探偵だったもの
「殺人ってなんか根拠があるんですか? というよりなんでそんな事がわかるんですか?」
普通の人間は、精々死んでいるのか、否か位しかわからないだろう。
めぐみさんはやはり普通の人間では無いのだろうか。
「殺人の根拠は色々あるけど一番はこの傷口だね」
そういいながら、彼女は、再び首筋にある傷口を黒玉のような目で見るように促したあと、自らも注視し始めた。
俺もそれに従って傷口を見た。
先程見たものと同様に、うつ伏せた彼の首に、頭側を起点に胴体側へとそしてそれは胸側から背中側へ、まるで首の対角を取るかのように一本の割れた栗のような傷口が変わらずに広がっていた。
「傷口からどうしてそう言い切れるんですか?」
「そうだね。なら僕がそう思った”推理’を教えてあげよう」
「推理……ですか?」
推理――探偵が既知の事実をもとに、未知の事柄についておしはかり新たな事実を紡ぎ出す行為の事だ。
推理をするのは時に探偵で無くてもいい時もあるが。
「そう推理だ」
「まず、被害者の死因は首の傷口からの出血による失血性のショック死。鑑識が調べないと絶対とは言えないけどほぼ確定だろうね」
これは俺も同意だ。あんなに出血していて出血多量が死因で無いはありえないだろう。
「次に、被害者の傷口をつくったのはこの大型のカッターナイフ。他に何か探せばあるかもしれないけど、現状はその可能が一番高いからカッターナイフでつけたという前提でいくよ」
先程も言ったが、周りには他に傷をつけられそうな道具は無い。これはいいだろう。
「そしてこの傷口」
「もし、この傷口が事故できたような場合だと、傷口はもっと小さく切れるはずだし、仮に偶然大きく切れたとしても深さや向きはもっと乱雑になっているはずなんだ。けどそうなってはいないだろう?」
確かに、俺が先程言ったように”偶然刃物があたって切れた”ならここまで大きく切れないし、切れたとしても傷口は目茶苦茶な切れ方になる。
「ここまで綺麗な切り口の傷口になる方法は
人為的なもの。
つまり誰か切った人間がいることになる。
「その場合、彼自身が自分で切った可能性は考えられませんか? あまり言いたくはないですけど自殺とか」
首を切って自殺はよく聞く話だ。
「それはありえないんだ。傷口の状況を見てごらん」
そう言いなが芽生さんは傷指す。
「首の右手側についている傷口は、体の正面頭側を起点にして胴体の背中側へと斜めについている。これだと自分で切る場合、カッターナイフを押して切る形になって非常に切りにくい。まあ切ろうと思えば切れない事も無いだろうけど、もしそれをやったとしたらここまで綺麗な傷口にはならないだろうね。それでもよほど器用な持ち方をすれば可能かもしれないけど、自殺しようとする人間がそんな持ち方して自分を切るなんて普通はしない。だから、自殺目的で自分からつけた傷であるならばこんな傷にはならないんだ」
彼女の言った事を確かめるために空でやってみる。
確かにどうやっても押して切る形になってしまう。
切れ味のいいナイフやメス等ならこれでも切れるのかもしれないが、そこまでの切れ味が無いカッターナイフだと引いて切らないと難しいだろう。
「このような傷口になる可能性が高いのは、うつ伏せとなった人間に、背中越しで馬乗りになって首を切った時だ。これは事故や自殺の状況では考えられない。一人ではできないからね。だから彼は何者かに首を切られたんだ。つまり、殺人だ」
「殺人……ですか」
「僕の今の所の推理だと、被害者は何者か、つまり犯人とこの1-4教室に居た。そして何らかの理由により揉めて被害者は犯人と争いになり、殴って気絶させられてうつ伏せに倒れた」
彼女は淡々と言って続ける。
「そこを犯人が馬乗り状態からうつ伏せになった被害者の右の首を切った。雑巾を首に当てて血が飛び散らないようにしながらね。その後、凶器のカッターから指紋を拭き取った後、置き捨てた。推測や仮定が大いに混じってるけど僕の見立てではこんなものだね」
場の状況だけでここまでの推理を組み立ててしまうとは。だけど、まだ疑問は残る。
「それなら、彼を殺した犯人は一体誰なんです? もしかしてまだここに、いたりとかするんでしょうか?」
「犯人まだわからないかな流石に。だけど今、ここに犯人がいる可能性は相当低いと思うよ。この死体は殺されて少し時間が立っている。30分くらいかな。だから現場を既に去っている可能性は十分に、考えられるね」
俺はそれを聞いてあることを思った。
階段にいた何者かの気配だ。
気の所為だと言われればそうなのだが、俺の感はまま当たるのだ。気の所為では無いような気がする。
そんなに俺の様子を汲み取ったのか芽生さんはこちらを見ながら言った。
「ところで君に今更な質問何だけれども」
「なんですか?」今更な質問とは? なんだろう?
「今更聞けど、最後に君達が教室を出た時、こんなものは無かったし、少なくとも教室にはだれもいなかった。合っているかい?」
突如された問いかけに俺は驚いた。
「はい。確かにそうです。だけど
俺が彼女と出会ったのは図書室だ。
俺と君友達が最後に教室を出たことなど知りようはない。
「それは簡単な推理かな。基本的に放課後になって教室を最後に出るのは掃除係になる。うちの学校では掃除係は二人で持ち回りだけど、そのうちの一人はあいにくの休み。だから、掃除をしたのは必然的に親君になる。そして、君はその親君と一緒に図書室へ入ってきた。君は放課後、親君の掃除が終わるまで教室にいたのだろう? だから、君が最後に教室を出た人物じゃ無いかと思ったんだ」
「だけど、それだと俺が適当な所で時間潰しした後、掃除を終わらせて帰って来る途中の君友と落ち合った可能性もありますよ」
「君は忘れ物があると言った時、教室に忘れた。と言い切ったね。もし放課後に、適当に色々な所を回っていたなら、教室に忘れただなんて言い切らないはず。どこに忘れたかの確証がないからね。君が教室に忘れたと言い切ったのは、
芽生さんは放課後の俺の行動を見透かすかのように当ててしまっている。これが彼女の”推理”なのだろうか。
俺は彼女の推理に感心した。
「あっているようなら続けて聞きたいのだけど何時に君達は教室をでたんだい?」
「確か十五時半ぐらいだったはずです。これ以上具体的には覚えてませんけど」
「君達が図書館へやってきた時間から推測するに妥当だね」
「その時は誰もいなかった?」
「はい、俺と君友以外誰一人いませんでした」
これは間違いないはずだ。教室はおろか、東校舎全体に誰かいそうな雰囲気は一切無かった。出発時間の事といい、それ以外の事も君友が一緒に証言してくれるはずだ。
「教室の鍵閉めたりはしたかい?」
「いいえ、部屋内の見回りくらいはしましたけど、鍵はかけてないです。というかかけられませんし」
濱長北高校では、鍵を掛けるのは生徒ではなく先生の仕事だ。決まった時間に(閉める時は十八時だったかな)、担当の先生がすべてのクラスに鍵をかけて回るのだ。そしてそれは開ける時も同じだ。よって、生徒は教室の鍵を基本的に持っていないし、持たない。それくらいにはある程度鍵の使い方は徹底されている。
「じゃあ君達が掃除を終えて教室を出たあと、何時でも誰であろうと1-4教室に来られる状況だったんだね」
「それはそうですね。ただ、中庭の三姉妹がどうかはわかりませんけど」
中庭で今でもおしゃべりをしている三姉妹の事が頭によぎる。
恐らく、彼女達に見つからず中庭を通って東校舎に入るのは不可能だ。
周りに視線を遮るような茂みやものはないし、隠れるつもりは無かったとは言え、現に俺達はここに来るのに彼女達に見つかっている。
「それは彼女達にあとで聞くとしようか」
彼女はそう返事をした。
「さて、では、調べは大体調べ終ったし、警察を呼ぶとしようか」
彼女はそう言いながらスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
おそらく110番だろうと思っていたのだけれど。
「もしもし、小野刑事? 大変なことがおこったんだ。うん。そう察しがいいね。その通り殺人事件だが起きたんだ。場所はそう。濱長北高校ってわかるよね。そうそう。僕が通っている学校だよ。そこの東校舎の二階の1-4教室。うん。今現場にいるよ。今回は僕が第一発見者。厳密には僕ともう一人だけどね。うん。わかってるよ。すぐに現場の保存をするよ。ここに来るまで車で十分? OK待っているよ。最後に、……」
この様子だと、110ではなく、刑事本人に電話を直接かけているようだ。
しかもこのやり取りを見るに、かなり親しい間柄でこのようなことにも慣れてしまっているようだ。
彼女は一体何者なのだろうか。
今まで何度も思ってきた疑問がもう一度駆け巡った。
「今回の事件は僕が解決するよ。勿論、探偵としてね。それじゃあ待ってるよ」
俺の先程迄の疑問に答えるかのようなことばを彼女は最後に残しながら電話を切った。
そして彼女はスマホに示された画面を見ながら「五時十分か」と呟いた。
俺も教室の時計をつられて確認する。
アナログだが五時十分をこちらも指していた。
「刑事が来るまで十分位かかるらしいから、教室を出て現場保存しようか?」電話を終えた彼女がこちらを向き直りながら言う。
「探偵なんですか? 芽生さん」咄嗟に、俺は思った疑問をぶつけてしまった。
彼女は胸に手を沈み込ませて少し考えたあと、静かに答えた。
「元探偵。いや正確には探偵だったものとでも言うべきかな」
「それってどういう……」
彼女の言葉の意味を聞こうとしたが、それはできなかった。
予想外の訪問者によって。
「常夜、お前おそいぞ―― いつまで探しているんだ」
そう言いながら、君友が教室のドアから教室へ入ってきた。
しまった。君友の事をすっかり忘れてしまっていた。
君友は俺の帰りがあまりにも遅いので、様子を見に来たのだろう。
だが、この状況はまずい。
そう、色々と。
「あれ? 芽生さん? お前ら二人でなにやっていた……」
冷やかしの言葉をかけようとした君友だったが、それを言い切る事はできなかった。それ以上肝が冷えるものを目撃してしまったからだ。
俺達の横に赤黒い毛氈とその上に横たわった人。
それを見た君友の顔色はみるみる蒼白になっていき、顔が恐怖に染まっていく。
そしてそれが頂点へと達した時。
「うァァっァァァ? あああ? あ――――」
俺達が取り繕う暇もなく、学校中に響き渡る声で教室か出ていった。
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