第1話 「人形ノ夜」8.報告書と反応

 夜の静けさが残る社屋の一室。

 そこは、リベリオン社・本社地下のモニタールーム。日中はにぎやかなはずのスペースも、今は管理者だけのものになっていた。


 薄暗い部屋の中、数枚のモニターが淡い光を放っている。

 現場の霊圧ログ、通信記録、身体データ、生体感応式式弾の発動記録――全てが自動的に解析され、分単位で保存されていく。


「ふぅ……終わったみたいだね」


 椅子を回して立ち上がったのは、結糸ゆい。

 モニターのひとつに表示された数値に、目を細めていた。


「初任務で“還”使用……そっか、やっぱり撃てちゃうんだ」


 そのつぶやきに応えるように、部屋の隅からコーヒーの香りが漂ってきた。


「撃てちゃう、じゃなくて、撃っちまっただろうな」


 缶コーヒーを片手に姿を現したのは、加賀谷課長。

 くたびれたスーツの裾を揺らしながら、モニターの前に立つ。


 表示されているログのひとつを指さす。


「――式弾、出力反応値:規格外」


「やっぱりね。通常の適応者の平均を、優に3倍は超えてる」


「しかも制御破綻なし。精神干渉なし。被共鳴反応レベル、最小値」


 課長は口元に缶を運び、ため息混じりに呟いた。


「こいつ、マジでバグってんな……」


 言葉こそラフだが、その目は冗談ではなかった。

 眠気混じりの表情に、わずかな警戒と期待が滲んでいる。


「最初に拾ってきたの、課長でしょ? あの子のこと」


「“拾った”って言い方すんな。本人が歩いてきただけだ。

 ただ、こっちが門を閉めてなきゃ、誰にも気づかれずに通りすぎたかもしれねぇ」


 ゆいはくすりと笑う。


「でも、見つけちゃったんでしょ? “還せる”子を」


「見つけたのは、あいつのほうさ。

 “壊すか、救うか”じゃなくて、“自分がどう在るか”を考えるようなバカ正直なやつをな」


 課長はモニターを見つめる。


 そこには、作戦記録のサムネイルが小さく映っていた。

 陽が、静かに銃を構え、撃つ直前の顔。

 恐れながら、迷いながら、それでも引き金にかけた指は、確かにまっすぐだった。


「初任務で“還”か……こりゃあ、聖骸機関が知ったら、黙ってねえな」


 缶が空になる音が、小さく響いた。


「――面倒なことになるぞ」


 


 夜が、静かに深くなる。


 その夜、世界はまだ静かだった。

 けれど確かに、“なにか”が動き出していた。


 


 少女が引き金を引いたその日、

 その弾丸はただの霊を還しただけではなく――

 この世界の因果に、風穴をあけたのだった。

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レクイエム・バレット ~元・神隠し被害者、今は霊災処理屋してます~ 藍月しあん @shian_aitsuki

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