらいちしさんは資料を手早く封筒にしまい始めた。
俺の推理の何が問題なんだろう。
そんな事を思いながら、俺は荷物を簡単にまとめる。
俺が荷物を纏め終わった時には、いちしさんはもう資料を手にクラスから出て行った。
あわてて俺も追いかけた。
片付け速いなーと思いつつ。
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