推理

二人が探偵だったもの芽生 いちし助手深見 永遠と言う関係になったその時、一人の刑事が部屋へと入ってきた。

 初老で白髪混じりの髪をきれいにまとめ親しみ易そうな、いい歳の取り方をしているのが見た目で判った。

 だが何となく、油断ならなさそうな、そんな老獪さが見える。

 こういう時は刑事二人で来るものではないのか?

 そんな疑問が浮かんだ。

 だが、いちしさんは初老の刑事を一瞥するなり、親しげに言った。

「こんばんは。小野おの刑事」

「ああ、こんばんは。久しぶりだね。君とこういう形で会うのは」

「うん。多分三年ぶりとかじゃないかな。僕の記憶が正しければだけど」

「南郷事件の時が最後だからあっているな。 最も、あの時とはお前は全く違うが」

「それはそうだね。 じゃあ初めてかな」

 このやり取りを見る限り、二人はかなり親しそうだ。少なくとも、つい最近の付き合いではないのだろう。

「すいません。二人は一体どういう関係なんですか?」

 俺の問を聞き、小野と名乗る刑事が答える。

「私はかつての協力者で力を貸して事件を一緒に解決していたんだ。そうだな言ってしまうならー」

「私達の関係はわかりやすくいうと探偵と刑事。そんな繋がりだったんだ」

 探偵と刑事 あらゆる作品で組み合わされる王道コンビ。

 二人はかつてそうであったのか。

 何か訳ありな感じはするけど。

 と言うよりも、彼がいるなら、俺がいちしさんの助手になる必要なんか無いのでは。

 そんな考えを見透かしたのか。

 (心配しないで、小野さんは刑事であって助手じゃないから。常夜君とはかぶらないんだ。)

 と耳元で囁いた。

 その様子を見ていた小野と名乗る刑事は警察手帳を見せながらこちらを向いて自己紹介を始めた。

「始めまして。私は小野 京介しょうの きょうすけだ。今回の事件を主に担当させてもらう刑事だ」

 しょうの? さきほどいちしさんは「おの」呼んでたけど。名前が二つあるのか?

 そう思いながら眺めた警察手帳には小野しょうのと書かれていた。

 なるほど小野おのとは多分いちしさんが使う愛称のようなものなのだろう。

 そんな事を思いながら俺も自己紹介をする。

「深見常夜です」

「深見?」

 小野刑事はその名前に聞き覚えがあるかのような反応をした。

 しかし、それを繕うように発言を続ける。

「ところで君は今回の事件での第一発見者だとは聞いているけど。いちしとはどういう関係なんだい?」

 その問いにいちしさんが俺の代わりに答えた。

「彼には今回の事件解決に協力してもらう事になったんだ。まだ僕の全ては話してはいないけど」

「協力者?」

 と小野刑事が聞き返す。

「彼を協力者とする事はお前にとって重要な、記憶を取り戻すのに必要なことなのか?」

「うん。必要な事さ」

 いちしさんは小野刑事を決意を込めた目で見ながら言った。

 記憶を取り戻す? どういうことなんだろう?

 そんな事を考えていると、「確か君は深見永遠と言ったね?」小野刑事は此方に向き直り聞いてきた。

 俺は、はい、そうですけど。とだけ返した。

 小野刑事は俺の方をじっと見つめた。

 俺は彼の視線に、思わず釘付けになる。

 まるで自分の全てを見透かされているような。そんな不思議な感じがした。

 小野刑事は俺の事を更に深く見つめた。

 俺の何かを調べてるような。

 何も言わなくても全て知られてしまうのではないか。

 そのような恐怖を抱いていしまいそうだった。

 俺は警察に糾弾されるようなやましい事はないはずだけれど。

 或いは、彼は俺を彼女の協力者として認めないつもりのかもしれない。

 それが普通なんだろうけど、嫌だ。

 そしてそれらの懸念は、「いちしがそういうなら、それでいい」という彼の意味ありげな発言で終わったのだった。

 彼の御眼鏡にはかなった……のだろうか。

 とりあえず俺は安心した。

 そんな俺の安心など無かったかのように、小野刑事はいちしさんに向き直り、声をかける。

「そこで、探偵はこの事件についてどう見ている? いやどこまで推理している? と言ったほうがいいか」

「そうだね、僕はこの濱永北高校の関係者が犯人じゃないかと見ているよ。それで犯人は1-4教室で被害者に呼び出された。けど、その際なにかのトラブルが発生し、結果、犯人は被害者の首をカッターで切り、殺してしまった。こんな所までは推理したよ」

 といちしさんは返した。

「ちょっとまって下さい。どうしてそんな推理ができるんですか?」

 俺はいちしさんの要領を得ない発言にを思わず突っ込んだ。

 それを聞いたいちしさんは一瞬ん? という表情になったが。

「ああ、そうか、じゃあ君たちにもわかるように説明するよ」

 そういっていちしさんは自分の推理を話し始める。

「では、まず被害者がなぜ1-4教室に向かって行ったのか。それから推理するとしよう。まず、常夜君と同じように何かの忘れ物などをしてそれを取りに向かったのか? その可能性は殆どない。そういった忘れ物をするのはたいてい自分のクラスだ。だが、被害者は二年生で彼の教室は新校舎にある。クラスはおろか校舎も違う。そして、僕は被害者の姿を1-4のクラスはおろか東校舎ですら見たことは無い。来た事も無いのに忘れ物などできるわけはないだろう。よって、忘れ物などを取りに来たという可能性は低い」

「では、被害者は東校舎の特別教室などに用があったのか? その可能性もない。特別教室には基本鍵がかかっているから鍵が無いと入れない。被害者はそういった鍵を持っていなかった。用があるなら普通鍵を持っているはずだ。そもそも、特別教室等に用があったなら1-4の教室になど入る理由がないしね。つまり、被害者は東校舎の施設に目的があってきたわけではないと考えられる」

「では、被害者は盗みなどの何かやましい事が目的で1-4教室まで来たのか。その可能性も低い。盗みが目的なら中庭に三姉妹がいる時点で諦めて帰るはずだ。盗みに入るつもりなのにその姿を堂々と他人に見せるバカがどこにいる? 三姉妹に気づかなかった? それはありえない。中庭に入れば三姉妹のおしゃべりは間違いなくきこえるよ。それにも関わらず東校舎へ向かっていったって事は、被害者は三姉妹がいることを知りながら別にみられてもかまわないか、むしろ都合のいい事が目的だったと考えられる」

「それではいったい何故被害者はこんな自分のクラスでもない、何かあるわけでもない所に来たのか。それは

「知っての通り現場がある東校舎は立地の都合上、放課後には殆ど生徒がいない。誰かを呼び出して密談なりなんなりするにはうってつけの場所だろう。まあ、今回は偶然中庭に三姉妹がいたのだけれど」

 被害者は誰かに呼び出されていた。

 いちしさんの推理によりそれはわかった。

 それは正しいと俺は思う。

 実際、俺といちしさんは何もなければ1−4で密談をするつもりだった。

 密談をするために1−4教室、或いは東校舎に呼びつけるというのは理にかなっている。

 だが、それだとあることと矛盾してしまう。

「しかし、誰かに呼び出されたと言っていまけど、その”誰か”はどうやって東校舎から入って出たんですか?」

 三姉妹が見た東校舎に立ち入った人物は、被害者を除くと俺といちしさん、そして君友の三人しかいない。

「それは後でまとめて説明するよ。東校舎に入るだけなら簡単なんだ」

 いちしさんは回答を一旦は先送りにした。

「それで、誰かについてだけれども、現状の事を鑑みるにこの濱長北高校の関係者の確率が高いと思う。その理由を今から説明するよ」

「まず物取り等の外部犯の可能性についてだけど、その可能性は非常に低い。こんな学校、しかも普通のクラスに、わざわざ物取りに入るような奴はそうはいまい。仮にいたとしても夕方の生徒がまだまだいるような時間には盗みに入らないだろうね」

「そして学校という場所はそこに所属する人物が非常に限られる。制服着た生徒と先生の大体二通りにね。このような状況だと、私服を着た大人や子どもなどは非常に目立つ。放課後とはいえ生徒はまだまだいたからね。まだ目撃証言を漁っている最中だろうけど、そのような人物がいればいとも容易く目撃情報として引っかかるはずだ。不審者としてね。そんな目立つリスクを犯してまで学校にはいくまい。それを抜きにしても、そういった人物が二人で会うならもっと別の場所、少なくとも学校外を指定するはずだろうね」

「一方で、学校関係者なら学校を密会の場所とするのは理にかなっている。入れる人間が限られるから外部からの人間に干渉されにくいし、見咎められても『遊んでいた』『説教を受けていた』などで誤魔化すのも容易だ」

「おまけに、犯人が呼び出した場所は人がほとんどいない事が多い東校舎だ。この事を知っているのは濱長北高校の関係者のみ。だから、犯人は濱長北高校の関係者だと言えるんだ」

 これを言った後、いちしさんは小野刑事に向き直り。

「これが僕が、濱長北高校の関係者が犯人だと考える理由だ。部外者の線は、何か新しい情報が出るまで切っていいとおもう」

「なるほど」

 小野刑事が言った。

「そして、僕の見込みだと、被害者の持ち物から何か出てくると思うよ。そうだね、現場には無かった被害者のかばんとか怪しいんじゃないかな? 多分保のクラスに置いてあると思うよ?」

 いちしさんは確認するように小野刑事へ言った。

「それに関しては今調べている最中だ。お前の言う通り、被害者のクラスに、被害者のかばんが置いてあった。今部下に調べさせている。そろそろ何か報告が上がってくるはずだが……」

 小野刑事がそんな事を言っていると、校長室のドアをノックする音が聞こえた。

 小野刑事が、ドアを開けて応対する。

「小野さん。こんな物が被害者のバックから発見されました。指紋に関しては一つ検出されましたが、被害者のものでした」

 どうやら、彼が調べていたらしい。

 そして、その手にはビニール袋に包まれた紙のような物が握られていた。

 小野刑事はそれを受け取って興味深そうに調べた後、「ありがとう。それでは校舎の捜査を頼む」と言った。

 刑事は「了解です」といってドアを閉めて校長室から出て行った。

「どうやら、いちしの見立てはある程度正しいようだな」

 そう言ってその紙をこちらに差し出した。

 それを受け取ったいちしさんは、軽く目を通した後、こちらにも見えるように机の上に置いてくれた。

 それは、白い4つに折られたコピー用紙だった。その紙には、『お前の罪を知っている。ばらされたくなければ今日の十六時に1-4教室まで一人で来い』と印刷されていた。

 これはどう考えても保を呼び出す目的で書かれた手紙だ。

 被害者は呼び出されて1-4教室まできたと考えていいだろう。

「ふむ、印刷されたもののようだね」

 いちしさんが言った。

「そのようだな。一応探ってみるが、これが犯人に繋がる可能性はほぼ無いだろう」

「僕もそう思うよ。でもよろしくね」

 いちしさんはビニール袋に包まれた被害者への手紙を、小野刑事へと渡した。

 小野刑事は手紙を受け取り懐にしまう。

 「お前が学校の人間が怪しいと思っている事はわかった。仮に保を呼び出した学校関係者を犯人としよう。呼び出された保と犯人は1−4教室で密談した。だが、そこで何かトラブルが起きて、犯人はカッターナイフを持って被害者を殺した。こんな感じだろうか」 

「合っていると思うよ」

 いちしさんは答えた。 

「あ、ついでに犯行時刻もだいたいわかったよ」

 犯行時間までわかっているのか?

 凄いな。

「教えてくれた死亡推定時刻は十五時から十八時の間だったよね?」

 確認するようにいちしさんは小野刑事に聞いた。

「ああ、そうだ。司法解剖が終わればもう少しはっきりするだろうが」

 一瞬、さっきからなんでそんな事知ってるんですか?と聞こうとした時、机の上に置かれたいちしさんのスマホでチャットアプリが起動しているのが見えた。

 そうか、さっきからスマホを弄っていたのはチャットアプリで小野刑事か誰かと事件について情報をもらっていたんだな。

 多分、それ以外の情報ももらっていたのだろう。

「それで、まず、常夜君達が1-4教室から出たのは十五時半過ぎ、このときには死体はまだなかった。被害者が生きて最期に目撃されたのはほとんど十六時ちょうど。そして僕たちが死体を発見したのはほとんど十七時ちょうど。ここから犯行は十六時から十七時までの間に行われたと考えられるんだ。犯行時刻はこの中のいずれかの時間だろう」 

「つまり、今までの僕の推理を総論するならば、犯人はこの濱長北高校の関係者で、十六時から十七時のアリバイがはっきりしない人物と言う事になる。どう思う? 小野刑事? 常夜君?」

「どうって言われましても」

 いきなり振られた話題に俺は難色を示した。

 あっているにしてもハイそうですとは言えない。

 小野刑事の方へ目を向けると「俺の見立てと大体同じだな」とお世辞かはたまた本気かわからない返しをした。

「お前の意見を参考にこれから、学校関係者に事情聴取する。終わるまでしばらくここで待っていてくれ」

「頑張ってね」

 といちしさんは小野刑事に返した。

 それを背中に聞きながら小野は校長室から廊下へと出ていった。

 また二人きりだ。

 

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