シンボル (3)
バベルから南側には草原が広がっており、目視できる距離に森林地帯もある。晴れ渡った空からは日光が降り注ぎ、光を反射させる草花は見る者を穏やかにさせる。しかし、今のバベルには穏やかさなど微塵もなく、マジュウ出現にともなう緊張感によって満ちていた。
アサドら4人は車に乗り込み、門番に見送られながらバベルの外へと出た。運転手はいつものようにエモンである。走る車内でアサドは確認の意味を込めて、マジュウの特徴を話し始めた。
「今回のマジュウは鳥型だ。飛行も確認されている。門番によると森の中から空に飛び立つのを何回か確認しているそうだ。森に戻ってきてからは飛び立っていないらしいから、おそらくまだ森の中にいるだろう」
少しずつ近づいている森を警戒しながらアサドは続ける。
「今回はあくまで様子見だ。マジュウの具体的な特徴がわかればすぐに撤退する。いつも言っていることだが、何があっても深追いは禁物。いいね」
3人ともしっかりと頷いた。
アサドの説明が終わるとアリアはイヤホンを取り出した。その様子を隣の席で見ながらエハードは、自分には趣味と呼ばれるものが無いことにふと気づいた。
「音楽って良いものなの?」
エハードはアリアに聞いてみた。アリアはマジュウ討伐の時にはいつも音楽を聴いている。アサド、エモンは音楽を聴いておらず、もちろん自分も聴いていない。聴いていないというよりも聴く余裕が無いといった感じだ。
エモンはマジュウに対する恐怖でそれどころでは無いし、アサドは研ぎ澄まされた刃物のように集中している。前の座席ではそういった緊張感があるが、後部座席では少し緩い雰囲気だ。危険な場所へと向かっている空気ではない。死地へと赴く時でさえ音楽を聴くとは、アリアはよほど音楽が好きなのだろうと思った。
質問を投げかけられたアリアはイヤホンを耳にあてながら答えた。
「『良い』というか、落ち着くから聴いてる感じだよねー。アタシ緊張に弱いからさ、なるべくくつろいでたいのよ」
「くつろぐ、、?」
「そ。命が懸かってるのは百も承知だよ。でもそれでガチガチになってちゃ体が動かないからね」
くつろぐ。意味としては理解できているが、実感はしたことが無い。
そもそもエハードは緊張感や不安感といったものがよく分かってはいなかった。周りの空気や人の雰囲気が変わることはわかるのだが、自分が同じように変わっているとは、とても思えなかったのだ。それは安らぎやリラックスといったものについても同じだった。
感情が無い訳じゃ無い。
でも、それが僕にも分からないほど、表に出てこない。
「でもさー、エハード」
アリアの一言で我に帰る。
「アンちゃんといる時、めっちゃくつろいでるよね」
少し呆気に取られた。
「そうかな」
「そうだよ。アタシたちといる時と全然、雰囲気違うよ。なんかこう、暖かいオーラが出てる感じ」
そうなのか。
「幸せオーラってやつなんだろうねー。ま、アタシとトーラさんには負けるけど」
そこで前からエモンの怒声が響いた。
「後ろの2人、聞いてるの⁈もう着くぞ!」
幸せオーラの考察については後回しになった。
目的地である森林地帯が目前となったが、車は止まることなく、動き続けている。不測の事態が起きた際、すぐに対応できるようにだ。
森には多くの野生動物が住み着いているが、エンジン音によって逃げてしまい、気配が感じられない。
「本当にマジュウはいるのか?」
エモンは運転しながら独り言をつぶやいた。
眼前に広がる森にはこれと言って異常はない。動物たちが騒ぐこともなく、自然の日常が送られているのみだ。
辺りを警戒しながらエモンが尋ねる。
「とりあえず周りを一周しますか?」
「そうだね。森の中に入るのは危険だ。ゆっくり一周してくれ」
森の内部は車が通れるほど、開けているわけではない。そのため、森の中に入っていくには車から降りて、徒歩で進む必要があった。アサドはマジュウと遭遇した時のことを考え、森の中には踏み入れない判断をした。
エモンは速度を落とし、森の周りを走らせる。
アリアはイヤホンをすでに取っていて、なにか変わったことはないか、森を観察した。エハードも同様に目を離さないようにしている。
4人全員が森を見るも、一周しても特にこれといった異常は発見されなかった。
「どうしますか。一周しちゃいましたけど」
「やっぱり奥の方にいるのかな」
エモンとアリアが言う。何も変化がない森を見続けて、2人とも集中力が切れ始めていた。
「少し待ってくれ。考える」
アサドは森を注視しながら、これからどうするか考え始めた。
エハードはというと、草花の色や、どこにどんな種類の植物が生えているのかをずっと見ていた。
あの花、アンが好きそうだな。
もはや、マジュウ探索ではなく植物観察を始めたエハードだが、ふと異常に気がついた。
というよりも異常と目が合った。
太い木の幹の向こう側から顔を半分だし、こちらを見ているものがある。
ギョロリと見開かれたその眼は、こちらを見据えて離さない。ピクリとも動く様子がなく、瞬きすらしていない。そして明らかに大きい。目と顔の大きさから、通常の鳥の数倍は体が大きいことがわかる。
「いた」
エハードの言葉に全員が反応した。
「どこだ」
エハードの視線を追うアサド。そして、同様に目が合う。
「でかいな」
アリア、エモンも同じようにマジュウの姿を確認した。
「やっぱり、大きいですね。人間も喰われちゃうんじゃないですか」
「人を喰ったマジュウって今までいたっけ?アタシの足に噛みついてきたのはいたけど」
「今まではいないと思う」
話を続ける3人だが、アサドだけは嫌な気配を感じ、じっとマジュウを見ている。そしてマジュウがいまだに何の動きを見せないことから、ある確信を持った。
「ずっと見られていたのか、、」
その言葉に全員が押し黙った。
おそらくマジュウは私たちが見つける前には、私たちの存在に気づいていただろう。なら、それはいつからだ。なぜ襲ってこない。いつまで見ているつもりだ。
アサドの脳内では多くの疑問符が飛び交ったが、すぐさま一つの結論を出す。
「撤退だ」
その言葉にエモンはすぐさま、車を発進させた。
これ以上、ここで出来ることはないというのがアサドの結論だったのだが、他の3人も同じ考えだった。
明らかに後手に回っている。
無論、今までマジュウに対して先手を取れたことなどない。マジュウの特徴を恐る恐る確認してから作戦を立て、なんとか倒してきたのだ。マジュウの方が先に見つけ、様子を窺われることなど、今までなかった。
「全体像を確認できなかったのは痛手だが、何があるか分からない。とにかく今はこれで良しとしよう」
車が森から離れていく。
嫌な不気味さが車内に漂う。
エモンを冷や汗をかきながら前を見て運転し、その隣ではアサドがすでに作戦を立て始めていた。アリアはイヤホンを耳にして、嫌な気配から逃れようとしていた。
そしてエハードは森をじっと見つめていた。
まだ微かにマジュウの目が見える。
なぜ襲ってこなかったのか。
なぜ見ているだけだったのか。
そんなことを考えるエハードだが、分かるはずもない。
ふと風が吹く。突風という程でもないが、そよ風というには弱すぎる。その風は砂や葉を運び、エハードの視界を一瞬奪った。
視線を森に戻した時、エハードの目の前には鉤爪が迫っていた。
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