バベルへと愛をこめて
赤井朝顔
プロローグ
この話を読んでくれる人へ。
本来ならば口伝が好ましい所ですが、無理に文章にしているため、伝わりにくい表現やすでに意味を無くしてしまった言葉が出てくることがあります。
また登場人物の名前や固有名詞などは諸事情によりほとんどが仮のものとなります。
ご了承ください。
※
広大な砂原を1台の赤い車が走っている。砂の上を走れるようカスタマイズされているのが見てとれる。大きめのタイヤが取り付けられていて力強い。どんな場所でも走れるような武骨な印象を与えた。
しかし、自然の砂原の中では明らかに異質と言えた。見渡す限り背の高い植物は存在せず、点々と草が生えている。動物もほとんど見当たらず、いたとしても下を見なければ気づかない程、小さいものばかりだ。動くものといえば砂埃くらいのもので、車のエンジン音が響いているだけだった。
「うわあーーーー!」
ひとつの悲鳴を除いては。
情けない声で悲鳴をあげているのは、どうやら運転席に座っている男らしい。砂埃から目を守るためにつけているゴーグルの中は涙で溢れていて、きちんと前が見えているのか不安になる。ハンドルを握る手には、滑り止めと見られる手袋をはめていて、涙を拭こうとするが、ゴーグルがあるため、できないでいる。
真っ赤で武骨な車を操縦してはいるものの、運転手の気質は正反対のようだ。
「うるさい!エモン!音楽が聴こえない!」
そう言ったのは後部座席に座る少女だった。
金色の長髪を風になびかせ、白い肌が日差しを反射している。整った顔立ちだが、まだ幼さがあり、苛立った大声はますます子供っぽい印象を与える。そんな彼女は片耳のイヤホンを外しながら
「ただでさえ、うるさいエンジンなのに、あんたの泣き声が交じるとか最悪なんだけど」
「何でアリアはこんな状況で音楽聞いてるの⁈あとオレの車にケチつけるんじゃねえ!」
「いくら車と赤が好きだからってやりすぎなんじゃない?目的わかってる?」
「うぐ、、でも作るならこだわりたいもんだろ」
「あんた1人の趣味じゃない」
どうやらこの車はエモンが作ったようだ。しかしエモンの好みが多く反映されているようで、アリアは苦言を呈している。
「だいたい何でマジュウ嫌いのあんたがいるのよ」
「いいだろ別に。オレが一番運転うまいんだから」
「2人ともそこまでにしておこうか」
エモンとアリアの会話に穏やかな声をかけたのは助手席に座る男だった。
「アリア、命懸けの任務に来たエモンに悪口はいけないよ。エモンも取り乱すと運転が危ないから、出来るだけ落ち着いておこうか」
「はい、すみませんアサドさん」
「はーい」
2人揃って返事をするが、エモンはバツを悪そうにして、アリアは少々不満そうだ。
アサドはそんな2人の様子を見て、微笑んでいる。落ち着きようから見てアサドがまとめ役らしい。筋肉質な腕を体の前で組み、どっしりと座っている。露出した肩には複雑な模様の刺青が彫られているが、本人の柔らかい雰囲気から威圧感は感じられない。
「マジュウにいきなり出会したのは運が無いけど、襲われる前に逃げられたのはエモンのおかげだよ。おかげで作戦通りに動ける。心の準備は大丈夫かな」
「オレはいつでも大丈夫です」
「私も平気でーす」
「エハードは?」
そう言ってアサドが振り向くと、後部座席に座っていた少年は
「はあ」
と気の抜けた返事をした。
エハードは水筒に口をつけ後ろを見渡すと
「追ってきませんね」
と言った。
エモンの悲鳴、マジュウ、命懸けの任務などいった言葉から4人は何らかの目的があるらしい。
「それにしてもマジュウって一体なんなんでしょうね。ああいう生物なんでしょうか。突然変異?それにしても変異すぎますけど」
「研究者によれば生き物と体の構造は同じらしいわよ。どう成長してるのかとか、何を食べてるとかはよくわからないみたいだけどね」
「とにかく我々に害を与えるという意味では明確な敵だよ。だからこうして出動している」
「まじで最悪ですよ」
4人がそんな話をしていると、地面が揺れ始めた。砂が小刻みに動き出し、地下から何かが近づいてくるように感じる。
はじめに気づいたのはアサドだった。
「来たみたいだ。用意」
その言葉にエモンは手に汗を握り、アリアは不敵な笑みを見せ、エハードは目を細めた。
地面の揺れはますます大きくなり、車中にいても明確に揺れを感じ始めた。その内にゴゴゴという音が車の後ろから近づいてくる。すぐそこまで音がきたときに一瞬ぴたりと音が止まったと思うと、
轟音。
地面が爆発したと思われるほどの音が響き、それは現れた。
マジュウ。
その姿は巨大なムカデだった。
4人はマジュウの姿を見上げる。
赤黒い巨大な甲皮、一本が数メートルはある多数の脚、車など簡単に喰い千切られるだろう獰猛な牙。そして機能性があるのかまるで不明な翼。
ギョオオオオオオオ!
マジュウは地面から飛び出してくると絶叫しながら車を追いかけ始めた。まるで竜巻のような砂埃をおこしながら、蛇行を繰り返し車へと迫ってくる。
その様は悪夢そのものであり、常人であれば意識が麻痺して逃げようとすらしないかもしれない。
しかし、4人は違った。
まずエモンはアクセルを全開に踏み、マジュウからなるべく遠ざけるように車を操る。速度はぐんと上がり、ほんの少しのミスが横転を引き起こすようなスピードだが、エモンは巧みなハンドルさばきで、それをさせない。進行方向を変えながら逃げることで、少しずつだがマジュウから距離を離していく。30メートル程距離をとったところで、
「いきます」
とエハードが車の後部へと向かった。
エハードは振り落とされないように腰にベルトをつけ、マジュウを正面から見据える。
するとエハードは体勢を低くして地面スレスレに手を差し出した。
しっかりと地面を見据えながら手がこすれるかどうかといった所まで手を伸ばす。
とうとう衝突すると思われた瞬間、その場に花が咲いた。
最初は一輪の小さな花だったが、エハードが手を伸ばした先にどんどん植物が生えてくる。植物はいくつかの種類があり色鮮やかだ。
猛スピードで走る車の上での行動のため、車の走った道すじに植物が繁っていく。まるで即席の果樹園を作っているかのようだ。
おおよそ通常では考えられない速さで植物たちは成長していき、気づけば大木までもが育ち始めた。
後方を追っていたマジュウはエハードが作り出す植物群をものともせずに突進していたが、植物の質量に阻まれるようになり、徐々に後退していくようになった。それに合わせてエモンも車の速度を落としていく。
そうして植物らは成長を進めて砂原の中に忽然と森林地帯が生まれた。
完全に動きを止められたマジュウはなおも大きくなり続ける樹林によってその体を束縛されていく。
ゴオオオオ
マジュウは身じろぎしながら抜け出そうとしている様子だが幾重にも絡みついた枝や蔦を引き千切ることはできないようだ。
マジュウを完全に確保したことを確認したエモンは車を停止させた。
アサドは車から降りるとマジュウを見上げじっくりと観察をした。
「見たところ、ムカデとほとんど同じ体だね。ただひたすらに大きいという感じだ。他のマジュウと同じように翼だけが異様。飛ぶ様子もないし何のためにあるのか」
顎に手をあて考察するアサドにエハードが声をかけた。
「アサドさん、観察もいいですけどそろそろ限界です」
肩で息をしながら言うエハード。どうやら相当消耗しているらしい。
「おっと。すまないね、エハード。つい観察してしまった。こんなに近くで見られるのは珍しくてね。いつ暴れられるかわからないし、倒してしまおうか」
「じゃあ次はアタシだ」
アリアはそう言いながら車から降りてくる。どこからか取り出した髪留めで髪を縛り、まとめながら近づいてきた。
息を吸い吐く。
マジュウを鋭い目つきで見ながらの深呼吸。それを3回繰り返した瞬間、アリアは駆け出した。
ドン!と強烈な踏み込みによって音が響く。砂が舞い上がり、後方にいたエモンに降りかかる。エモンの怒声が聞こえた気がするがアリアはそれを無視してマジュウへと接近する。
人間離れしたスタートダッシュを決めると、そのまま跳躍し、マジュウを捉えている木に飛び乗った。その勢いで両手両足を巧みに操りどんどん上昇していく。目的地はマジュウの頭部のようだ。ある時は大木を駆け登り、ある時は蔦を引っ張り、まるで人間とは思えないほど凄まじ勢いで登るアリア。
当然ながらマジュウもそれを黙って見守る訳もなく、体を震わせて抵抗しようとする。
すると、いきなりマジュウの目前で煙が現れた。突如、現れた煙幕に気を取られたマジュウはアリアを見失った。
ほんの一瞬前、アサドによって投げられた煙幕弾。あらかじめ用意していたそれをアサドは正確に投げつけ、マジュウの目を眩ませたのだった。
そして破壊音が鳴り響く。
アリアがマジュウの頭部を思いきり蹴り上げたのだ。
ありえない衝撃に体を揺らすマジュウ。
アリアはそのまま空中に上昇していき、眼下にマジュウを見据え、マジュウを完全に打ち倒す体勢をとった。
その瞬間、どんな原理なのかアリアの体は凄まじい勢いでマジュウに向かって下降し始めた。右脚はマジュウの脳天に狙いを定め、まるで一本の矢のようになってマジュウへと向かう。
「ハアアア!!」
アリアが雄叫びをあげるもマジュウは身じろぎすることしかできない。
一閃。鈍い音とともにマジュウの頭部にアリアの右脚が突き刺さった。
絶命したと思われるマジュウは、拘束していた木々に身をゆだねる。断末魔もなくピクリとも動かないマジュウは、巨大な体はそのままに威圧感を全く失った。
「とりあえず任務完了かな」
動かないことを確認したアサドが言った。
「皆、お疲れ様!僕は素材を取ってくるから少し待っててくれ」
残されたのはエモンとエハードの2人になった。
「それにしてもアリアの脚はいつ見てもとんでもねーな」
エモンはいまだにマジュウに突き刺さったままのアリアを見上げながら言う。アリアは右脚を抜くのに苦労しているようだ。
「あの脚を作ったドクターも天才だが、使いこなすアイツも化け物だな」
「この車を運転できるエモンさんも充分、化け物ですよ」
水を飲みながらエハードが言う。
「いやオレはフツーだろ。お前のその植物の力も全くわからん。技術の範疇を超えてる気がするし、どういう感覚でやってんだ?」
「言葉にするのは難しいですね。元々、出来ることなので。強いて言えば彼らにお願いする感じ、と言ったらわかりますかね」
「よくわからん」
2人が話していると、いつの間にかアリアが降りてきていた。
「あー疲れた」
「おう、お疲れ」
「お疲れ様です」
「足欠けちゃった。ムカデなだけあって硬かったみたい」
アリアの右脚はズボンが破れ露出していた。しかしそこにあるのは生身の肉体などではなく、いくつもの機械のパーツが組み合わさった義肢であった。ヒザの辺りから部品が少し飛び出ているようだが、歩くことに支障はなさそうだ。
「トーラさんに直してもらわないとなー。また怒られるかなー。色々言われるかなー」
不安そうなことを言っているが、楽しみを待つような表情であり、声からも明らかにウキウキしているといった様子だ。トーラという人物に会うのが待ちきれないようだ。
そんなアリアをエモンはやれやれといった様子で見守り、
「とりあえず座っとけ」
と乗車を促した。
それから少ししてアサドが戻ってきた。手には袋を持っており、中にはマジュウからとった素材が入っている。
「お待たせ、帰ろうか」
4人揃ったところで車は走り出した。マジュウの残骸を残したままに。
※
それはまだ、人と人とが何にも縛られず意思を交わし合っていた時代。誰かが言ったとてつもなく壮大な夢は瞬く間に、世界へと広がった。
賛同した人々は町をつくり、夢に向かって進み出した。その後も、人は集まり続け、それに伴い物は増え、さらに人が集まりあらゆる知恵と技術が集まった。
いつの間にか一大都市となったそこは世界でも有数の工業都市となった。
都市の名はバベル。
バベルは、はみ出し者に居場所を与え、失意の少女に手と足を贈った。壮大な夢を追う者はいつしか現実を追い始め、特異な能力を持った少年が誕生した。
その代償としてなのか、いつからかバベルを襲うモノが現れる。
マジュウ。
姿カタチは様々だが、翼をもつことは共通している異形。
バベルでは守護団を結成し、培った技術によって対抗を余儀なくされた。
マジュウの正体は不明なままに。
その行いがどんな結果を生むのかはこの時、誰にもわかっていなかった。
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