8話

 大臣の子。この生意気な子は、城から王子が逃げ出したことを知って、わざわざ見にやってきたのです。とっさに、王子の行く先はここだと感付きました。王子のあげ足をとれるかもしれない、という予感がしたのです。


 大勢の見物人たちは、穂がそよぐようにいっせいに大臣の子を見ました。

見事な馬に、城下の民が一生働いても手に入らないような、美しい絹の服を着た少年が騎乗し、お付きの家来たちも、立派な革の鎧に、腰には長い剣。

 その豪華さに、群衆は誰もが、道をあけました。こんな一団は見たこともありませんでしたから、すっかり恐縮してしまたのです。


 大臣の子が馬から降りて進み出ると、群衆はぱっくり2つに分かれて、大臣の子を通しました。


 人魚を抱えている王子の手前で、彼は止まりました。


「どうするんだい。その人魚を、その剣で殺すのかい?

君の父上は、不名誉にも、人魚に関するうわさがあるものな。息子の君が人魚を成敗するなら、さぞお喜びになるだろうね。いい仇討ちになるよなあ!」


 王子は、人魚を腕にかばったまま言い返します。


「誰がそんなことをするものか!だいたい、この人魚が危険だと決まったわけではないだろう!」


大臣の息子は、せせら笑いました。


「ああ、そういえば君、昨日の夜、ひとりで海に出たそうだね。もしやその人魚と、なにかあったのかな。ふん、カエルの子はカエルってね…!」


 彼は、昨日の夜、王子が外に出たことも知っていました。

どこまでも、王子のあらを探してやろうと、ひそかに日頃から見張っていたのです。


 王子は、かっとなって、相手に向かって怒鳴りました。


「口を慎め!人魚が不吉なものだと、誰が決めたのだ?人魚が人を襲うのを、見たことがある者がいるのか!」


 相手も、強く言い返します。

「では、その人魚をどうするんだい?次期国王ともあろう君が、悪魔の化身を助けるだなんて、誰が見たってどうかしてるよ。なにしろ、この処刑は、国王の御命令なんだからね。」


 まわりをとりまく民衆は、言い合うふたりの男の子の顔をかわるがわる見ては、ざわざわ盛り上がるばかり。


 傷だらけの人魚は、王子の片腕の中で頭をたれたまま、さっきからぴくりとも動きません。


さあこの儀式を執り行う司祭は、どう兵隊に指示すべきかわからず、不安で油汗を流していました。


ひとりだけ、迷いのない決意を瞳に浮かべた者がいました。


王子でした。








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