衆人環視の密室殺人

「追いかけます!」

 そう芽生さんに言い残し、俺は君友の後を追った。

 素早く1-4の教室を出ると、廊下を左に曲がって中庭へ行こうとする君友の姿が見えた。

 その後を追いかけ素早く左に曲がり、俺も君友と同じく中庭へと出た。

 中庭に出ると君友のまくし立てるような大声が聞こえた。

 その方向を向くと先程からずっと中庭にいたであろう女子三人と、先程までいなかった先生が一人、育田先生が居て、君友はその先生に話しかけていた。

 先生は君友の様子からただならぬ事を察してはいたようだが、君友があまりに慌てて状況を伝えようとしているため、いまいち状況が飲み込めていないようだった。

「……それでさっきから言っているように人が血まみれで倒れて居てそこに永遠と芽生さんが居て……」

 慌ててまくし立てるように君友が説明する。

 君友の説明虚しく、先生にはやはり十分に伝わっていないようだった。

 先程の君友の叫び声を聞きつけたのか、旧西校舎から野次馬の生徒が一人中庭に入って来た。

 君友のあまりの慌てぶりに対して、育田先生がこちらに助けを求めてきた。

「君達、先程から君友が1-4で人が倒れていたとか言っているけどそれは本当かい?」

「はい、それは本当です」

 俺が答えるよりも前に後ろで女の子の声がした。

 振り返って声の主を確認する。

 芽生さん。いつの間に俺の後ろに。足速いんだな。

 そんな中、また一人息を切らせた野次馬が中庭へと入って来た。

 野次馬は一人、また一人とこれから増えていくだろう。

 先程来た野次馬はいまいち状況が飲み込めていない様子だったけど。

「本当か? ならそれなら確認に……」

 育田先生が本当かどうか確かめるために、旧東校舎へ向かおうとする。

「それはやめていただけますか」

 芽生さんが育田先生の前に立ち塞がりながら食い気味に言った。

「どうしてだ」

 当然のことを先生が聞く。

「警察が来るまで、現場をあらされたくないからです」

 既に若干二名が荒らしていたような?

 いや、俺は何も触ってはいないから若干一名か。

 このことで、何か問い詰められたら全部芽生さんのせいにしてしまおう。

「それなら……考えたくは無いが、もしかしてその倒れてる人は死んでいるのか?」

 芽生さんの発言から、状況を察した育田先生は聞いた。

「はい。残念ながら亡くなっていました」

 それに対して、芽生さんは静かに答える。

「人がなくなっている」それを聞いた瞬間、その場にいる俺と芽生さんを除く全員が騒ぎ出した。

 そんな中、中庭に野次馬が一人、また一人と入って来た。野次馬はどんどん増えて行くだろう。


 あの後事情を簡単に説明し、君友を落ち着かせた後、育田先生と他何人かの先生と一緒に再び被害者の保健二の生死確認と遺体の面通しをした。

 無論、彼が生き返ったりはしていなかったし、顔が血に濡れたりはしているがほぼ100%彼の死体で間違いないのが確認できた。

 そして現場を封鎖し、この後駆けつけた先生達や野次馬は警察が来るまで一切立ち入らないようにした。


 簡単な旧東校舎の調査を終えた芽生さんは、事件の詳しい内容を聞きたい中庭にいる君友と話しを聞いていた。とはいっても。

「ということは君達が掃除を終わらせたのは十五時半で間違いないということだね?」

「はい」と君友と俺が返す。

「それでその時、教室には人っ子一人いなかった。人の気配も無かったと。そういうことだね?」

「はい、俺と君友の二人が教室を出た時、俺達二人以外誰もいませんでした。ついでに言いますと、君友の掃除の最中に、1-4いや旧東校舎に入ってきた人はいません。だよな君友?」

 うんと覇気の無い同意だけ君友は返した。

 このように実質俺が君友の代わりに彼女の問に答えていると言う感じだ。

 やはり君友にはまだ少しショックが残っているようだ。

 俺はまだしも、君友は無理もない。

「午後三時半に君達が掃除を終わらせて退室。その時は当然死体など無かった。その後を教えてくれるかい?」

「その後は君友と一緒に中庭を通って西校舎へ、そしてそのまま図書室へ行った。図書室より先は言わなくてもわかりますよね?」

「ああ、わかるよ。その後紆余曲折経て僕一緒に死体の発見だね」

「そうです」

「そうそう、それじゃ最後に質問なんだけど」

「なんですか?」

「掃除を終わらせて中庭を通って西校舎へ向かうまでの間、他に誰か見たかい? 具体的にはそこの三姉妹とか」

「いや、見てないです。俺達二人が歩いていた時は、俺達以外はだれもいなかったです」

 君友もそうだ。と俺の答えを補強した。

 これらの事を聞いた芽生さんはなるほどねといった感じで顎に手を当て考え始めた。

 それと同時に、彼女の猫を飼っていそうな胸が二の腕で押しつぶされて形が変わる。

 ふにぃという音がしたかはわからないけれど。

 軟らかそう?

 そんな事を考えていると、芽生さんは、今度は先程話していた件の三姉妹へと近づいて行った。

 件の三人は事件当時から座っていた椅子に相変らず座って、おしゃべりをしていたようだった。

「こんにちは。割り込むようで悪いんだけど、ちょっとあなた達と話しをしたいと思うんだけどいいかい?」

「別にいいわよ。尋問かしら?」

 芽生さんの方に向き直った歴木が答える。

 続けて理江と民子もこちらに向き直り、「問題ないけど、何?」「大丈夫です」とそれぞれいった。

「尋問というよりも、ずっと中庭にいたあなた達の証言が聞きたいんだ。まあ、前置きはおいておいて早速質問するよ」芽生さんはそう言った。

「まず聞きたいんだけどあなた達は中庭で何をしていたんだい?」

「3人で集まってお話ししてだべってた」

 歴木が答える。他の二人もそうそうと言いつつ云々と頷いた。

「それじゃあ何時から中庭でお話していたんだい?」

「えーと確か。十六時位から」

 理江が答える。他の二人も、そのくらいだと思う。言って補強した。

 俺と君友が中庭を通ったのは十五時半過ぎ位だったから、その後に彼女達はそこにいたのか。

「それじゃあ、あなた達が中庭で座ってお話ししていた十六時以降に中庭を通った人間を見たかい? あなた達の座っていた位置的に嫌でも視界に入っていたと思うのだけれど」

 俺は三姉妹が座っていた場所を思い出す。

 あの場所なら確かに中庭全体を見渡せるし、中庭から旧東校舎に向う通路全てが視界に入る。

「えーと、保君が通ったわ」

「それ以外の人は?」

「あなた達二人。そのちょっと後でそこにいる君友君だっけ? が通ったわね。」君友を指差しながら歴木さんが答える。

「それ以外は?」

 芽生さんが確認するように聞いた。

「誰も通っていないと思うわよ」

 俺達と被害者以外誰も通っていない……?

 そんな馬鹿な事があるわけない。

 中庭を通らずに旧東校舎に入るのは多分不可能だ。

「本当に通っていないんだね?」

 再び確認するように芽生さんが聞いた。

 三姉妹はそれを聞き不思議そうな顔をし、そしてお互いを確認しあうように顔を見合わせる。

 そして、「私達が中庭にいる間、今話した四人以外誰も通っていないわ」と強調するように答えた。

 それを聞いた芽生さんは続けて彼女達に問う。

「わかった。じゃあそれぞれの人がどれくらいの時間に通ったかわかるかい? 大体の時間で構わないのだけれど」

「保君は私達が中庭でお話しを初めてすぐ通ったから十六時過ぎだと思う。何時とは言い切れないけれど十六時十分とかだと思うわ。その次に通ったのはあなた達二人。十七時のチャイムが鳴ってるのと同時に通っているのを見たから十七時ね。最後に通ったのは君友君。あなた達が通ってしばらくしてから来たから五時十分とかじゃないかしら。そうよね?」

 彼女は最後に他の二人に確認をとる。

 他の二人もうんそうね。と言って肯定した。

「君達がおしゃべりしている間に誰か一人でもトイレとかでわずかにでも席を立った人はいたりするかい?」

「いやいないわ。三人ともおしゃべりしている間ずっと一緒だったわ」

「本当に?」

「ええ、ずっと一緒よ」

「それじゃあ君達三人はずっと一緒かつ中庭から旧東校舎に入る通路をずっと見ていた。と言い切れる?」

「それはまあ勿論。ねー」

 他の二人も、そうそう。うん。と言って答えた。

 それを聞いた芽生さんは、

「実は僕は一度十六時半に一度中庭を通って旧東校舎に向かっているんだ。忘れ物を取りにね。その僕を見ていないのかい?」と言った。

 それを聞いた三姉妹殆ど同時にはぁ? と一言言った後、疑念の表情をした。

 芽生さん何を言っているんだ。

 間違いなくこれは嘘だ。

 だってその時間間違いなく俺と芽生さんは図書室にいたのだ。

 それからずっと一緒だから、芽生さんが忘れ物を取りに、東校舎に入るなど不可能で間違いなく嘘だ。

「いや、芽生さん嘘をつくのは良くないわ。そうじゃないなら悪いけどそれはあなたの勘違いよ。私達は貴女を見てないわ」

 毅然とした態度で歴木さんがそう答えた。

「いや、ごめんね、僕の勘違いだった。僕が中庭を通ったのは昨日だった」

 芽生さんはそうとだけ返した。

 試したな。と俺は思った。

「それじゃあ次に聞きたいのだけれども、あなた達はいつもここで決まってお話ししたりしているのかい?」

「いや、全然。そもそもこの今日この三人が集まったのも偶然よ。理江と私が廊下で立ち話していた帰りに、民子と出会ってそれで、中庭でお話しすることになったんだし」

「それじゃあ、ここからここであなた達がおしゃべりする事を誰かに話したりだとかしたかい?」

「してないわよ。なんでそんなことを誰かに話す必要なんてあるのよ」

「念の為の確認さ」と芽生さんが言った、そして続ける。

「ありがとう。それじゃあ悪いけど最後に一つだけいいかい?」

「何かしら」

 と歴木さんが返した。

「生田先生と最後一緒にたようだったけど、いつから一緒にいたんだい? 僕達が通ったときには生田先生はいなかったハズだけど」

 「生田先生と一緒になったのはあなた達が通ったすぐ後よ。旧西校舎から中庭入ってきてもう十七時だから帰る準備をしなさいって。そんな注意を受けた後、先生と簡単なおしゃべりをしていたの。ああ、一応言っておくけどその間生田先生と私達はあなた達東校舎から出てくるまでずっと一緒だったわ」

「ありがとう。君達の証言はとても参考になったよ。この事については警察にもちゃんと証言してあげてね」

 めぐみさんがそう言い終わると同時に、校門前からパトカーサイレン音が鳴り響く。どうやら、警察が来たようだ。

 夜の帳が降り始めた喧騒冷めやらぬ中庭に刑事達がやってくるのももうすぐだろう。

 そんなことを思っていると袖が何者かにぐいと引かれた。

 引かれた方向を見ると芽生さんが立っていた。

 袖を引かれてさっきまで話していた三姉妹から少し距離を取った後、芽生さんがこちらに話しかけてきた。

「これは大変な事になったね」

 芽生さんが含みのある声で言った。

「どういう事ですか?」

 とりどりの事を含めて思わず俺は聞く。

「旧東校舎は外に出られる窓や扉の類は全て内側から鍵がかかっていた。だから、旧東校舎に入るには中庭を通らなければならないんだ。だけど、三姉妹の証言によると中庭を通って旧東校舎に入っていった人間は僕達を除けば。そして、僕達が死体を発見した後に旧東校舎を探しても、校舎には誰もいなかった。という事は、犯人は誰にも気づかれずに、旧東校舎に侵入し、被害者を殺害した後、誰にも見られないように旧東校舎から脱出したことになるね。これはつまり」

 芽生さんはその黒玉のような目にけれん味を込めてこちらに向け「この事件は

と言った。

 

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