金色の戦乙女と雷装戦士

清泪(せいな)

俺たちは《英雄》に憧れた

 

 今までに聞いたことのないような豪快な音を立てて、ビルの一部がまるで豆腐の様に軽々しく潰された。

 擬音をつけるなら、ドガッシャァ、とか、グゥオシャァッッ、とかだろうか?

 豆腐と揶揄してみたけど、潰された壁の破片はやっぱりコンクリートなもんで、近くにいたオレの側に重々しく落ちてくる。

 当たったり、下敷きになったりしたら全治数ヶ月の入院生活を覚悟しなければいけないだろう。


 さて、である。

 さて、なぜこんな解説をのんびりしているのか?

 さて、今一体どういう状況か?


 それを説明しないといけないのだが、生憎とオレの頭も現状についていけてないので、そこら辺が順序曖昧でのんびりとした説明になってるのはご勘弁頂きたい。


 今はっきりとわかる現状と言えば、豆腐みたいな壁とその危険な散り具合、それを壊した得体の知れない巨大な人型と、オレを危機的状況から救ってくれる為にドロップキックをかましてくれた美少女が相対してる事だろうか。

 

 金髪のツインテールなんて、安い萌えキャラみたいな髪の毛を華麗に揺らし、美少女はオレに言う。


「死にたくなければ、とっとと失せろ。家に帰って枕に顔を埋めろ。そして、今あったことを丸々夢だと思い込め!」


 反論を許さない怒声は、中学生かと思われる幼く可憐な笑顔から発せられる。


 相対する人型は、明らかに人間離れした体長でゆうに成人男性の平均身長の二倍ぐらいはあんじゃねぇだろうか。

 ビルの二階に手が届く。

 動物園でキリンを見上げる感覚だ。


 右半身はまるで全てを吸い込むブラックホールの様に暗黒が形を持っていて、左半身は教会で見るステンドグラスの様にキラキラと色鮮やかな石みたいな物がいくつもくっついている。

 いや、身体から生えているのか?

 身長同様、長ったらしい両腕の先に三本の、これまた長ったらしい、鋭利な爪。

 アメリカンコミックのヒーローか、ホラー映画の怪人が装備してそうな煌めく凶器。

 そして、人型は、ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ、とだけ吼える。

 その咆哮だけで空気は激しい波を揺らし、オレの柔肌は傷ついてしまいそうだった。


 残念ながらセーラー服ではなくハリウッド女優顔負けなライダースーツに身を包んだ、スタイルは少し控え目な、少女はその恐ろしい咆哮などそっちのけで人型に向かって走り出した。

 少女も、人型に負けず劣らずな咆哮をあげる。

 手には、日本刀。

 まともに見たのはこれが初めてだけど、それがなんであるかなど一目でわかった。

 その刀は、人型の爪より鋭利で、人型の爪より長く、人型の爪より凶器で、より狂気だと主張していた。


 4、5メートル、確かにあったはずの少女と人型の間は、一瞬で詰められた。

 脳を揺らすほど響く高音、金属音。

 刀と爪がぶつかり合い、火花を散らす。

 しかし、力と力のぶつかり合いはつばぜり合いにならず、少女の前蹴りでまた距離が開く。

 開いたのも束の間、今度は人型が瞬時にビルの壁へと跳ねて、三角飛び。

 再び、高音、金属音。


 この時点でようやく、街を行き交う人々がその異変に気づいた。

 そりゃそうだ、始めに壁が豪快に潰れてからまだ10秒程度しかたっていない。

 だけど、異変に気づいた人達も、きっと、これをテレビの撮影か何かだとしか思っていないだろう。

 現実にはあり得ない。

 とはいえ、ここまで見てしまって、夢とも思えない、夢になんてできない。

 オレの位置からは残念ながら、路地裏で横たわる死体がいくつも見えてしまっていた。


 でっかいわりに身軽な人型の、息つく間もない攻撃に、防戦一方になる少女。

 街の人々は、ようやく、悲鳴を上げ始める。


 右手上段、左手下段、縦に振りおろし、横に一閃、斜めから交差する三対の凶器。

 まるで、竜巻の様に爪の軌跡が舞い、一歩踏み出せば無惨に切り刻まれる危機に少女はただ耐えるしかできずにいる。

 どうやら苦手な相手の様だ、表情から察するに恐怖というより厄介に思ってる。


 どうやら、オレの出番の様だ。


「……唸れぇ雷光っ!」


 何度も練習した台詞を力一杯叫ぶ。

 鏡の前で、何度も調整したポーズを決める。

 極真空手の正拳突きの構えからアレンジして作り上げたポーズ。

 突き出した右手から、雷光がまるで矢の様に放たれて人型に直撃する。

 ワイヤーアクション顔負けの吹っ飛び方で、人型は自身が粉砕したビルに叩きつけられた。


「は? え!? 何だ、何やったんだ、お前!!?」


 少女が慌てふためく。

 美少女の面影が僅かに薄くなる。

 街の人々、観客のどよめきも大きい。

 仕方ない、驚いて当然だ。

 むしろ、驚いてくれないと困る。

 

「そんな事より、アレが何かを教えてくれ?」


 少し格好つける、簡単には自慢してはいけない。

 少女は、瞬きを数回し、冷静さを見繕う。


「アレは……悪魔だよ」


「悪魔?」


 あまりの予想外な答えに、ついつい鸚鵡返しで聞き返してしまった。

 何とか軍団とか秘密結社とか、怪人とか。

 そんなのを期待してたんだが、事実は小説より奇なり、ってやつか。


「若者の間で、魔術だ魔法だって流行ったのは知らないか? とにかく、流行りってのは馬鹿らしく恐ろしい。本格的な黒魔術に手を出しちまった奴が、不完全な悪魔召喚の術式をインターネットに晒した。するとどうだ、全世界馬鹿祭りが始まってしまった。世界各国で不完全で自身にも制御不能な悪魔達が現れた。もちろん、悪魔の意思も無い、ただの暴れん坊だ」


 手に負えないがな、と少女は最後に付け加えた。

 そこまで聞いてオレは嬉しさのあまり、彼女に言葉を返すのも忘れ、腰に巻いたベルトのバックルを叩いた。


「お前……何なんだ?」


 せっかくの口上のチャンス、今度は言葉を返す事を忘れない。


「こういう時を待ちに待ってた、ヒーローフリークだよ!!」


 人型にも、少女にも負けない咆哮を上げて、オレは壁に埋もれた人型に向かって走り出した。

 バックルから身体を侵食するようにナノマシンが流れ出す。

 それが、身を包み硬質化した瞬間、オレはオレの憧れた正義のヒーローとしての一歩を踏み出すことになる。



「さぁぁぁ、行くぞぉぉ、悪魔ぁぁぁぁあっっっ!!」

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金色の戦乙女と雷装戦士 清泪(せいな) @seina35

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