シンボル (4)

 4人の乗る車に影が落ちる。それはほんの一瞬のことであり、普通ならば気にも留めないだろう。

 しかし、ここは草原。

 車は森から離れつつあり、車を覆うほど高いものも大きいものもない。

 ありえない現象だといち早く気づいたのはアサドだが、その時にはすでに脅威は辿り着いていた。

 振り向いたアサドが見たのは、マジュウの鉤爪によって連れ去られるエハードの姿だった。

 「しまった、、!」

 手を伸ばすのが遅すぎた。アサドの手が触れることなく、エハードは空へと連れ去られた。

 アリアとエモンは異常に気付きながらも何もできず、体が反射的に動こうとするも強張らせるのみだった。

 エハードも含め、適切な対応が全くもってできない。それほどまでにマジュウの気配は感じられないものだったのである。


 上空。

 エハードは今まで感じたのことのない浮遊感と激痛に襲われていた。

 やられた、、。こんなに早く動けるのか。

 エハードは現在、左肩と右腕を掴まれ、上空へと持ち上げられていた。マジュウの鉤爪は掴まれた肩と腕に食い込んでおり、激痛が走っている。

 とにかく、どうにかしないと。

 下の方から声が聞こえるけど、何を言っているのかは聞き取れない。

 、、、暴れてみるか。

 激痛の割には冷静に思考を回す。下に目を向けるとかなり小さくなった3人と、派手な赤い車が見える。何か動いているようだが、詳しいことは全く見えない。

 こんなに離れてちゃ何もできないな。

 自分で何とか出来ないか考え始めるエハードだが下を向いた時、自分から流れ出る血が視界に入った。

 無色透明。

 その血は赤いものではなく、ぱっと見はただの水と変わりはない。流れ出る血は止まることなく、落ち続ける。

 エハードはその血を見て、マジュウへの攻撃とは全く違うことが頭に浮かんだ。

 なんで博士は僕に痛みなんて付けたんだろう。

 

 地上。

 エハードが上空へと連れ去られた後、3人は何も出来ることがなく、ただ上を見上げるのみだった。

 「エハード‼︎大丈夫かー⁈」

 エモンは声を張り上げるが、反応はない。声が届いたところで、少なくとも無事ではないことは明らかだった。

 「くそー、全然気づかなかった」

 「私も気づけなかった。あのマジュウ、全く気配を感じさせない」

 「ワタシも。エハードが連れてかれるまで何もわからなかった」

 「でも、どうする?このままじゃエハードが」

 焦った様子のエモンにアサドが声をかける。

 「エモン、とりあえず落ち着こう。使えそうな装備が車にないか探してくれ。アリア、エハードが落とされた時に対応できるよう、準備を。すぐに動けるようにしといてくれ」

 突如、冷静な指示を出されて反応が遅れる2人。

 「早く!」

 アサドの喝が入れられ、慌てて動き出した。

 今、何ができるのか。これから何が起こり得るのか。エハードとマジュウを見上げながら考えるアサド。

 「ん?」

 アサドの頬に何かが当たった。手で触ってみると、どうやら水滴が付いているらしい。

 くそ、、!時間がない、、、!

 それがエハードの血であることは明白だった。


 上空。

 エハードは何もできずに地上を見るのみだった。

 なんだろう、体に力が入らない。

 エハードは体から力が抜けていくように感じていた。

 いきなり空高く上昇したエハードの体には相当の負荷がかかっていた。上空にとどまっているのもマジュウの羽ばたきによるものなので、常に頭が振られている状態だ。加えて出血までしているため、意識を保っているだけでも困難な状況である。

 そんな様子を感じ取ったのかマジュウに動きがあった。

 エハードの右腕を掴んでいる鉤爪に、さらに力が加わったのである。

 大きくなった痛みから、右腕に意識をやるエハード。嫌な予感が脳裏をよぎる。

 こいつ、まさか、、

 次の瞬間、右腕に更なる激痛が走った。

 マジュウはなんと、エハードの右腕を引き千切ろうとしていたのだ。

 「ぐ、!ああああ、、!」

 たまらず絶叫する。

 足をばたつかせるも、空をきるのみだ。左手で抵抗を試みるも、しっかりと掴まれた鉤爪はとても引き離せそうにない。食い込んだ鉤爪にはエハードの血が、さらに滴り始めていた。

 やばい、やばい、コレはやばい!

 パニックになったように抵抗するエハードだが、マジュウは気にした様子はない。そして、右腕から妙な音が鳴り始める。

 ミキッ、キシッ

 体の内側から響いている音がさらに、エハードを追い詰める。

 「ぐ、ううう」

 歯を食い縛るエハード。

 植物を出そうにも痛みでそれどころではなかった。

 死という言葉がエハードの頭によぎった時、マジュウが突如、雄叫びをあげた。

 ギョオオオアオオオオ!

 その叫びは勝鬨をあげているようでもあったし、何もできないエハードを嘲笑うかのようでもあった。

 いきなりの絶叫に抵抗が少し弱くなった瞬間、エハードは自分の腕が千切れる音をたしかに聞いた。

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