アリアとトーラ
今日のスケジュールを確認しながらトーラはコーヒーを淹れた。テキトウに淹れたため、香ばしさよりも土臭さの方が上回っているが、トーラはさして気にした様子もなく口をつけた。トーラは椅子に座るとカップを横に置き、書類に文字を書いていく。
腰まで伸びた黒髪は艶やかで、真っ直ぐにのびている。肌は青白く、目元には薄いクマができているため、病人のような印象を与える。しかし、ペンを握る手を見てみると、派手なマニキュアがつけられていて、見る者に威圧感を与えた。白衣を着てはいるものの、相対する者に対しては安心感を与えられそうにもなかった。
白を基調とした部屋にはベッドと机が置かれている。机の上には紙の束が煩雑に置かれているが、そこに目をつむれば、おおむね片付いていると言える。ベッドのシーツは洗いたてなのかシワひとつ無く、床にもホコリ一つ落ちていない。見た者には、そこが病院の診察室であるかのような印象を与えるが、トーラは医師という訳ではなかった。
1人で黙々と作業していたトーラだったが、そこに訪問者が現れた。
「トーラさーん。こんにちはー」
現れたのはアリアだ。
白い肌に幼さが残るが整った顔立ち。長い金髪はおろしていて、どことなく上機嫌な表情だった。
「はい、こんにちは。いつも通り予定より早いわね」
トーラは微笑みながら振り返り言った。アリアが約束した時間より早く来るのはいつものことらしい。
「それじゃあ早速、足を見せて」
「はーい」
アリアは明るい声で返事をして、そばに置いてあるベッドに腰をおろし、ズボンについているジッパーを開け、右足を出した。
アリアの足は義足となっており、細かい機械が取り付けられている。マジュウとの戦闘で一部、部品が欠けてしまったため、トーラに見せにきたのだ。
「すごい角度でここが曲がってるね。何をやったの?」
「ムカデ型の巨大マジュウを蹴っ飛ばしてきた」
満面の笑みで答えるアリア。トーラはやれやれといった様子で
「また無茶をして。死んでも知らないよ」
と言った。
「大丈夫だよ。トーラさんがくれた足と腕があれば」
「念の為、腕も見るよ」
トーラはアリアの服を脱がせ、上半身を露出させる。
アリアの二の腕から先も足と同じく義手となっていた。
ピカピカに磨かれていて、トーラの顔がしっかりと写り込むほどだ。
「相変わらず、よく磨いているわね。私よりも上手いんじゃない?」
「へへー、毎日やってるからね」
アリアはさらに子供っぽい顔つきになり笑う。
2人がいるのは研究室(ラボ)と呼ばれる場所だ。
バベルには無数のラボがあった。それぞれに研究分野があり、建築技術や機械の発明などを専門としたラボから、病院とほぼ同じ役割を持ったものまで、幅広く存在していた。
トーラが所属しているのは義肢専門のラボだった。所属していると言っても研究者は彼女1人だけで、助手すらいない。
義肢という存在は元々あったが、生身の肉体と同じレベルで機能できるようにしたのはトーラの功績だった。
※
トーラはもともと評判の良い義肢職人だったが、さらなる技術を求めてバベルに移り住んだ。日常生活の補助程度のレベルであれば誰の義肢でも作ることができたのだが、それ以上のものとなると専用の部品や道具が足りなかった。トーラはあくまで義肢を形にする職人であり、部品一つ一つを作っている訳ではない。そのため、多くの人間が集まり、様々な技術が集まっていると言われるバベルへとやってきた。
しかし、トーラは別に人助けのために義肢職人をやっていた訳ではなかった。
「できるからやっているだけですよ」
感謝の言葉をつげる者たちにトーラは決まってこう言った。聞く者のほとんどは謙遜であると解釈するが、トーラにとっては本心そのものだった。トーラにとって義肢職人とはあくまでただの仕事にすぎず、困っている人の役に立ちたいとか、人助けのためにやっている訳ではなかった。
生活の糧になるなら何だって良い。
別に義肢職人じゃなくったって良い。
そのためトーラは多くの人々に感謝されながらもやりがいも感動もなく、ただ続けているだけだった。
アリアと出会うまでは。
「先生、マニキュアつけた方がいいよ」
アリアに初めて出会った日、トーラは車イスに乗った少女に言われた。
ラボに客人として招いてすぐに言われたため、困惑していると
「先生、肌がすごく白いでしょ。羨ましいくらいだけど、ちょっと白すぎるわ。なるべく明るい色が似合うと思う」
と続けた。
手も足もない少女。マニキュアどころかオシャレすら満足にできないだろう。
そんな少女に対し、トーラは絶対に最高の義肢を贈ろうと決めた。
私の所に来る人は決まって、苦悩の表情をしている。当たり前だ。身体の一部を失ってくるのだから。自分のことしか考えられないし、八つ当たりする人だって珍しくはない。
でもこの子は違う。初対面の私にマニキュアだなんて。
「おすすめの色はあるのかしら」
トーラはアリアと同じ目線になって話す。
悩み始めたアリアにトーラは力強く言う。
「あなたが私に色を選んでくれるなら、私があなたに色を選ぶわ」
※
「はい、終わったよ」
トーラは器具を片付けながら言った。義足の破損は部品を交換しなくてはならなかったが、トーラは慣れた手つきで終えた。
「何回見てもすごいね!トーラさんの修理は!私もできるようになりたいなー」
アリアは何度もトーラの手際の良さを間近で見ているのだが、久々にメンテナンスではない、本格的な修理を見て感激していた。
「今の手じゃ、細かい動きはできないからまだ難しいわね。もう少しだけ待ってて欲しいわ。もっと良い手を必ず作るから」
真剣な顔つきになって言ったトーラに「あ、急かしてるとかそんなのじゃないよ」と慌てながら、手を前に出してアリアは言った。
その指には派手なマニキュアが塗られている。定期的に色は変わるが、今はトーラと同じ色だ。
トーラはその手をとると
「それじゃあ、ご飯でも食べに行こうか!」
と言った。
「うん!」
アリアは手を引かれて歩き出した。
仲睦まじく、手を取り合って、歩を合わせて。
2人がラボを出た頃、日が傾きかけていてはいるもののまだまだ外は明るい。だが、都市の一部は巨大な影に覆われていた。太陽の反対側へと一方向に伸びているその影は、バベルの敷地外にまで及んでいる。
影の主人は塔。
バベルの中心には巨大な塔が聳えていた。その天を衝かんとする雄大な姿に、初めて見た者はまず放心する。
だが、バベルに住む人々にとってはそれが日常だった。誇りに思う者から、どうでもいい存在だと考える者までいたが、悪印象を持つ者はいない。
なぜならバベルは塔のために作られた都市なのだから。
塔の目的はただ一つ。
主をこの地へと招くこと。
その偉大とも滑稽ともとれる目的のために塔は作られ、それに付随する形でバベルは形成された。
なぜ主を招くために塔という形をとったのか、詳しく知る者はいない。天に近づき主へと声を届けるためか、または我々はここにいると存在をアピールするためか。
いずれにせよ過去、現在、未来。全ての時代において最大にして最高の建築物は今なお作られ続けている。
完成図など誰にも想像できないままに。
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