シンボル (1)
バベルの北側のエリアは居住地となっている。都市を出ればすぐに大き目の川が流れていて、そこからひかれた水路によってバベルは水を確保していた。塔を建て始める際、最も初めに作られたのは人が住む場所であった。長期的な計画になることが明白だったため、塔に着手する前に、自分たちの生活を確保する必要があったのだ。生きるために不可欠な水がそばにあることは、最低限の条件だった。川に近い北側に住宅が密集しているのはその名残と言えた。
そんな住宅街のさらに一角。普段はあまり人が来ない場所であり、基本的には静まり返ったそこに、エハードはいた。墓地である。
エハードは小さめの花束を持っており、ある墓の前で1人で佇んでいた。
「・・・」
エハードは何も言わずに、ただ墓を見下ろすだけだ。祈ることも、死者に何かを語っている様子もない。
そんなエハードに近づいてくる影が一つあった。
「今日もここにいたの?エハード」
声をかけたのは少女だ。エハードと同じくらいの年頃だろうか。黒い髪は肩の辺りで切り揃えられている。エプロンをつけていることから家庭的な意味で大人っぽい雰囲気が感じられる。
「いつもの考え事?ご飯できたから、そろそろ戻ってきなさいよ」
腰に手を当てムスッとした表情で言う。どうやらエハードはいつも、ここにいるらしい。
「ねぇ、アン。なんで博士は僕を作ったんだろう」
「いっつも言ってるでしょ!愛よ愛!アナタは父さんと私に愛されるために生まれてきたの。光栄でしょう」
アンはいじめっ子のような顔をして言った。強い口調だったが威圧感は全くない。
「それと『作った』なんて言わないで。アナタは人間なんだから」
そう言われてエハードは思う。
自分のことを人間だと思っていいのかと。
たしかに外見は人間そのものだ。でも植物を自在に操る人間なんていない。食事も本当は水と日光があれば要らないし、なにより、、
なにより、流れる血の色が違う。
エハードはいつもと同じ結論に至った。何度、思考を巡らせても肉体的に最も異なる部分である血がエハードを悩ませているのだ。
自分なんて生まれてこなければ良かったなどとは思わないが、他人との相違点というのはエハードの心に重圧を与えた。
博士から生み出された際に備わっていた特異な能力。これによって仲間の力になることは多々あったし、感謝もされている。しかし、それを受け入れてもなお、疎外感というのは拭えなかった。
全く同じ人間はただ1人としていないということはよく理解している。だが、だからこそ自分は人間外であるという認識を強く持っていた。
「ほら、お花置いたら帰ってご飯食べよ」
アンに言われてエハードは我に帰る。
「うん、そうだね」
今日も真新しい考えが思いつく訳でもなく、エハードは花束を置こうとしたその時、
鐘の音が響いた。
エハードとアンは音がした方向に目を向けると続けて2回、同じ音が鳴った。
「マジュウだ」
エハードがそう呟くのと、南の方角に狼煙が上がるのはほぼ同時だった。
マジュウ。バベルを襲う正体不明の生物。総じて翼を持っていることと、バベルを襲うということ以外は詳しくわかっていない。
3回の鐘の音はマジュウが現れたことを示し、狼煙はどの方角に出たのかを表している。
エハードはアンを申し訳なさそうにチラリと見た。せっかく作ってくれた食事を食べられそうにないからだ。
エハードの気持ちを察したのか、アンは
「そんな顔しなくていいから早く行きなさい」
と少し微笑みを浮かべた。
「うん、行ってくる」
「気をつけてね」
それだけ言うとエハードは狼煙が上がった方へ走り出した。
エハードが去り、1人残されたアンは墓に向かって話しかける。
「父さん、エハードを守ってあげてね。私たちの家族を」
アンは目を瞑り手を合わせた。
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