家路
再び二人っきりになって三十分程。
俺はいちしさんに思い切って声をかけた。
「いちしさんにいくつか質問したい事があるんですけどいいですか?」
「なんだい?」
彼女は今までスマホに目を落していが、顔をこちらに向けた。
きっと、小野刑事からの情報を見ているのだろう。
いちしさんの反応を見て、俺は彼女に問いかける。
「では一つ目、いちしさんは密室殺人だと言っていました。それはどうしてでしょうか」
俺もまあ大体推測はついてはいるのだが、確認のために、いちしさんに質問した。
「この事件のが密室殺人だと言えるのは、まず、東校舎に侵入できそうな全ての窓や扉の類に内側から鍵がかかっていた。今、警察も調査中とは言え僕と概ね同意見だそうだ。鍵を閉めるのに何らかの工作を用いた可能性は考えられるけど、後で言う理由によりその線は薄いね。そのため、東校舎に侵入するルートは、西校舎から中庭を通って東校舎に入るルートしか無い。ところが、このルートは十六時から偶然中庭にいてお話ししていた三姉妹がずっと見ていた。まあ、見張るのが目的では無かったのだけれども。そして、その三姉妹……曰く、自分たちが見張り始めてからここを通ったのは、僕と常夜君、ついでの君友君を除くと
彼女は現状に付いて説明し、そして以下のように付け足した。
「ただ、この密室に関しては、犯人が予め予想して組み立てた密室、言い換えるなら計画的密室ではなく、犯人としては想定外で、たまたま最善の行動をとった、あるいは取ろうとした結果発生した密室ではいかと僕は考えているよ」
「三姉妹が中庭にいたのが偶然だったからですか?」
「そうそう、思った通り常夜君は流石察しがいいね。その通りだよ。なにせこの高校の普段の放課後の校舎の中庭に人なんてまず居やしない。居ることの方が珍しい位だ。そのまず起きない偶然が起きて偶々中庭三姉妹がいた。それにより、本来密室になり得ないえであろう東校舎は衆人監視の密室になってしまったわけなんだ」
確かに、俺自身放課後に中庭になんか行ったことはない。自分の教室である1−4にすら、放課後に来るのは忘れ物をした今日が初めてだ。
「だから、犯人は”密室になることを見越して予め用意をする”事が不可能なんだ。中庭には普段はまず人が全く来ない場所だったからね。仮に人がいたとしても、長い間人が居座るような場所ではないんだ。おまけに三姉妹が中庭でおしゃべりしてる事なんて三姉妹以外、いや当の三姉妹ですら誰も予め知りようがない事。故に犯人は自分が東校舎という密室から抜け出すのに合鍵とかワイヤーやキーピックとかの予め準備が必要な道具は持ち込むような事はしない、いや持ち込めるわけがないんだ。未来が誰にもわからない以上、そんな物必要になるだろうなんて思うわけないからね。偶然持ってるようなものではないし」
犯人は自らが作り上げられない密室に巻き込まれたと言うことか。
「だから犯人は何かを使った大掛かりなトリックではなく、その場にあったものだけを利用したこまごまとしたトリックと機転を使って密室から抜けたと僕は今の所考えているよ」
「へえじゃあそのトリックはわかったんですか?」
「入る方法は既にわかったよ。東校舎へ三姉妹に見つからずに入るのは、実はすごく簡単なんだよ。誰でもできる。問題は出る方、これはまだ捜査中って所かな」
なんと、驚くべきことにいちしさんは既に密室への侵入方法は解けてしまっているらしい。
流石は探偵……だったもの? というべきか。(いちしさんの自称に合わせた)
「へえ、じゃあその入る方法とやらは何でしょうか? 俺、気になるんですけど」
「それはまだ秘密。まあ割とすぐに話すと思うから」そう言っていちしさんはもったいぶるような目でこちらを見返した。
そのいちしさんの様子から今聞き出すのは無理だなと俺は思った。
だから代わりの質問をぶつけるようにしよう。
「しかし、今まで三姉妹は常に本当の事を話しているという前提ですけど、実は三姉妹は犯人、あるいはその協力者で嘘をついている可能性はありませんか?」
これを口に出した後、「こういうやり始めるときりがなくなりますけど」と付け足した。
結局の所、この密室殺人を担保しているのは三姉妹の証言でしか無い。
事件現場が密室になっているのは三姉妹の証言が効いているからだ。
それはつまり、三姉妹次第でいくらでも密室ではなくなるのだ。
「三姉妹に注目するとはさすが助手君。」
黒玉のような目を投げかけながら、褒めてるのかよくわからない言葉が投げられた。
「けどそれなら逆に常夜君へ問おう。三姉妹が嘘をつく理由とはなんだい?」
「それは先程いった理由で……疑われないために」
「疑われないために嘘をついたはずなのに、余計に疑われたなら訳無いね。それなら、僕なら
「そして僕が三姉妹が嘘をついていないと思う理由としては別にそれだけじゃない。僕が三姉妹のカマをかけた時の反応を見たかい? 聞いたことに対して殆ど動揺を見せずに答えた。もし三姉妹が嘘をついているならば、もう少し動揺を見せたり、”ずっと見てたわけじゃないから見逃したかも”等と言って答えをはぐらかすはずさ。あそこまでしっかりと言い切って答えられるのは本当のことを彼女達は言っている可能性が高いと僕は思うよ。いずれにせよ彼女達の証言を疑うのはもっと捜査に行き詰まった時で良い」
「うん、まあ……確かにそうですね」
俺はそう言いながら一応はいちしさんに肯定した。
ああはいったものの、実は俺も彼女たちの様子を見るに、今の所は三姉妹が嘘をついたり犯人であるとはとても思えない。
「最後に、犯行時刻の間ずっと一緒だったってさっき言ってましたけど、犯行時刻わかったんですか?」
「犯行時刻についてかい? 詳しくは警察の調査次第だけど、僕自身では大体の推測は既についているよ。犯行時刻はおそらく今日の十六時から十七時のあいだだよ」
「どうしてわかるんですか」
「まず保健二、つまり被害者だね――は十六時に生きている状態で東校舎に向かっている所を三姉妹に見られている。このことから、保は十六時に東校舎にに入ったと考えて間違いはないだろう。そしてその後僕達が教室に入り、被害者の死体を発見したのは十七時をちょっと過ぎた頃だった。だから犯行事項はこの間だと考えられる」
「そして……嬉しい事にこの間の君と僕のアリバイは完璧に成立している。十六時から十七時の間は、常夜君達と僕は図書館にいた。目撃者は何人もいる。安心したまえ。この事件おいては僕達は完全にシロだ」
「シロですか……それなら良かった」
安心感を噛みしめる。
俺達にアリバイがあって良かった。
とりあえず俺達は犯人ではないということだ。
しかし、アリバイが自分程確定できる人間なんてそう多くはない。
放課後の時間であったとはいえ、まだ生徒は沢山残っているし、先生やそれを含めた関係者。下手すると外部から侵入してきた人間もからんでくるのかもしれない。
そしてその中に、被害者を殺した犯人がいるのだ。
俺は増えていく容疑者を思いながらこの事件を憂いた。
そんなこんなで俺が開放されたのは二十一時頃だった。
殆どの生徒に対しての事情聴取は既に終わっていたようで、開放されたのは俺が恐らく最後だろう。
事件が起きたので、生徒は基本的に親御さんが迎えにくるか、それが無理な場合は生徒同士で集団下校と言うことになった。
俺の場合は前者だった。
父親が迎えに来た。との連絡が来たので、俺は帰宅するために荷物を片付け始めた。
それを見たいちしさんがスマホ取り出し、通話アプリの画面をこちらに見せた。
「これ、僕の連絡先。必要な時にはこれで常夜君を呼ぶから」
「わかりました」
俺はそう言いながらいちしさんの通話アプリの連絡先を登録し、よろしくお願いします。と一言打ち込んだ。
いちしさんのスマホから、着信音がなったかと思うと、彼女はそのスマホの画面を俺に見せた。俺が打った『よろしくお願いします』の一文が写っていた。
これでお互いに連絡は取れるようになった訳だ。
荷物を片付け、玄関でいちしさんと小野刑事と一緒に待つこと数分。
玄関前に見慣れた父の車が現れた。
俺は車のドアを開けると自分の荷物を後部座席に放り込み、助手席に座る。
すると、見送りのためかいちしさんと小野刑事がこちらへ近づいてきたので窓を開けて迎えた。
「いちしさんは帰らないんですか?」
「僕はこの後、警察署で用事があるから小野刑事と一緒に行くよ」
「わかりました。気をつけて下さい。連絡待ってます」
「ありがとう。連絡は多分二、三日の内にするよ」
それを聞いた俺は窓を閉めた。
車が発進した直後、いちしさんはこちらを見送りするように茶目っ気たっぷりに手を降った。
俺はそれに答えるように小さく手を振り返した。
車が校門を出た後。
「災難だったな。第一発見者になるとは」
父さんが言った。
迎えに来てもらうあたり、この辺の事情は話してある。
いちしさんの事や助手になることは話して無いけど。
「まあ……ね」
俺は続ける。
「一応見慣れてはいるとはいえ、流石にね。お祖父ちゃんに感謝って所……かな」
俺は答えた。
それから、父は俺の事を察してくれたのか、何も返さなかった。
家に向かう帰路の間、沈黙が続いた。
……いちしさんの事は黙っておくか。
事情というか説明したところでややこしくなるだけだ。
聞かれたら答えればいい。
「ところでお前の横にいた……」
早速聞かれたか。
「あの刑事さんについて聞きたいんだがな」
そっちか。
「もしかして小野京介って名前じゃないか?」
「そうだけど。どうして知っているの?」
「ああ、やっぱりか。小野さんはこのあたりの出身でね。父さんが子供のときの近所のお兄さんといったところだったんだ。父さんが小さい頃結構お世話になってたんだ。東京の方で刑事になって、そっちで色々やってその後全国を回っていたけど、一年近く前に故郷のここへ帰って来たと聞いてはいたんだ。本当に帰って来ているなら、また機会がある時にでも挨拶しておかないとな」
「へえ、そうなんだ」
父さんと小野刑事は昔の知り合いだったのか。
「前小野さんが帰って来た時は、お前が赤ん坊のときだったか。その時、挨拶ついでにお前を小野さんにも抱いてもらったんだ。」
「え? 本当?」
以外な真実を聞いた俺は聞き返した。全く覚えていない。小野刑事が俺の名前に反応したのはそういう事だったのか。
「まあ、お前も赤ん坊だから流石に覚えてないだろうけどな。まだ生後半年とかそんなぐらいだったし。」
「じゃあ父さん、そんなに親しかったのになんですぐに挨拶にいかなかったの?」
「父さんも、帰ってきたと聞いたのは、つい最近、しかも噂でだからな。しかし、小野さんも帰って来ているなら連絡の一本位くれてもいいのに……前はくれたんだけど」
そんな父の昔の話を聞いていると、家にたどりついていた。
結局、帰路の間や家でもいちしさんの事を聞かれる事は無かった。
家に帰って風呂に入った後、母さんが用意してくれた遅い晩御飯を食べた。
その後、自分の部屋につき、ベッドに横になる。
すると、今までバタついていた事のために眠くなってきた。
ひと眠りするとしよう。
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